隣国の貢ぎ物にされた出来損ない令嬢は、北の最果てで大公様と甘美な夢を見る

くだんの彼女とバッタリ遭遇※またの名を【夜会事件】

16

　グレーゲルが大公爵を継いだのは、戦時中のことだった。現当主の死によって。

　今を去ること５年前、マルグルス国は海を挟んだ部族と領地をめぐり激しい争いをしていた。

　ーーというのが、ユリシアが持っている知識で、実際は部族が標的にしていたのはリンヒニア国。マルグルス国は同盟国として参戦していた。

　そして戦争の最前線に立たされていたのが、グレーゲルの父ブリグアだった。

　リールストン家当主だったブリグアは、被害を最小限に押さえるために魔法を酷使し、僅かな精鋭部隊だけでなんとか部族を押さえ込んでいた。

　そしてあと一歩で撃退できる時、敵の部族によって殺された。予定していたリンヒニア国の兵士の到着が遅れたせいで。

　戦争時はグレーゲルも参戦していた。だが父ブリグアの命令で後方支援の指揮を取っており、父の訃報をを聞いたのは半日遅れだった。

　すぐ転移魔法でグレーゲルは亡き父の元に駆け付けた。半日過ぎた父の亡骸は、首だけが吊るされ捕虜となった兵士達は皆片腕を斬り落されていた。

　父が殺された。家族同然だと思っていた仲間が二度と剣を握ることができなくなった。

　グレーゲルが怒りに身を任せるのには十分な理由だった。

　結果としてグレーゲルは、ほぼ一人で敵の部族を皆殺しにした。敵将は父親と同じような扱いをした。

　そうして彼はリールストン家の当主となった。同時に英雄となり、”血濡れの大公”と呼ばれるようになった。

　
「ーーラーシュはね、あの時、生き残った数少ない兵士なんだ。彼ねぇ、あの時すでに腕を派手に負傷してたから、斬り落されなかったんだ。すごい強運だよね。女運は悪いみたいだけど。ははっ、はははっ」
「……」

　おちゃらけたことを言って場を和まそうとするエイダンの笑いは、とてもぎこちない。

　それはユリシアが俯き震えているからだ。

「女の子には、ちょっとキツイ話だったよね。ごめんね」
「……い、いいえ。大丈夫です」

　申し訳なさそうに眉を下げるエイダンに、ユリシアは首を横に振る。

　確かに身体は震えている。でもこの震えは聞いた話が怖かったからではない。

　ユリシアは恥じているのだ。グレーゲルのことを何にも知らなかったのに、”血濡れの大公”という二つ名だけで無駄に怖がっていたことを。

　彼がそう呼ばれるようになった経緯なんてロクに考えてなかった。そんな自分が恥ずかしい。

「話、続けて良いかな？」

　恐る恐る問いかけるエイダンに、ユリシアは顔を上げて強く頷く。絶対に最後まで聞くという強い意思を伝えるために。

「じゃあ、続けるね。あのねこの戦争にはまだ続きがあってーー」

　お茶を二口飲んで喉を潤したエイダンは、再び語り始めた。


　　　

　英雄となりリールストン家の当主となったグレーゲルは、戦争終結の後、リンヒニア国と補償の件を話し合うテーブルに国王陛下と王太子と共に着いた。　

　それは散々な内容だった。

　リンヒニア国の国王は、自国の兵士が遅れたことに対し悪びれる様子は無く「無謀な策を立てたブリグアが悪い」とのたまった。

　加えて自国の兵士が無傷だったことをあからさまに喜び、最終的に同盟国ならこれくらいの犠牲は当然だろうとふんぞり返った。

　いっそこの場でリンヒニア国の国王の首を撥ねてしまえば良かった。

　だが同盟の証としてマルグルス国の姫君は、リンヒニア国の側妃として人質になっている。

　軍事に強いマルグルス国は、言い換えると戦死する者が多い。だからこそ名誉や体裁なんか保つより、生きている人間の命を優先する。

　それこそがマルグルス国の矜持であり、国の象徴であるブラグストはぐっと耐えなければならなかった。

　その後、僅かばかりの金を床に投げ捨てられるように与えられ、「戦場で女を漁るお前たちには勿体ないほどの貴族令嬢をくれてやる」という万死に値する発言と共にユリシアがグレーゲルの貢ぎ物にされることが決まった。



　これがエイダンがユリシアに伝えたかった話。一生グレーゲルが自らの口から語ることは無い話だった。