小悪魔兄貴

らいむせいか

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第1話

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  桜舞う並木道、1人の男の子が心弾ませながら門をくぐった。
有名な経済大学、必死に勉強して待ちに待った合格発表の日。
目の前には、掲示板を見に沢山の人が押し寄せていた。壁に白い幕が下され、合格者の番号が貼り出された。一斉に人々が前に走る。彼も負けじと前に出た。自分の番号が書かれた紙を見ながら、必死に探す。動きが止まる。自分の番号が合った。周りは泣いたり喜んだり、抱き合ったり色んな感情表現をしていた。
彼は震える手を抑え、携帯をタップした。
「雅姉ちゃん!」
3コールで実の姉、安蒜雅が電話に出た。
『んー、どうだったよ?』
「どうしよう、受かっちゃった」
その言葉を聞いて、甲高い声が帰って来た。
『やっぱり、私の弟だけはある♪あの難問の経済学部に合格出来るなんて、本当お姉ちゃん感激だよー』
電話を切る直前、姉の『早く帰って来な、愛しの刹君』との言葉に、刹は苦笑いした。
彼の名は安蒜刹、19歳。頭は中の中だが、必死に頑張って念願の難関大学の経済学部に合格した。

「ただいまー」
家に着き、靴を脱ぎリビングに入ると同時に姉が飛びついて来た。
「おめでとー!お祝いしよ、お母さん。ほら、刹も食べたいものあったらいいな」
飛びついて来た姉の体から、ほのかにお酒の匂いがした。刹は肩を持ち、雅を自分から離した。
「姉ちゃん、お酒呑んでるの?」
「そうなのよ、刹の電話が切れた途端にビールを一杯ね」
母が台所からお皿を持って来た。皿の上には、綺麗なオムライスが乗っている。
「いーじゃない。めでたい事なんだから。お母さん、私揚げ物ちょーだい」
雅はソファの上であぐらをかき、ビールを美味しそうに飲み干した。立ち上がると、台所の母の横に行き、出来立てのフライドポテトを頬張った。
「こら、行儀悪いわよ。姉なんだからしっかりしなさい」
軽く怒られた雅は謝るそぶりを見せ、リビングでオムライスを食べている刹に近づいた。
「でっ、いい男いた?」
刹はオムライスを吹き出しそうになった。
「そんなの、見てる暇ないよ。何で合格発表の日に、姉ちゃんの恋人探ししなきゃいけないのさ」
「なーんだ」
雅はつまんなそうな顔をして、ソファに倒れ込むように座った。
「そう言えば刹。大学にどうやって通うの?少しでも、近い方がいいんじゃない?」
母が尋ねる。刹も考えるそぶりを見せた。
「うん、これからアパートかマンション探すつもりだけど…。アルバイトしとけば良かったー」
箸を止め、項垂れる。
「いいアルバイト見つかるまで、母さんが家賃出してあげようか?」
「でも、それじゃ悪いしっ!」
刹が言葉を言い終わる前に、雅が持っていた缶ビールを置き刹の肩を掴んだ。
「刹、あんた…1人暮らしするつもりじゃないでしょうね」
姉の一言に、刹は呆然とした。
「1人暮らしなんて始めたら、いつイケナイ狼に喰われるか…。姉さん心配で心配でっ、不眠症になっちゃうでしょうが!」
「狼って…その前に俺は男だし…」
「何言ってんのよ、今の社会恋愛は自由なのよ!女が男と恋人同士、なんて言う一般ピーポの考えじゃない奴らだってうろちょろしてんだから!」
怒りがこもった雅の言葉に、刹は只々呆れた。
「まぁ最も、姉ちゃんは刹が結婚なんてどんな奴でも許さないけどね」
拳を高々と上げて言う。
「そんな事言わないの。そんなんだから、雅は彼氏出来ないし刹だって彼女作れないのよ」
