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第2章 黎明期

第19話 噂ときっかけ

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「ねえ、美樹。あんた、私が居ないときも潜ってる?」
「えっ。潜ってないよ」

「だよね」
 そう言って、佳代が悩んでいる。
 ここは、駅前にあるコーヒースタンド。

 周りの客が、入れ替わるのが早く、ゆっくりはできないが、相談するには都合のいい場所だ。
 佳代は何かがあると、私をここへ呼び出す。

「それがね、ちょっと噂になっていて」
「どんな?」
「あんたが、フードをかぶって、無への導師を追いかけ回してるって」
「ぶっ」
 むせ込み、吹き出すのは押さえたが、飲みかけのキャラメルオレが、つつーと鼻から出てくる。

 私は努めて平然として、
「そんなことは、していないわよ。絶対」
 と答える。

「だよね」
 佳代は、そう言いながら、紙ナプキンを差し出してくれる。
 まだ、垂れているのね。

 ふきふきと、鼻を拭く。
「そういうときは、かんだ方が良いんじゃない?」
「えーでも」
「誰も気にしていないわよ。はい、ちーんってして」
 そう言って、ティッシュを私に差し出してくる。

「もう。子供扱いしないでよ」
 下を向きながら、鼻をかむ。
 思わず周りを見るが、みんな気がつかないふりを、してくれているようだ。

「それでね、女の子だと気がついた男が、幾人か声をかけたらしいんだけど、返事が『シャギャー』だったらしいわよ」
 思わずそれを聞いて、目が丸くなる。
「絶対私じゃない」
「私もそう言ったのよ。でもね、フードから見える顔が、あなただったて言うのよ」
「私そんな、変な鳴き声出さないもん」

「それにね、フードをめくった勇者がいて、噛みつかれそうになって逃げたんだけど、ケモ耳が生えていたって」
「うー。それは、ちょっと見てみたい」

「でもね、ほかにも、モンスターを頭から食べていたって言う話もあるの」
「食べてた? 頭から?」
「そう。ローブを着ていて、がばっと開くと、体の中心。縦に口が開いているらしいんだけど、形が、女性のあれだったって」
「えー。でも、そんな話を聞いて、どうして私って言う話になるのよ」
「顔があんただから」
 ああ、そうだったわよね。そう言っていたわ。
 私は、がっくりと力が抜けた。

「それでまあ、怖いんだけど、見たいって言う男が結構いるらしくてね。あんた気をつけないとまずいかも」
「えー最近やっと、黒の道化師が絡んでこなくなったのに」
 そう言って、つい膨れてしまう。

「ああ、あそこ潰れたみたいよ。正式に協会へ解散届が出たって」
「ほんと? どうして」
「さあ? いろんな所で恨みも買っていたから、何かあったんじゃない」

「うーでも、確実に行きづらい。ホーム変えようかな」
「でも他へ行くと、なぜか私ら、モンスターに集中攻撃食らうじゃん」
「そうだよね。一階で、スライムにたかられたときは、やばかった。慌てて帰ったけどあのときの周りの目」
 そう言って、二人でため息をつく。

「私ら、向いて無いんかな?」
「今更だよ」
「だって、今だって就活うまくいっていないし、ダンジョンでなんとかしないと」
「それは、佳代が面接に行って、必ずけんかするからでしょ」
「訳のわかんない、質問ばかり来るからだよ」
「もう」

 この二人、気がつけば一緒に居た。
 多分出会ったのは、3歳くらいだろう。
 保育園が一緒で、家も近く、母親同士が気があったのか、家族ぐるみの付き合いが始まる。
 比較的、おとなしい美樹は、保育園でも男にからかわれて、それを守る佳代という形ができた。
 
 当然の様に、小学校から現在に至るまで続いている。
 佳代の見た目と言動は、美樹を守るためにできあがったと言って良い。

 そのため、強い者への憧れが強い。
 だが、相反するがかわいい物も好き。
 小学校低学年では、魔法のステッキを振り回して、フリフリスカートで走り回っていた、そんな封印された歴史を持つ。

 逆に、美樹はおとなしいが、怖いもの好き。
 小学生で、図書館にあった、江戸川乱歩シリーズからその遍歴は始まった。
 ミステリーからホラーへ。
 佳代は怖くて読めなかったが、美樹が間違って買ったアンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』はお気に入りのようである。

 それはさておき、大学に入ってから生活費の足しに潜り始めたが、確かに足しにはなるし歩き回るので健康にも良い。多少食べても太らない。

 だが、稼ぐなら中級へのステップアップは必須。
 多少、レベルアップ的な物もあり恩恵も受けているが、安全第一で来ているため、初級から抜け出せていない。
 就職か、ダンジョンか? 今まさに分岐路にたっている。

「ねえ次の面接落ちたら、ガイドを頼んで見ない?」
「ガイド。ガイドねえ。外れを引いたら、金を捨てるだけだぜ」
「そこはまあ、賭けだけど。あのチームが居なくなったら、少しは安心できそうだし」

「うーん。まあ9階の課題。ゴブリンキングかクイーンまたは、メイジとかのハイシリーズって言う課題がきついんだよ。グレーウルフも対象はキング以上だし確かにもう少しで達成できるけど、エンカウント率が低いんだよな。それにあいつらって、キングかクイーンが居ると数が多いし最低10匹は居るもんな。ダンジョン内ではめったにないけど、コロニーができていたら100以上だろ。そんなのに当たったら、2人だと回されるぞ。初めてが、ゴブリンだなんていやだぞ」

「まあ最初っからそう言って、安全策で今まで大丈夫だったじゃない。中級になったら指名も来るらしいし、無理して面接を受けなくても大丈夫になるよ」
 そう言って、ほほえむ美樹。
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