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七、序(はじまり)
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今宵から三昼夜かけて行われる神楽の準備が着々と進んでいた。
屋敷の裏手の少し下った先に杉林が広がっており、シラスで整地された土地の中央辺りに神楽殿が建っていた。
男の家人たちが運んできた松明が神楽殿を囲むように立てられ、それらは屋敷へと繋がっている。
そして、屋敷内はさきほどから女中らが忙しなく走り回り、酒や美しく飾られた料理の品々が所狭しと宴の出番を待っているようだった。
そんな中に二人の姿もあった。
楽しみ事に心が躍るとはこういうこと。
準備に忙しいながらもキヨの表情は綻んでいた。その傍らにはいつもと変わりなく落ち着いた容姿のアオ。
「キヨ、嬉しいのは分かるけど抜かりのないように。それと、薬の仕分けはしてあるんだね?」
「はい、アオ様!大丈夫。後でもう一回、確認しておきます。うふふ‥‥」
お道化た言い方でキヨは笑う。
そんなキヨを少し困った顔で見ていたアオは、
「私も支度を整えてくるから‥‥」
そう言って主人の居所の座敷へ向かった。
陽は夕刻を迎える。
こうして神楽の準備が一日通して進められた。
(どこ行ったんだろ…やべぇ、もう日が暮れる‥‥)
屋敷の外へ出た俺はとにかく捜し歩いていた。
子どもだからそんな遠くまでは…と思っていたけど、神隠しにでもあったような気分。
何度も見回しながら歩いてた時だった。
先に竹林が見えて、薄暗い中を不安になりながらも歩いてるとどこからか葉を揺する風が吹いてきて、その風の方へ足を進めた。
視野が広がった。
そこは、山を切り開いた開拓地のような所。
に、あるはずがない物が。いや勝手に俺がそう思い込んだ世界だから?
俺は目を疑った。
「これって…まさか、あれ、貨物用のコンテナ?!じゃないよな?」
思わず声が出てしまった。
こんなところに、こんな世界に?!
しかも、一つだけじゃない。均等な間隔で五台は置かれている。
「あんた、ここで何してんの?」
「!!」
突然、背後から声をかけられてホント心臓止まるかと思った。
バクバクいってる心臓の音を耳の奥に感じながら振り返った俺の目の前には見たような子が。
(えっと…え~っと‥‥)
必死で記憶を遡る。
色んなことが起り過ぎて俺の頭ん中はぐちゃぐちゃだ。あーもう、助けて!
「あんたここの人じゃないね。どっから来たの?」
って知らない人にそんな落ち着いて声かけられる方も何だかな。
目の前の子はちょっと上目遣いで俺を睨んでる。
その子の肩先まで伸びた黒髪が風に揺れて‥‥思い出した!
「あ!あぁ!君、屋敷にいた子だね!」
そうだ――あの主人の後ろからちょこちょこついて歩いてた子。
思ったよりも声が大きくなり過ぎた俺をさらに睨んで、
「あたしはキヨっていうの。あなたは?」
ちょっとホッとした。
あんた呼ばわりからあなたになって。
「お、俺?え…っと、え‥‥っとぉ‥‥」
名前を言っていいもんだろうか?こんな時に迷ってしまうなんて。
名前を言ってしまったら俺、ここから消えてしまうんじゃないかって勝手に思い込んでしまって声が出ない。
「どっから来たの?」
彼女が以外にも落ち着いてくれてたから俺もやっと落ち着きを取り戻せた。
「俺は、惠太」
二人の間に夕刻の風が吹き通る。
「ねぇ‥‥一つ聞いてもいいかな?」
俺の問いかけに少し怪訝な顔つきになったけど、俺を真っ直ぐに見てくれていた。
「あれ‥‥あのコンテナは、何?」
そう言って俺は先にある貨物用のコンテナの方に視線を向けた。
彼女もまた俺と同じ方へ視線を向けながら抑え気味の声で応えてくれた。
「あれは―――みんなの家…だよ」
ん?なに――?
何かの聞き間違い?俺は彼女を二度見してもう一度聞き直した。
「みんなの家…って、他にも誰いるの?」
彼女は少しの間黙っていたけど何かを想うように応える。
「‥‥子どもたち」
それから彼女は何も言わなくなった。
(子どもたち…って…どういうこと?)
また俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
それ以上聞きようがなくて俺はただ目の前の女の子を見つめてた。
そんな彼女が不意に後ろを振り返る。
「アオ」
そう彼女は名前を呼んだ。
すでに俺たちの傍らにその姿はあった。
何て言っていいか、どう表現したらいいんだろ、その繊細でしなやかな立ち姿。
透き通る肌に瑠璃色の髪と瞳が俺の全身を集中させた。
声が出ない。
(綺麗な人だ‥‥)
ただそう思う。
「時間がない。急いで!」
アオは緊迫した顔でキヨにそう言う。
その状況を察して頷いたキヨはすぐさま屋敷の方へ駈け出して行った。
「なに?なに?どうした?」
駆けて行く彼女の姿を目で追いながら今度は彼に視線を返す。
「ここへ来てはいけない…そう言ったはず‥‥」
瞼を伏せがちにアオが呟く。
と、俺の手を握り「こっち」というように曳いていく――――
何が起きてる?
俺の周りの景色が流れている?
状況が把握できないままの俺の腕をアオの手がしっかりと掴んでた。
(なに?今、俺、飛んでる?!)
な訳ない。
でもこの感覚ってなんだ?走ってるのか、飛んでるのか?それともワープ?(なんて言葉いまどき聞かないか)
そんなことどうでもいい!
一度、両眼を思いっきり固く瞑ってみる。
目を開けた時にはすでに俺は屋敷にいた。
(…もぅ‥‥頭、フラフラする‥‥)
片手で頭を押さえてどうにか現状を理解しようと努める。
で、静かだなぁ。
ようやく辺りの雰囲気が伝わって俺は顔を上げた。
「ここは‥‥」
そうだ。あの時、主人と彼が交わっていたところ。
また俺の心臓がトクンと鳴った。
ふわり、
ほんの数ミリくらいしかない距離で瑠璃色の瞳が俺の視界に入ってくる。
「少しでも匂いを消しておかないと‥‥」
ちょっとひんやりした指先で俺の顎を持ち上げると彼は徐にその唇を重ねてきた。
(!!えぇ――っ?!)
何をするのかと思う間もなく、彼の舌が俺の唇を押し広げてきた。
(いやいや…これって、いけないでしょ?)
なんてことを頭の隅っこに思いながらも俺はその舌を受け入れてた。
「呑んで‥‥」
生温かいとろりとした唾液が喉の奥の方まで流れ込んできた。
(!‥‥んっ)
ゴクッと俺の喉が鳴る。
それは、微かにほんのりと甘い香りがしたような気がした。
屋敷の裏手の少し下った先に杉林が広がっており、シラスで整地された土地の中央辺りに神楽殿が建っていた。
男の家人たちが運んできた松明が神楽殿を囲むように立てられ、それらは屋敷へと繋がっている。
そして、屋敷内はさきほどから女中らが忙しなく走り回り、酒や美しく飾られた料理の品々が所狭しと宴の出番を待っているようだった。
そんな中に二人の姿もあった。
楽しみ事に心が躍るとはこういうこと。
準備に忙しいながらもキヨの表情は綻んでいた。その傍らにはいつもと変わりなく落ち着いた容姿のアオ。
「キヨ、嬉しいのは分かるけど抜かりのないように。それと、薬の仕分けはしてあるんだね?」
「はい、アオ様!大丈夫。後でもう一回、確認しておきます。うふふ‥‥」
お道化た言い方でキヨは笑う。
そんなキヨを少し困った顔で見ていたアオは、
「私も支度を整えてくるから‥‥」
そう言って主人の居所の座敷へ向かった。
陽は夕刻を迎える。
こうして神楽の準備が一日通して進められた。
(どこ行ったんだろ…やべぇ、もう日が暮れる‥‥)
屋敷の外へ出た俺はとにかく捜し歩いていた。
子どもだからそんな遠くまでは…と思っていたけど、神隠しにでもあったような気分。
何度も見回しながら歩いてた時だった。
先に竹林が見えて、薄暗い中を不安になりながらも歩いてるとどこからか葉を揺する風が吹いてきて、その風の方へ足を進めた。
視野が広がった。
そこは、山を切り開いた開拓地のような所。
に、あるはずがない物が。いや勝手に俺がそう思い込んだ世界だから?
俺は目を疑った。
「これって…まさか、あれ、貨物用のコンテナ?!じゃないよな?」
思わず声が出てしまった。
こんなところに、こんな世界に?!
しかも、一つだけじゃない。均等な間隔で五台は置かれている。
「あんた、ここで何してんの?」
「!!」
突然、背後から声をかけられてホント心臓止まるかと思った。
バクバクいってる心臓の音を耳の奥に感じながら振り返った俺の目の前には見たような子が。
(えっと…え~っと‥‥)
必死で記憶を遡る。
色んなことが起り過ぎて俺の頭ん中はぐちゃぐちゃだ。あーもう、助けて!