母の言葉は最もだった。雅は押し黙った。
「じゃあ、受かったのに大学辞めなきゃいけないの?」
「そんなの駄目よ、何の為に頑張ったの?でもここから電車3駅はちょっとね…」
雅が2人の会話を聞いてて、顔を上げた。
「ここから3駅…良い奴がいるじゃない。堤斗が、確かここから3駅のアパートに住んでるのよ。何で今まで気づかなかったのかしら」
岩堀堤斗、姉の昔からの男友達だ。
「あいつと一緒に住むなら、安心して引っ越して良いわよ」
「えっでも姉ちゃんさっき、イケナイ狼とか何とかって言ってたじゃん」
「あーあいつなら大丈夫、彼女いるし。それに私の奴隷だしー。1人暮らしの癖に、3LDKに住んでるから、部屋余ってるから」
そう言って片手でスマホを操作し、雅は堤斗に電話を掛けた。
「やっほーお久、堤斗。今大丈夫?」
『久し振りだな、雅。用件何?』
久し振りに聞く堤斗の声に、刹は耳を自然と傾けた。
「愛しの弟がさー、大学に受かったのよ。堤斗の家の近くにある大学に。それで相談なんだけどさ」
堤斗が相槌で「ほぉー」と聞こえる。
「あんたの所で、刹を住まわせてくれない?部屋、余ってるでしょ?」
『余ってるちゃー、そうだけどさ。でも何で?いいじゃん1人暮らしとかでも』
雅は今にも泣きそうな声を出した。
「何言ってんのよ、まだ19になりたての可愛い弟なのよ。この顔の所為で、今までどんな目にあった事か…」
聞いてて、刹は苦笑いをした。確かに顔の事ではあまり良いことはない。クラスの男子に、告白されたこともあった。刹はノンケなので断ったのだが…。
「いいじゃなーい、あんたは心配ないって思ってるんだから。なんならお詫びとして、あんたの好きなビール週一で届けてあげるわよ」
雅が急に明るい声で、ケラケラ笑う。受話器越しが無言になった。雅が焦り出す。
「あれ、私…変なこと言ったかしら~」
『……仕方ねーな、荷物送れ。暇な日いつでも良いから、一回その弟君の顔を見せろ』

3日後、春休み。姉の元に「荷物が届いた」とのメールが来て、刹は堤斗に会いに行った。雅に家を教えてもらい、電車を乗り継ぐ。3つ目の駅で降り、アパートを目指した。
ドアの前に着き、インターホンを押すと堤斗が出てきた。
「まぁ、散らかってて悪いが入って」
刹は少し緊張しながら、小さく頭を下げ玄関に足を踏み入れた。堤斗がドアを閉めたと同時に、刹の頭に手の平を置いた。
「小さくて、女みてーな顔してんなー」
その言葉に刹はカチンときた。怒った顔で、手を払い除ける。
「辞めてください。人が気にしてる事を」
確かに180センチある堤斗には、167センチの刹は小さく見えるだろう。顔だって、少しチャラそうに見えるが2枚目の堤斗、二重で目のクリッとした自分。なんだか、堤斗を見てると自分のコンプレックスを引き出された様な感じがした。胸がザワザワする。
「悪い悪い。小さい頃に会ったことあるが、こうも変わらないとはな。さて、着いて早々で悪いが荷物の整理に入ってくれ」
堤斗は軽く謝り、刹を中に入れた。リビングを通り左側のドアを開ける。堤斗が灯りをつけると、目の前にダンボールが沢山あった。
「本と服は、そこにあるタンスと本棚を使ってくれ。ベッドと机は無いから、空いた日にでも買いに行くか…」
「家賃は半分払います」
ダンボールを開けながら、刹は言った。堤斗は刹の目の前に座る。
「お前、家事は出来るか?例えば、料理や掃除やらを」
刹はキョトンとした顔になった。
「まぁ、一通りは…」
堤斗は立ち上がると、にこやかに言った。
「お前が毎日、それをこなせるなら家賃は2万程度で良い。所詮アルバイトで出る給料なんざ、大したことない。ならそれを遊びや教材を買うとかに使え」
