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1.極道と最強の鬼

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 この世界には鬼と呼ばれる最強の生物が存在していた。頭に二本の短い角がある以外容姿はそれほど人と差異はないが、体が大きく丈夫で力も強い。不思議な力を持っていることも多い。
 そんな鬼は男しかいない。父親が鬼であったとしても娘は普通の人間となる。そして、鬼を父とする子の四分の三は娘で、鬼として産まれてくるのは高々四分の一に過ぎない。
 鬼は見かけによらず繊細な生き物で、番う相手を選ぶのはかなり慎重である。出生率も低いため、生存数はかなり少ない。

 ナルカの町に住んでいる鬼は三人。普通の人間は一万人近くいる。そんな帝都よりずっと外れた、それでもそれほど田舎でもない場所で、ミホは一人頑張っていた。
 ミホが十四歳の時、役所に勤めていた父親が飲み屋の女と逃げた。父親は役所の金を横領していて、借金を背負ってしまった母親は絶望してその年にミホを置いて自らの命を断った。
 親を亡くした十四歳のミホは途方に暮れたが、親切な近所の公衆風呂屋が住み込みで雇ってくれた。
 母親が死んだことで、借金はなかったことにしてもらえたので、ミホは若くして借金を背負うことだけは回避できた。

 水道は通っているので水汲みは必要ないが、湯を沸かす燃料は薪である。浴槽の掃除や薪割り等、女性にはきつい仕事であるが、親と死別した娘が体を売らずに生活していけたのは、ミホにとってかなり幸運であった。
 内風呂がない庶民が一日の疲れを癒やしに来る風呂屋の仕事は、それなりにやり甲斐もあった。

 勤め始めて十年が経った今では、ミホはお金を扱う番台まで任せてもらえるようになっていた。二十四歳と行き遅れと言われる年になってしまったが、ミホはそれほど気にしてはいない。ちゃんと三度の食事がとれ、三畳の狭い部屋だがぐっすりと眠ることができる場所を与えられ、やり甲斐のある仕事を持っている。不幸だと思ったりしたらバチが当たりと感じて、ミホは感謝しながら日々を過ごしていた。

 しかし、そんなささやかな幸せさえ、ミホには許されなかったらしい。
「ミホという娘がいるだろう。さっさと引き渡せ」
 着物にたすき掛けし、風呂場の裏で薪割りをしていたミホは、そんな怒鳴る声を聞いた。驚いてミホが店先に行くと、着物を着崩した明らかに一般人ではない男が三人仁王立ちしており、その前に五十過ぎの風呂屋夫婦が顔色を青くして立ちつくしていた。

「お前がミホか? 思った以上に地味な娘だな。まあいい。お前の父親が借金をして逃げた。娘のお前が支払うのは当然だろう。お前みたいな地味な女でも場末の娼楼ぐらいには売れるだろう」
 借用書らしい書類を見せながら、一人の男がミホの腕を掴んだ。
「この女の未払い給金を今すぐに払え。十年も勤めたんだろう。退職金も出せよな。荷物も現金化するので全て運び出せ」
 ミホの腕を掴んでいる男が、前半は風呂屋の夫婦に向かって、後半は手下らしい男に命令した。

「これで勘弁してください。もうミホには関わりがないということで」
 風呂屋の大将は少なくない金額を男に渡していた。手下たちはミホの狭い部屋に急ぐ。
 ミホは父親のせいで再び全てを失ってしまった。

 蒸気エンジンを搭載した自動車は、ナルカの町に二百台ぐらいしかない。もちろんミホは初めて乗ったが感激などなかった。
 十年も生活をしていたのにも拘らず、ミホの持ち物は風呂敷二枚で事足りた。思い出深いものもあるが、全て売り払って現金化されるらしい。
 それを聞いてもミホは左右に座っている極道に反抗することができない。
 借金の形に連れて行かれた娘の行き先など限られている。若くて器量良しの娘ならともかく、ミホには楽しい未来など待っていないだろう。
 そして、よしんば借金を返し終えたとしてもミホは帰る場所を失っていた。
 生きている意味があるのかと疑問に思ったミホだが、ミホの不幸を願っているらしい神の思い通りになりたくない。
 ミホは顔を上げて毅然とした態度で自動車の揺れに身を任せていた。


 ミホが連れて来られた家屋には『モンジ組』との看板が掲げられていた。ナルカを取り仕切っている極道一家だ。
「これがミホか。風呂屋に勤めていると聞いたので、もっと色っぽい女だと思った。これでは大した金にならないな」
 一番奥の部屋で偉そうに足を机に置いている男が、残念そうに言った。
 ミホが働いていたのは公衆浴場だが、世には女性が入浴客に奉仕する男性専用の風呂屋も存在する。ミホはそんなところに勤めている女性だと勘違いされていたのだ。
「組長、この女の給金と退職金で借金の四分の一ぐらいにはなりました。まだとうが立つほどの年齢でもないし、場末の娼楼でも元ぐらいは取れますよ」
 ミホを連れてきた男が組長の怒りをかわそうと懸命に説明していた。
「トントンならばくたびれ損だな。なるべく高いところへ売らないと」
 本人を前にして売り先の相談を始める二人。ミホは絶望してそんな男たちの話を聞いていた。


 突然、扉が蹴破られ、ものすごい音を立てて開いた。
「おい! 人の仕事を邪魔しやがって、お前らは女を侍らせて楽しんでやがるのか」
 大柄な男が怒鳴りながら入ってきた。まだ珍しい洋装姿で山高帽をかぶっている。
「組長! すみません。自動車に乗っている若いやつがいたので、因縁をつけてここまで連れてきたら、突然暴れ出して」
 男の後ろから顔を殴られたらしい男が走ってきた。
「お、お前は、ショウタさん。どうしてここへ」
 怒鳴り込んできた男を見て狼狽える組長。
「お前のところの若い衆に連れてこられたんだ。俺は忙しいんだぞ。こんなことなら、お前を助けなければ良かったな」
 不機嫌そうなショウタは組長の机に近づき、机の脚を蹴った。あっけなく脚が折れ、組長の足が下に落ちる。

「ひっ!」
 驚いて声を出してしまったミホは、横を向いたショウタと目が合った。見たこともない金色の虹彩に驚くミホ。山高帽から覗く髪は鮮やかな黄色だった。
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