「あんたここの人じゃないね。どっから来たの?」
って知らない人にそんな落ち着いて声かけられる方も何だかな。
目の前の子はちょっと上目遣いで俺を睨んでる。
その子の肩先まで伸びた黒髪が風に揺れて‥‥思い出した!
「あ!あぁ!君、屋敷にいた子だね!」
そうだ――あの主人の後ろからちょこちょこついて歩いてた子。
思ったよりも声が大きくなり過ぎた俺をさらに睨んで、
「あたしはキヨっていうの。あなたは?」
ちょっとホッとした。
あんた呼ばわりからあなたになって。
「お、俺?え…っと、え‥‥っとぉ‥‥」
名前を言っていいもんだろうか?こんな時に迷ってしまうなんて。
名前を言ってしまったら俺、ここから消えてしまうんじゃないかって勝手に思い込んでしまって声が出ない。
「どっから来たの?」
彼女が以外にも落ち着いてくれてたから俺もやっと落ち着きを取り戻せた。
「俺は、惠太」
二人の間に夕刻の風が吹き通る。
「ねぇ‥‥一つ聞いてもいいかな?」
俺の問いかけに少し怪訝な顔つきになったけど、俺を真っ直ぐに見てくれていた。
「あれ‥‥あのコンテナは、何?」
そう言って俺は先にある貨物用のコンテナの方に視線を向けた。
彼女もまた俺と同じ方へ視線を向けながら抑え気味の声で応えてくれた。
「あれは―――みんなの家…だよ」
ん?なに――?
何かの聞き間違い?俺は彼女を二度見してもう一度聞き直した。
「みんなの家…って、他にも誰いるの?」
彼女は少しの間黙っていたけど何かを想うように応える。
「‥‥子どもたち」
それから彼女は何も言わなくなった。
(子どもたち…って…どういうこと?)
また俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
それ以上聞きようがなくて俺はただ目の前の女の子を見つめてた。
そんな彼女が不意に後ろを振り返る。
「アオ」
そう彼女は名前を呼んだ。
すでに俺たちの傍らにその姿はあった。
何て言っていいか、どう表現したらいいんだろ、その繊細でしなやかな立ち姿。
透き通る肌に瑠璃色の髪と瞳が俺の全身を集中させた。
声が出ない。
(綺麗な人だ‥‥)
ただそう思う。
「時間がない。急いで!」
アオは緊迫した顔でキヨにそう言う。
その状況を察して頷いたキヨはすぐさま屋敷の方へ駈け出して行った。
「なに?なに?どうした?」
駆けて行く彼女の姿を目で追いながら今度は彼に視線を返す。
「ここへ来てはいけない…そう言ったはず‥‥」
瞼を伏せがちにアオが呟く。
と、俺の手を握り「こっち」というように曳いていく――――
何が起きてる?
俺の周りの景色が流れている?
状況が把握できないままの俺の腕をアオの手がしっかりと掴んでた。
(なに?今、俺、飛んでる?!)
な訳ない。
でもこの感覚ってなんだ?走ってるのか、飛んでるのか?それともワープ?(なんて言葉いまどき聞かないか)
そんなことどうでもいい!
一度、両眼を思いっきり固く瞑ってみる。
目を開けた時にはすでに俺は屋敷にいた。
(…もぅ‥‥頭、フラフラする‥‥)
片手で頭を押さえてどうにか現状を理解しようと努める。
で、静かだなぁ。
ようやく辺りの雰囲気が伝わって俺は顔を上げた。
「ここは‥‥」
そうだ。あの時、主人と彼が交わっていたところ。
また俺の心臓がトクンと鳴った。
ふわり、
ほんの数ミリくらいしかない距離で瑠璃色の瞳が俺の視界に入ってくる。
「少しでも匂いを消しておかないと‥‥」
ちょっとひんやりした指先で俺の顎を持ち上げると彼は徐にその唇を重ねてきた。
(!!えぇ――っ?!)
何をするのかと思う間もなく、彼の舌が俺の唇を押し広げてきた。
(いやいや…これって、いけないでしょ?)
なんてことを頭の隅っこに思いながらも俺はその舌を受け入れてた。
「呑んで‥‥」
生温かいとろりとした唾液が喉の奥の方まで流れ込んできた。
(!‥‥んっ)
ゴクッと俺の喉が鳴る。
それは、微かにほんのりと甘い香りがしたような気がした。
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