呆然として聞く刹を横目に、堤斗は部屋を出た。
そんなので、良いのか?住まわせて貰っているのに、申し訳ない。刹はもやもやした気持ちのまま、片付けを続けた。
ある程度片付けると、リビングに顔を出した。覗くと、堤斗が雑誌を読んでいた。
「片付け、終わったか?」
刹の存在に気づき、声を掛けてきた。堤斗に座るように言われ、対面に座る。「コーヒー飲むか?」堤斗質問に、刹は頷いた。
「何で、住むの了解してくれたんですか?」
刹は堤斗からコーヒーを受け取る。堤斗は向かいに座った。
「暇つぶしだ。女と住むと、何かと煩いからな。同性の方が楽だし」
「でも、僕と住むと呼べなくなっちゃいません?彼女さんとか…」
堤斗が雑誌から目を離し、笑顔でさらりと言い退けた。
「あー、ちょっと前に別れたから」
刹はビックリした。別れたなんてそんな、さらりと言えるのか。しかもあんな清々しい笑顔で。刹は内心焦った。彼女なんていたことない自分には、よく分からない感情。別れたら普通は、落ち込むとかあるのに…。
「俺バーテンダーって言ってあるのに、秘密で店来やがって。女の客の接待の仕方が、プライベートと違うだのってほざきやがって。当たり前だろ、他の女に笑顔見せるなとか面倒な女だったからな」
コーヒーを飲みながら、堤斗は雑誌を片付けた。コップを持ち台所に向かう。
「さて、俺は今から仕事の準備するが、晩御飯は冷蔵庫のもの使って勝手に食べててくれていいから。よろしくな」
刹もあと少しのコーヒーを飲み干し、コップを持っていくと濡れた手で堤斗が受け取った。
「仕事って、バーテンダーです?」
「そう、昼間に家出て夜中までかな。まぁ片付けが終わり次第終了だ。だから、1時とか遅くて3時とかな」
洗い終わると、タンスから着替えを出しお風呂に入って行った。刹は、リビングに居てもやること無いので自分の部屋に入る。仕事を探そうと思い、スマホを触った。
ふと、お風呂場から声がした。
「刹ー、シャンプーとリンスきれてたから新しいの出してくれないか?」
刹は急いでお風呂場に向かうと、言われた戸棚を開ける。詰め替え用を取り出した。
「これでいいですか?」
声をかけると、ドアが開き裸の堤斗が腕を伸ばして受け取った。鍛え上げられた体に、刹は何故か赤くなった。
「どうした、なんかあったか?」
動かないでいる刹を不思議そうに堤斗が見つめる。
「なっな、何でもないです!失礼しました!」
刹は声をかけられ、ハッとして直ぐにお風呂場から出た。
「何だあいつ。変な奴だ」
ドアが閉まる音を確認して、刹がため息を深くつき落ち着きを取り戻した。
何やってるんだ、相手は男自分も男だ。確かにカッコいいし、綺麗な体してるのは認める。だけどなんで、こっちが赤くならなきゃいけないんだ。
しばらくして上半身裸で、腰にタオルを巻いた堤斗がお風呂から出て来た。
タオルで髪の毛を拭きながら、冷蔵庫を開け飲み物を取り出す。
「明日の朝ごはん作っといて、ラップして机に置いといてくれれば勝手に食べるからよろしくな」
ソファに座っている刹を横目で見ながら言う。刹は軽く頷いた。
ふと堤斗が、刹のスマホを覗いて来た。
刹の頭を何かで叩いて来た。
「痛っ!」
頭を片手で軽く抑えながら、堤斗を睨むと彼の手には雑誌が握られていた。アルバイト情報誌だ。
「ネットで探すな。変な会社に捕まったら、人生終わりだぞ。探すなら信用できるものからチョイスしろ」
机の上に雑誌を置くと、堤斗は自分の部屋に入って行った。
刹は雑誌を開いた。今年の2月版だった。何となく、使えないなーと思いながらペラペラめくる。でも実際、自分はどんなアルバイトをやりたいのだろう。どのくらいの給料で…。高いほうがいいけど、接客は苦手だ。けどバイトは大抵、接客が多かったりする。
