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陽斗の話

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 高校生活もなんも問題なく変わることもなく平穏に過ごしていた。

 父親は外資系企業の営業マンで日々忙しく回っているとか。母親も家庭を持ちながらある事業所の正規社員で働いている。それなりの収入もあり生活にも困ることはない。安定した生活を送っているはずなのだが‥‥

 陽斗がここのアルバイトに来たのは、ちょうどこいつが高校入学して間もない頃だった。


 「惠太、今日から新入り。色々とよろしく頼むわ」

 店長――と言ってもまだ三十そこそこ。若い店長なのにしっかりしてて頼りがいがある。こういう人が人生成功していけるんだろうなって憧れも懐きながら尊敬してる。それに、なかなかのイケメン。男女問わず彼を目的に店にやって来る客も多い。

 「俺は、福元惠太ふくもとけいた――惠太でいいよ。で…?」

 テーブルを拭きながら俺の斜め後ろで少し慌てて、
「あ、え…っと、永山陽斗ながやまはるとって言います。今日からよろしくお願いします!」

 見た目とは違った印象だった。髪は栗毛色、割と細めな体格で、正直「続かねぇだろうな」って思ってた。でもちゃんと挨拶もできてるし、仕事を覚えるのも早かった。
それに、これまた〝可愛い系〟で客の目を惹く存在だった。


「惠太さん、今、手が空いてるんで、夕方の支度手伝います」
「でも、お前、もう上がりだろ?」
「大丈夫です。帰ってもなんもすることないし…家帰ってもつまらないし‥‥」
 そう言って陽斗は苦笑いしたのを覚えてる。


 いつしか陽斗は俺を慕ってくれるようになって、俺も後輩?みたいな存在で仲良くなった。
バイトで会うだけで、それぞれに生活もあって姿情は深く知らなかった。バイトで一緒の時は、お互いに好きなことや趣味なんかの話をしたりして結構楽しかった。

  ――それから‥‥陽斗がバイトにきて二週間たったくらいかな?


 「すみません!すぐにお持ち致します」

 店内から食器やグラスが崩れる激しい音が聞こえた。
厨房やカウンターにいた従業員たちの視線が一斉にそっちへ集まる。

 客に出す料理や飲み物のグラスを何かの弾みで落としてしまったようだ。
慌てながらカウンターに戻ってきた陽斗と思いっきりぶつかった。

 ガシャャ――ン!

 落としてしまった食器なんかを入れてたトレーがひっくり返ってしまった。
まだ残っていたビーフシチューが俺の作業用のシャツやカフェエプロンに飛び散った。

「陽斗、どうした?」
「すみません!…ごめんなさい‥‥」
 ちょっと泣きそうになって陽斗は俯いた。


 いつにない陽斗の様子が気になった。

「店長、今日こいつ連れて帰ります。後、大丈夫ですか?」
 少し困った顔つきだったけど、
「うん。今から和也に連絡して出てきてもらうわぁ。心配すんな!」

 店長の頼りがいのある笑顔。それに甘えて今日はを連れて帰ることにした。




 「狭いとこだけど、我慢しろ」

 うなだれた背中を押しつつ俺の部屋へ上がらせた。
意識があるのか――?
 ぼ~っと突っ立ったまんまでいるから陽斗の両肩に手を置いて座るように促した。
へとへと…と正座するようにして座り込んだ陽斗はまだ俯いたままだった。

 とりあえず‥‥

 落ち着けばと思ってコーヒーを淹れた。インスタントだけど。
二人分のコーヒーカップをテーブルに置いて、俺もひとまず落ち着こう。

 陽斗の横に座ってカップに目線をやりながら話しかけた。
「‥‥何かあったの?」
 そう言っただけで突然、陽斗が俯きながら肩を震わせて泣き始めたんだ。
「え?…なに?なに?どうした?」
「ごめんなさい…ごめんなさい‥‥シャツは俺が…クリーニング出します」
 泣きながら声を詰まらせて必死に言う。
正座しながら両手をグーにして力を込めてた。
「いや…陽斗を攻めてるわけじゃねぇよ。何かいつもの陽斗じゃないなぁって‥‥何かあったんなら言ってみろ。俺には聞くことしかできないけどな」
 落ち込んでる陽斗の気を少しでも和らげようと微笑んでみる。

 しばらくして陽斗が口を開いた。

 原因は―――

 両親が離婚するらしいってこと。

 先日、陽斗も交えて話をしたようで‥‥
陽斗の様子からは両親とも何も問題なさそうな感じなんだけど、長年一緒にいると色んなとこが見えてきてお互いに気持ちが合わなくなってしまうことだってあるんだ。

 だけど、高校生だからって…まだ、子どもは子ども。急にそんなこと聞かされて、今までの生活が一変してしまう。心の準備ってもんがあるだろうに。

 そんな話を聞かされた。

 心ここに在らず。あんなことにもなるはずだわ。
(俺も何か似たような立場だけど‥‥)
 そう思うと、苦笑い。
「惠太さん、ごめんなさい。こんなこと話してしまって‥‥」
 まだ俯いたままの陽斗は鼻をすすりながら何度も、何度も、
「ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
 って、謝り続けてた。

 何か、そんな陽斗が可愛かった。

 俯いてる陽斗の額を自分の額で押し上げて鼻先で陽斗の鼻先に触れた。

 (こんな気持ち‥‥)

 確かに俺はノーマル。‥‥だったはず。
ま、こんなこともいいか。目の前にいるこいつが可愛いと思う。それだけ。

 「惠太じゃなくて、惠太でいいよ」

 俺は少し笑って、初めて男にキスをした。







 「‥‥た!…惠太!惠太ってば!」

 ――俺を呼ぶ声が聞こえる。

 ここは――?

 薄っすらと開けた視界に人影が映って、ハッとなって起き上がった。

「‥‥ん――…っ」
 頭がぼんやりとする。

「返ってきて!惠太!惠太ぁぁ!」

 そんな俺の腹部に覆いかぶさるようにして半泣きの陽斗がいた。
それを確認しながら辺りを見回す。

 ここは―――

バイトの休憩室。

 確か‥‥夕方の支度をしていた。
テーブルにセッティングしながら、ふと店の外に視線を送った先に気になる影を追いかけてた。

(あの人は――?)

 脳裏に蘇ってくる記憶―――



 激しい色事の息遣い‥‥
目の前に映った瑠璃色の透ける瞳。

 ドクンと俺の心臓が鳴った。


 「もう…もうっ!惠太…返ってこないかと思った!ずっと意識が戻らなかったんだよっ!」

 半べその目をして俺の顔を見上げてる。

 俺も何か安心した。


 これが陽斗との出逢い―――

 今までのまんまで。これからも変わらない‥‥だろうと思う。
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