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五、童 (わらべ)

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 ――泣く子どこの子、鴉の子
  おっこんさんが見てござる 見てござる
   泣く子どこの子、鴉の子
  一緒に遊ぼか 隠れよか






 「いやぁ~びっくりしたよぉ…いきなり帰って来るってぇ」

 婆ちゃんはそう言いながら皺だらけの顔をさらにくしゃくしゃにして満面の笑みで迎えてくれた。
「‥‥あ…あ、そうだ!婆ちゃんにお土産!」
 トリップして頭の中がまだ混乱してるけど、婆ちゃんのためにって、
「これ」と、婆ちゃんの好きな餡蜜の土産を持ち出して笑顔で応える。
「まぁ~そんな土産なんていらんかったがぁ~」
「ありがとね」と、嬉しそうに言いながら婆ちゃんは上がるように促した。


 懐かしい匂い。

 日当たりのいい縁側と、畳の落ち着く匂いが俺の体内にじんわりと広がってやっとほっとできた。

 田舎の古い家。
家屋を支える柱は樹齢何十年と経った木を丸々一本使っている。客間は十二畳ほどの広さで用途に応じて中央を襖で仕切られるようになっていた。今は老いた祖母が一人、ほとんど使われない座敷がいくつかそのままに残されている。
 昔は盆、正月となると家族や親戚らが集まって賑やかな情景があったが、年々、時代の流れも日々変わっているこのご時世、そんなことも薄れてきている。悲しいかな、自分もそんな世の中でその日その日を懸命に生きているつもりだ。
 縁側に沿った廊下の奥にまた一間、六畳ほどの座敷があった。
婆ちゃんちに来た時はいつもこの間を使ってた。縁側を挟んだこの座敷は日当たりがよくて居心地もいい。

 取りあえず持っていた荷物を置くといつものように客間に向かった。
そこには先祖代々からの仏壇が備えてあって帰省すると必ずじいちゃんに線香を上げるのが俺の習慣だった。

(じいちゃん、ただいま。またしばらくお世話になります)

 線香の煙が微かな空気に漂って揺れている。そして香の匂い。
手を合わせながら、ふと仏壇の左上にある棚に目をとめた。
今日に限ってのことじゃない。いつもここに来るとこの棚が気になって視線が向かう。
「何なんだろう」といつも気になりながらもそこから先には進まない。気になりながらも「ま、いいか」の状況だ。

 じいちゃんに「ただいま」の報告を済ませてまたに戻った。

 昼下がり、気分が落ち着いたのと少し疲れているのかそのまま畳に大の字になって休んだ。
昼のホカホカした日差しが障子戸から入ってきて気持ちよさにいつの間にか意識が遠退いていた。





 『泣く子どこの子、鴉の子
  おっこんさんが見てござる 見てござる』

 ――どっかで聞いたことのある‥‥


 子どもらの戯れる歌が聞こえる‥‥

 微かに薄い意識の中で聞こえていた。



 「‥‥兄ちゃ…兄ちゃん!大丈夫かぁ?」
 
 「‥‥ん…っ‥‥わっ、わぁっ!」


 瞼がやっと開いて同時にほんの数センチ目の前にちっこい顔が覗き込んでいた。
驚いたのと、あまりにも近すぎて飛び起きながら後退りしてしまった。

 覗き込んでいたのは、
(子ども‥‥?)
 目の前のを確認しようと左右何度も見回して今の状況を把握しようとした。
(今度は‥‥何?どこ?)
 トリップしたのは分かったけど、今度はどういう状況か――?

「大丈夫か?兄ちゃん‥‥またかと思ったぁ」
 目の前の子どもは大きな目をさらにクリクリさせて俺を覗き込むようにしてそう言う。
「‥‥ここは…どこ?」
 絣の甚平を着たその子どもは「何、言ってるの?」と言わんばかりに首を傾げて俺を見ている。
俺の反応を確認すると不思議そうな表情ながらも、
「ここは、だよ!」
 にこっと笑って立ち上がる。

――おいら達?
――お庭…って?

 俺の方が「何、言ってるの?」ってな感じで状況がつかめない。
やっと少しは意識が戻ってきた俺は仰け反っていた上半身を起こしながら状況を尋ねてみた。

「お庭って…何?」

 年にして五、六歳くらいかな?その子は俺を見下ろしながら今度は真顔になって、
「翠螟様のお庭。あっちにも、あっちにもあるんだよ」
 逆に不審な顔つきで俺にそう応える。
「翠螟様って…誰?」
 知らないことばっかりで色々聞いてくる俺を増々不審な様子で見下ろしながらも素直に応えてくれた。
「翠螟様は、ここのお屋敷のご主人様なんだよ。それでね、色んな病気を治してくれるんだ」

(ああ…だから、この子さっき俺のこと病人って‥‥)

「おいら達も翠螟様が治してくれたんだ」
「え?君も病気だったの?」

――どういうことだ?

「うん。おいらがいた村で変な病気が出てね、薬を飲んでも治らなかったんだ。ずっと気持ちが悪くて熱があってね、そしたら翠螟様のお使いの人が来て、おいらをここに連れてきてくれた。すぐに病気は治ったよ。おいらだけじゃないんだ、おいらの友達もみんな‥‥それからおいら達はずっとここに居るんだ」

でも‥‥
ちょっと俯いてその子は言う。
「父ちゃんや母ちゃんにずっと会ってない‥‥」



 「―――マサ~ァ‥‥マサ~ッ!」

 を呼ぶ声に目の前の子は振り返ると、また俺の方を見直してちょっと慌てたように尋ねた。
「兄ちゃんは、どっから来たの?」
――え…っと‥‥
俺は応え方が分からなかった。どう言ったらいい?なんて言ったら分かってもらえるんだろ。頭を掻き掻きしどろもどろになっている俺を見ながら、
「元気でよかったね。みんなが呼んでるから…じゃ、おいら帰るね!」
 これぞまさしく〝無邪気な笑顔〟でその子はみんなのところへ駆けて行った。


 『父ちゃん、母ちゃんにずっと会ってない』

 呟くようにして言ったその子の遠くなる後ろ姿をただただ見ていた。

 何となく心がもやもやする。

(まだ他にもがたくさんいるんだろうか‥‥)



 ――――「お母さん‥‥おかぁさん!」

 暗くなる公園で一人ぼっちの自分が脳裏に浮かんでくる。
 
(切ないなぁ‥‥)
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