ドアが開き、私服を来た堤斗が出て来た。靴を履く。
「じゃあ行ってくるから、寝る前の戸締り忘れるなよ」
「分かりました」
返事を確認すると、堤斗はアパートを出た。
刹のスマホが鳴り響いた。電話に出る。
『もしもし、刹か?大学どうだったよ?』
高校の時、テニス部で仲よかった同級生の堀内要だ。明るくて、人当たりも良い。
「合格したよ、そっちは?スポーツ推薦だろ?」
『うん、まぁそこは言葉に甘えて、入ったよ。しっかし、頭がそこそこのお前が受かるなんて思ってなかったぜ。あんな優等生の大学』
「俺の実力をなめない方がいいぜ。ところでさ、要ってさバイトしてたじゃん。何やってた?」
刹がソファに寄りかかる。
『俺?コンビニだよ、どうしたのさ急に…』
「あのさいいバイト先知らない?結構稼げそうな」
刹は頭を軽く掻きながら聞く。少し沈黙した。
『んー大学通いながらバイトだと、そんなに貰えないぞ。時間も限られてるし…、夜の仕事ならあるけどやっちゃマズイだろう…』
「例えば?」
『どこのバイトも夜中とか夜は、給料少し上乗せがあるんだよ。後は水商売、ホストや飲み屋とか夜限定の店とか…。最近はさ、レンタル彼氏とか』
ふーんと、刹は相槌をうつ。
『でもさ、何だかんだ言って後ろ指さされない健全な昼の仕事の方がいいって。どんな仕事が望みよ』
「まぁそうだよな…。この際どこでも良いよ、どれが自分に向いてるかなんて分かんないし」
『ほー、まぁ知り合い当たってみるよ。じゃあまたな』
要の電話が切れると、刹は天井を見上げた。
ぼーっとしながら時計に目をやると、16時過ぎ。
「晩御飯でも作るか…」
刹は立ち上がり、冷蔵庫を除きカレーにしようと決めた。

その頃、仕事場に着いた堤斗は更衣室で制服に着替えた。白いワイシャツに黒いパンツ、紺色の腰エプロンとネクタイを締める。
「岩堀いるか?」
更衣室にノックの音が響き、ドアが開く。店長が堤斗を呼んだ。
堤斗は顔をドアに向けた。
「はい。何ですか?」
「今日来る芦屋が、体調不良で休みになったから、変わりに仕込み時間まで残れるか?3時位までだが…」
堤斗は一瞬考えたが、頷いた。
「わかりました」
「悪いな、よろしく頼む」
店長が出てくと、他の社員が話し出す。堤斗はポケットからスマホを取り出した。刹に帰りの時間を連絡する為だ。
「芦屋さん、昨日も休んでたけど…どうかしたのかなー」
同期の生瀬祐樹がボソリと呟いた。
「芦屋はバイト掛け持ちしてるから、倒れたんじゃないのか?取り敢えず俺らは仕事しようぜ」
スマホをポケットに入れると、ロッカーを閉め更衣室を出た。後ろから生瀬が、慌てて追いかけてきた。
2人がカウンターに立ったと同時に、1人の女性が入ってきた。ウェーブがかかったショートヘア。黒のニットに白のミニスカート、サングラスに帽子をかぶっていた。
「なんかオーラある人ですね…」
生瀬が小声でボソリと言った。
「いらっしゃいませ、どうぞ好きな席へ」
堤斗が前に出て、声をかける。まだ開いたばかりなので、人はいない。女性は堤斗を見るなり、腕を軽く引っ張った。
「あっ貴方、今日出勤日なのね」
びっくりして堤斗が、女性を見るとサングラスを少し下にずらした。にっこり笑った顔は同じ歳くらいだった。顔は美人でスタイルも抜群、明るい声。何となく顔はどこかで見たことある気がしたが、思い出せない。
黙っていると、女性はむくれた顔になった。
「酷いなー、私を知らないなんて。グラサン取れば分かるのに。小高稀明、一応女優よ」
名前を聞いて、ようやく分かった。今若い子に人気がある女優だった。でも何でそんな有名人が、自分みたいな素人に馴れ馴れしくしてくるのか分からなかった。
