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第2章 領地編1~新たな出会い~
第7話 普通はモフモフだよね?
しおりを挟む先ほどまでの魔物のざわめきだけじゃない。草木の揺れる音、鳥のさえずりも聞こえない。更に、動物や魔物の足跡、糞などの生き物の気配もない。
あるはずのそれが、ここにはない。木々や花々は隣の山とほとんど変わりがないのに。
「どういうこと?」
前世を含めてもこんな場所は初めてだった。特に嫌な感じはしない。けれど、この静か過ぎる空間の異質さには首を傾げずにはいられない。
不思議に思い、周囲の様子を観察しながら歩けば、歩いている自分にも違和感があった。
「音がしない?」
私の声はするのに、足音もなければ、足跡もない。私は何かに足を踏み入れてしまったのだろうか。
……とりあえず、お詣りでもしようかな。なんかよく分からないけど、神聖な雰囲気の気もするし。
そう思い、大きめの岩や大木のようなお詣りスポットを探そうとすれば、石畳の奥にある祠が目に入った。
先ほどまではなかった気がして、心は近寄ることを躊躇うも、足は祠へと向かっていく。
その祠の前まで来ると、私の足は止まった。そして、書かれている文字はこの世界のものではなく──。
「日本語……」
この世界とは違う、懐かしい字体。それが、石板に掘られていた。
『名前も知らない誰かへ。
この文字が読めるということは同郷なのだろう。
もし、この世界に居場所を見つけられないのなら、フォクス領へ来るといい。竜二と同じ時渡りの民だと、石板を読んだと伝えてくれれば、私の子孫があなたの家族になるだろう。
同じ時渡りをした者として、あなたが少しでも幸せになれることを祈っている。
木津 竜二』
……まさか、私よりも先にこの世界に来た人がいたなんて。しかも、時渡りってことは、転生ではなくて転移だろうか。
石板の感じからしてもかなり昔のことのようだけど。
「木津 竜二かぁ」
石板を、持ってきたタオルと水筒のお水を使ってキレイにする。
言語も習慣も全く違うところにいきなり転移させられるって、きっと転生するよりも大変だろう。それなのに、この人はめげずに家族を作ったんだ……。
私は祠の前に座ると、お昼のサンドイッチを取り出す。
今日は竜二さんと昼食を共にすることにしよう! と決めて、ハンカチの上にサンドイッチを乗せ、祠にもお供えする。
「竜二さん、このサンドイッチはうちの自慢の料理人が作ったんです。中にはね、厚焼き玉子。おいしいですよ」
そう言えば、一瞬でサンドイッチは消えた。
「……はい?」
ハンカチはある。それなのにサンドイッチがない。思わずハンカチの下も確認したけれど、在るわけもない。
「とりあえず、もう1個」
今度はカツサンドを乗せる。そして、それもまた消えた。
イリュージョンだ!!
……じゃなくて、魔術の気配もなかったし一体どういうことなのだろう。動体視力をあげようかな。あれやると目が疲れるけど、気になるし。
魔術で動体視力をあげ、右手の身体強化もする。そして、デザートのイチゴとクリームのサンドイッチをハンカチの上に置き、手を離した瞬間──。
「よっしゃ、見えたぁぁぁぁあ!!」
サンドイッチを丸呑みしようとしていた細長い生き物を鷲掴みにできた。
「えっと……、ヘビ?」
真っ白だけれど瞳が真っ赤なその生き物は、舌をチロチロとのぞかせている。
……こういうのって、普通はもふもふした魔物に出会うものなんじゃないの? まぁ、ヘビでもいいんだけどさ。
首根っこを捕まえたまま、私はヘビと視線を合わせた。
「なんでヘビなのにサンドイッチを食べるのよ」
『われはヘビではない。大蛇様じゃ。崇めるといい』
「崇めるとって言われましても……」
どう見ても、ただの白いヘビじゃん。しかも、私に素手で捕まってるし。
まぁ、会話できるから魔物のなかでも知能が高い方なんだろうけど。
「そもそも、大蛇というわりに小さくない?」
自称大蛇の長さは1メートルくらい。普通のヘビサイズ。違うのは赤い目くらいだ。
赤い目ということは、魔力が高いのかもしれない。
「小娘、良い質問だな。だが、その前にこの無礼な手を離してくれ」
そう言われて離せば「まったく今時の若者は」だの「礼儀知らずの小娘」だのうるさい。終いにゃ「親の顔が見てみたい」だと?
その喧嘩、買ったぁぁぁぁあ!!
『ぎやあぁぁぁぁあ!! やめろ! やめてくれぇぇぇぇ!!』
ぶおん、ぶおん、と低い音を鳴らしながら自称大蛇の尻尾を持って振り回す。大蛇が騒いでいるが、やめない。やめるわけがない。まだ謝罪されてないからね。
『悪かった! われが悪かったからぁぁぁあ!!』
うん。思ったよりも根性がなかったかな。だったら喧嘩なんて売るんじゃないって話よね。さて、もう逆らわないようにあと一息。私の家族を侮辱した罪を償ってもらおうか。
「そうだね。あなたが悪いよね。ほら、あっちの方に向かって謝罪して」
『えっ?』
「あっちはね、私の家がある方向なの。親の顔を見てみたいなんて、私の両親への侮辱だよね。ほら、早く謝ってくれる?」
にこりと微笑めば、大蛇は小刻みに震えながら何度も何度も頭を下げた。
『もっ、申し訳ありません。申し訳ありませんでした。とても素敵なお嬢様をお育てになるとは、とても素晴らしい教育の賜物かと──』
「そこまで言われると胡散臭いんだけど、まぁいいや」
とりあえず謝ってもらったし、時間も限られているのだから大蛇調教もここまでにしよう。
この山のことについても聞きたいしね。でも、そのまえに──。
「ねぇ、なんで普通のヘビなのに大蛇なの?」
『普通じゃないわい! 神聖力に溢れてたんだ。こっちに竜二を飛ばすまではな』
こっちに、飛ばす? ってことは、この世界に転移して来たと思われる竜二さんを送り込んだのって、このヘビってこと?
『竜二を逃がすために飛ばしたら、神聖力をほぼ使いきった。だから、小さくなっただけだ』
なるほど? いろいろと気になるから、1つずつ確認していくか。
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