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第2話

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ヴェルナーに詰められ思わず私が後退ると、逃げられないように更に距離を詰められた。
久しぶりに体温を感じるほど近くにヴェルナーが迫ってきた事に内心驚きと焦りが入り交じり、冷や汗が吹き出した。

そんな私を知ってか知らずか、壁まで追い詰めたヴェルナーは壁に手を当て私を囲いこんだ。
時折アンバーの香りが鼻につく。
この匂いはヴェルナーが好んで付けているもので、アンバーの香りを嗅ぐと嫌でもヴェルナーの事を思い出すほどだった。

「なぁ、アリアは僕と結婚するんが嫌なん?」
「……………………」

今まで聞いたことがないほど冷たい声に、私は何も言えずにいた。
ヴェルナーはそれが肯定だと捉えたようで目を薄ら開けた。
その目はまるで獲物を捉えた獣のようだった。

「ふ~ん。そう……せやけど残念やね。これはもう覆されることがない決定事項や。アリアは僕と結婚するしか道はないんよ」
「そんなの分かんないでしょ?勝手に決めつけないで」
「へぇ~?僕の他に男がいるとでも言うんか?」

「あんたと一緒にしないで!!」って叫びたかたが、薄ら開けたヴェルナーの目がそれを許さなかった。

「まあ、ええわ。その内アリアも気づくはずやから、今は黙っといたる」

そう言うとようやく私から離れてくれた。
ホッとしたのも束の間、ヴェルナーは私の手を取りあろう事か唇を押し付けた。

「──っな!!!」
「またな、婚約者殿?」

狼狽える私をよそに、ヒラヒラと軽く手を振り屋敷を出て行ってしまった。

──絶対婚約破棄してやる!!!

このままあいつの思いどうりになんてさせない。
こうなったら意地でも婚約破棄してやる。そう心に決め、婚約破棄に向けて動き出す事にした。


❊❊❊❊❊❊


まず私が最初にやったのは、お父様に婚約を取り消してもらおうと直談判した。

「お父様、私とヴェルナーとの婚約を取り消して下さい」
「それは何故かな?」
「私は誠実な方と結婚したいのです」

お父様は私の話を真剣に聞いてくれた。
ヴェルナーとは馬が合わないし、何より他の令嬢達を敵に回してまで婚約者になりたくないと。

一通り聞いてくれたお父様は、「ふぅ」と溜息を吐いた。
私はてっきり分かってくれたものだと思っていた。

「……アリアの気持ちは分かった。だがな、家同士で決めた婚約を簡単には破棄できない。それは分かるね?」
「……はい」
「私としてもアリアには幸せになって欲しい。どうしてもと言うなら掛け合ってみるが、もう一度よく考えてみなさい」

まさかの見送り。
まあ、そんな簡単にはいかないと思っていたけど。

「……ヴェルナーがお前を逃がすはずないと思うが……」
「え?」
「いや、何でもないよ」

何やら不吉な事を言われた気がするけど、何を言ったのかは聞こえなかった。
仕方なく私はお父様の執務室を後にした。

そして次に考えたのが、ヴェルナーが他の令嬢と不祥事を起こすこと。
ヴェルナーに過失があれば婚約破棄が有利に進み、更には慰謝料まで取れるウハウハな計画。

ヴェルナーの事だ。きっと女遊びが激しいに決まってる。
いつも両側には違う令嬢を連れているし、すぐに尻尾を掴めるはず。
「勝った」とニヤッと微笑み私はヴェルナーを追跡する為、平民の服装に着替え、帽子を深く被り更には眼鏡をして変装をして、街へとくりだした。
傍から見たら変質者だが、ヴェルナーに気づかれなければなんだっていい。

──この時間帯は街の警備をしているはず。

ヴェルナーは見習い騎士として度々街の警備にあたっている。
とは言え、どの区を対象にしているのかは分からないので、見けるまで街中を歩き続けなければいけない。

──まさかこんなに歩く事になるなんて……

二時間ほど歩き続け騎士の姿は何人か見つけたものの、対象であるヴェルナーの姿が見つからなかった。

──簡単に見つかると思っていたのに誤算だわ……

ベンチに腰掛け、店で買ったフルーツジュースを一気に飲み干した。

「そないに飲み干すと胃に悪いで?」

飲み干したカップを奪い取り、私に騎士の姿で笑みを向けてくる男……
その姿を見て思わず口からジュースを吹き出しそうになった。

「な、な、な、なんであんたがいんのよ!!」
「なんでか言われても、これが僕の仕事やからね?……で?そないな格好までして何しとんの?アリア」

まさかこうもあっさり見破られるとは思いもしなかったが、バレしまっては仕方ない。今日の所は一旦引こう。

「べ、別にあんたには関係の無いことよ。それより仕事なら早く戻りなさいよ」
「……答えになっとらんよ?僕は何しとったか聞いたんやけど?」

私を問い詰める為にベンチの背もたれに手を付き距離を詰められた。

──近い近い近い近い!!!!!

こんな人通りの多いところでこんな場面を見られたら確実に勘違いされる。

「ちょ、ちょっと!!いい加減にしてよ!!」
「そんなら早う言いや」

必死にヴェルナーと距離を取ろうとするがビクともしない。
それどころか手を掴まれ余計に逃げられなくなってしまった。

そんな攻防を繰り広げている内に私達の周りには人集りができていた。

──なんでこんな事になってんの!?

一刻も早くこの場から立ち去りたいと思っているのに目の前の男が退こうとしない。

「ヴェルナー様~~~」
「………ちっ」

この声はヴェルナー親衛隊のリーダーであり、誰よりも私に憎悪を向けてくる相手、エリザ・スターン侯爵令嬢だ。

ヴェルナーと同じ爵位であるので、爵位の低い私が婚約者と言うが余計に気に食わないらしい。

──そんな事より、今コイツ舌打ちした?

こう言っては何だが、ヴェルナーは女性には心底優しい。
性別が女だと分かれば下は赤子から上は老婆まで差別すること無く笑顔で対応している。
だから女性人気は高いが、男性人気は低い。
そんなヴェルナーが女性相手に舌打ちをしたのが信じられなかった。

私とて言い争いはすれど舌打ちをされたことは一度もなかった。

「ヴェルナー様ァ~、何してるんですかァ~?……あら?」

エリザはヴェルナーの前に私がいることに気がつくと、あからさまに顔が曇った。

「なんや、エリザ嬢かぁ」

ヴェルナーは私を庇うように背にし、笑顔でエリザと向き合った。

「……お二人ともこんな所で何をなさっていらっしゃったの?それに、アリア様のそのお姿……なんてみっともない」

平民の装いをして、尚且つ変装までしている私を見たエリザはここぞとばかりに蔑みながら見下してきた。

「いやなぁ、アリアが今後の為に庶民の生活を体験したい言うんでなぁ。ほら、ウチの母親商いやっとるやろ?花嫁修業の一環やね」
「ちょっ、誰んぐ──!!」

私が否定しようとしたらヴェルナーに口を塞がれた。
確かにヴェルナーのお母様は目利きの商人で、結婚した今でもバリバリの現役だ。
だが、わざわざ花嫁修業なんてでまかせ言わなくてもいいだろうに。
そんなことを言えば油に水を注ぐ様なもの。

「ま、まあ、そうでしたの……」

案の定、エリザは悔しそうにしながらも私に嫉妬と妬みが入り交じった目を向けてきた。

──そんなに欲しければ熨斗つけてくれてやるわよ。

そんな事を考えた時、ピコンッと閃いた。

──ふふっ、いい事思い付いたぁ~。




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