「私、貴方目当てで来たの。ほらお洒落なお店を特集した雑誌に、貴方映ってて本物に会いたくて来ちゃった♪」
確かに写真撮られた。嫌だったのだが、店長に押され仕方なく載った雑誌。案外それ目当てで来る客も少なくない。正直こんな美人に言われて嫌ではないが、もやもやした気持ちになる。堤斗はやんわりと、体を離した。
「貴方みたいな有名人が、こんな事しててはいけないですよ」
「何よー、じゃあ有名人は1人の女として恋しちゃいけないっていうの?そんな事言われたら私、ずーと独身じゃない。嫌よ」
膨れた顔で迫ったが、堤斗は片手を壁につけ見下ろす。
「ここは食事をするところだ。仕事をしている者への、プライベート用なら帰ってくれないか」
堤斗の冷めた目に、稀明は咳払いをした。
「分かったわ。なんか冷めちゃったし…。今度は仕事じゃない時にでも、その時にね」
稀明はサングラスを掛け直すと、店を出た。堤斗が持ち場に戻ろうとすると、生瀬が両肩を掴んだ。
「さっさっきの、小高稀明だよな?」
「何、ファンなの?」
生瀬が慌てて、手が肩から離れた。
「いや、違うけど…。綺麗だなーって、って言うか何で追い出したんだよっ」
「ここは店だろう。飲食店に、ただ話がしたいだけで来られちゃ困るからさ」
生瀬はその言葉に、ガクリと肩を落とした。
「まーた、お前目当てかよ…」


朝、目覚ましの音で刹は目覚めた。上半身を布団から出すと、軽く伸びをした。カーテンの隙間から、太陽の光が顔を出している。
ベッドから降りて、着替えをしリビングに入った。そこには、ソファに横たわった堤斗が目に入った。気持ち良さそうな寝息を立てている。仕事は朝方に終わったらしく、疲れ切って寝てしまったのだろう。刹は悪いと思いつつ、堤斗の部屋から布団を持って近く。掛けようとした時、つい顔に目が行った。
綺麗な顔立ち、鼻も高い。眉もキリッとしてて男っぽい。自分とは全然違う。こんな顔に産まれたら、男に変な気持ち抱かれずに済んだだろうに…。
軽く朝ごはんを食べて、家を出た。今日は待ちに待った、入学式だ。
大学に着くと、男女問わず色んな人が門を潜る。刹はそわそわする。知り合いが1人もいない、大学。楽しくやっていけるか不安があった。
講堂に集まり先生達の挨拶が始まる。あまり真剣に聞かなかったり、ボーとしている人もちらほら。これはどこでもある光景。
教室に移動し、好きな席に座る。大学では席は決まっていない、真ん中ら辺に刹は座ると鞄を机に置いた。すると隣から声をかけてきた。
「隣いいかな?」
ドキリとして振り向くと、男子が軽く会釈をした。眼鏡をかけていて、頭が良さげなイメージ。
「あっ、うん」
慌てて返事をしたせいで、刹は言葉がつっかえてしまった。
「初めまして、経済学科の長谷川周(はせがわいたる)宜しく」
周は和かな顔をして、刹に手を差し伸べた。
「あっ、初めまして。経済の安蒜刹です」
挨拶を済ませると、丁度先生が話し始めた。
「席に着いたか?静かにしろ、理事長の阿部川修平だ。これからよろしく」
随分軽い感じの理事長だなと、刹は呆気に取られた。
先生の話が終わり、立ち去ると生徒達はまた騒ぎ出した。
「安蒜くん、これから予定は?」
「えっ、特には。でも少し買い物したいかな…」
周に問いかけられて、少し考えた。晩ご飯の買い物もしないと、後バイトの事もあるし…。
「じゃあ、少し本屋一緒に行かない?参考書とか見たいからさ。どう?」
刹は本屋でバイト探そうと思った。それに、友達が出来るいい切っ掛けになるかも。
「そうだね、僕も行きたかったからいいかな?」
「じゃあ早速、行こっか。その前に腹ごしらえだ」
2人は立ち上がると、教室を出た。
街を歩き、賑わってる商店街に入る。1つのラーメン屋に入った。カウンターに座る。メニューを渡され、決めると水が出された。刹が厨房を除いていると、周がその姿を見る。
「何、どうかした?」
「あーいや、厨房ってどんなことするのかなって…」
バンダナを巻いた人達が、慌ただしく動いててなんか難しそうに見えた。
「働きたいの?バイトの経験は?」
周の質問に、刹は首を振った。
「そかー、まぁどこの仕事も最初は難しいし。安蒜くんならモテそうだから、接客とかやれば?」
「モテたことなんて、全然ないよ。女の子から、声かけられたことなんてほぼ無いし」
「そうなの?中性的な顔って、女うけ悪いのかな?知らないけど」
そうこう話してると、ラーメンが届き食べ始めた。案外美味しい。
「声かけられるのはさ、男ばっかりでまともな友達あまりいなくて。ここ来たのも、俺そう言うのから逃げたかったのもあるし。友達欲しかったし、ありがとう」
苦笑いしながら、刹が言うと周が「へぇー」と言った。
「もしかして…ゲイ?」
周の言葉に、刹は咳き込んでしまった。
「ちっ違うよ。俺は普通にノンケだから」
「あー悪い。男ばっかだって言ったから、てっきり…。でも俺は気にしないから、そうでも良いよ」
ニコニコしながら言う周に、刹は焦った。
「長谷川君は違うよね…」
「さて、どう思う?」
「やっやめてよー」
食べ終わると店を出て、本屋に向かった。

堤斗はパンを焼き椅子に座ると、昨日刹が作ったカレーを温める。
コーヒーを飲みつつ、席を立ち鍋を確認してるとドアが開いた。
「ただいま帰りました」
刹が靴を揃えて入ってきた。
「おう、お帰りー。えらい遅かったな、午前で終わるはずだろ?」
「あっすみません。連絡なしで、友達と買い物してました」
カレーをお皿に入れ、パンも乗っける。堤斗が座ると、刹がソファーに掛かってた布団を畳んだ。
「それ、ありがとうな。悪い、気を遣わせて。起こしてくれて構わないから、ベッド行くし」
「俺こそすみません。勝手に部屋入ってしまって…」
堤斗はパンを齧りながら、「それくらい良いよ」と呟いた。
「そういやぁ、家具の買い物の件だが…」
「俺、面接行きます。今度の休み。あのやっぱスーツの方が良いですか?俺持ってなくて」
同時に2人して違う話をして、間が開く。
「は?スーツ?あ…いや…受ける会社にもよるけど、アルバイト程度なら私服でも受かるから」
刹は自分を指さした。「この格好でも?」と聞き、堤斗がざっと服を見る。パーカーとジーパン。
「まぁな。会社も今私服で、受かるところ多いしな。大手じゃないなら、大体いい。どこうける?」
「一応、商店街の本屋さん。募集あって、聞いてみて日にち決めてきました」
「早いなー、頑張れ。話戻すけど、家具の件明日見に行くか?」
ご飯を食べ終わり、片付けながら堤斗が言う。
「明日土曜だし、俺は休みになったし。1日暇するくらいなら、どうだ?」
「大丈夫ですけど…」
「じゃあ決まり。そろそろ、仕事行くから買うもの決めとけよ」
それだけ言うと、堤斗は自分の部屋に行った。
ジャケットを羽織り、また出てくると刹はその姿を見てボソリと呟いた。
「バーテンダーって、面白いですか?」
「ん?まぁ、自分が作った酒を美味しく飲んでくれるのはやりがいがあるよな。やりたいか?」
「興味はありますけど…」
「じゃあ今度、頼んでみるから仕事場来るか?働きたいなら、酒飲める時になってからだけどな」
堤斗は、イタズラっぽく言い家を出て行った。






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