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14.ショウタが帰ってきた
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「ご協力ありがとうございました。これで、無事あいつを詐欺で送検できそうです。相談に来た被害者はお金を渡していなかったので、公文書偽造の罪しか問えなかったのです」
一人の警察官が嬉しそうにカナエに礼を言った。
「お気の毒ですが、お金は戻ってこないと覚悟をしておいてください」
別の警察官が申し訳なさそうに頭を下げる。
「わかりました。お金のことなど詳しいことは父に確認してください」
カナエはベッドに横になったまま、頭を少し持ち上げて礼を返した。
警察官が帰った後、病室には父親に申し訳ないと落ち込んでいるカナエと、茫然自失の母親、そして、ショウタが残された。
「その……、あのな」
カナエを元気づけたいと思うが、かける言葉が見つからないショウタ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ショウタ先生が救ってくれた命ですから大切にします。絶対に幸せになってみせますから。赤ちゃんだっていっぱい欲しいの。その時は取り上げてもらえますか?」
今度は学歴や職業ではなく、本当に愛する人を見つけたいと思うカナエだった。
「俺、産科はあまり得意ではないけど」
少し困った顔をするショウタに、カナエは舌を出して微笑んだ。
「嘘ですよ。だって、恥ずかしいもの」
こんなに優しいショウタを手術する機械だなんてカナエには思うことができない。だから、体を見せるのも、体に触れられるのも恥ずかしいとカナエは感じる。
「冗談が言えるほどなら心配いらないな。それじゃ夕方ガーゼ交換に来るからな」
長い白衣を翻して病室を出ていくショウタを、カナエは切なそうに見送った。
「カナエ、もしかしてショウタ先生のことを?」
カナエの母は婚約者だった詐欺師のことを忘れることが出来るのであれば、カナエの相手が鬼でもいいかと思っていた。
「私にも恥という気持ちぐらいあります。あんな酷いことを言ったのに、今更愛を乞うなんて恥ずかしいことはできない。それに……」
最初にショウタに会った時、ミホが病気か怪我をしたかと思って血相を変えて飛んできたことをカナエは覚えている。
「それに?」
不自然に言葉を切ったカナエに母親は言葉を促した。
「何でもないの。お母さん、見合いの相手を探しておいて。優しい人がいいわ。鬼でもいいけど、探すのは大変よね」
「そうね。鬼なんて今まで会ったことはないもの。未婚の鬼を探すのは大変そうね」
カナエが前向きになってくれるのなら、見合い相手ぐらいいくらでも探してみせると母親は思う。でも、未婚で結婚適齢期の鬼を探すのはさすがに困難だ。
「でも、ミホを煽るのは面白そう。ショウタ先生のためだし」
カナエは嬉しそうに笑った。
「カナエ?」
母親は突然笑いだしたカナエを心配そうに見ていた。
翌日には盆の宿直勤務が無事に終わり、ショウタは昼前に帰ってきた。
「二人だけで大丈夫だったか?」
玄関に迎えに出てきていたミホとミノルの顔を見るなり、ショウタはそう訊いた。
中央病院に近いサエキ家は中央警察署にも近い。治安はいい場所だが、女性のミホと子供のミノルだけで広い家に住まわせていたので、ショウタは随分と心配していた。
「平気だよ。何かあっても僕がミホ姉ちゃんを守るから」
ミノルが胸を張る。
「私もそんなに弱くないですから心配いりません。力だって結構あるんですよ」
ミホは風呂屋で少年に混じって風呂を焚いていた。薪割りをして重い薪を運んでいたので、力ではそこらの男に負けない自信ががある。
「でも、ミホはか弱い女性だから」
鬼のショウタからすれば、人は皆か弱い。ましてや女性のミホはとても弱々しいと感じている。
「それ、誰のことでしょうか?」
か弱いなど今まで一度も言われたことがないミホは、本気で人違いをしているのではないかと感じていた。
「ミホのことだけど」
ショウタに真剣に見つめられて頬を染めるミホ。
ミノルは足音を殺してその場を離れていった。
「あの、お昼はカレーライスを作ったんです。ミノルの好物ですから」
ショウタも好きだとミノルに押し切られて、お昼はカレーライスになった。
「いい匂いがすると思ったら、昼はカレーライスか。俺もミホの作るカレーライスは大好きだ」
カレーライスのことだとわかっていても、ショウタに大好きと言われてとても嬉しいミホだった。
「いっぱい作りましたので、おかわりありますから」
「楽しみだな」
本当に嬉しそうにショウタが笑うので、ミホの頬も緩んでいた。
「なんだよ。僕が気を利かせて二人にしてやったのに、なぜ昼飯の話をしているんだ。二人とももどかしいな」
ふすまの陰から覗いているミノルが小さく呟いている。八歳児に心配されるショウタは二十八歳。ミホは二十四歳になっていた。
「うめーな、これ。いくらでも食べられるな」
ショウタはおかわり四杯目だが、鬼は燃費が悪い生き物なのでまだ満腹ではない。
「カレーライスは最高だろう。僕がミホ姉ちゃんに頼んだんだ」
ミノルも胸を張りながら美味しそうに食べている。
ミホはカレーが足りるか心配になっていた。
結局、ご飯もカレーも全て食べ尽くしてしまっていた。呆れるほどの食欲だが、十分に食費は貰っているし、休日にはショウタが買い物に付き合い、大量に買ってくれるので、食材の心配はいらない。
しかし、ショウタの食欲はミホの予想を上回るので、作るのは大変だ。
「なぁ、カレーライスを食って汗をかいたし、アイスクリームを作らないか?」
ショウタが満腹になって腹を手で押さえているミノルを誘った。
「アイスクリーム?」
ミノルはアイスクリームを知らない。
「とっても冷たいお菓子だ。卵と牛乳、それに砂糖でできる。氷に塩を入れて冷やすと固まるんだよ」
「美味そうだな。でも今は腹一杯で食えそうにもない」
ミノルが残念そうに首を振る。
「それじゃ、今から買い物に行って、おやつの時間に作ってみようぜ。ミホも一緒に買い物に行こう」
「三日も連続で勤務だったから、眠った方がいいのではないですか?」
誘われて嬉しいミホだが、ショウタの体が心配だった。
「大丈夫だ。仮眠はしっかりと取っていたから。あの深鍋は俺が洗うから」
カレーを作るのに使った深鍋は、レストランで使うほどの大きさなのでかなり重たい。ミホが運ぶのに苦労した鍋を軽々と持ち上げるショウタを見て、
「それではお願いします」
ミホは思わずショウタに頼んでいた。
一人の警察官が嬉しそうにカナエに礼を言った。
「お気の毒ですが、お金は戻ってこないと覚悟をしておいてください」
別の警察官が申し訳なさそうに頭を下げる。
「わかりました。お金のことなど詳しいことは父に確認してください」
カナエはベッドに横になったまま、頭を少し持ち上げて礼を返した。
警察官が帰った後、病室には父親に申し訳ないと落ち込んでいるカナエと、茫然自失の母親、そして、ショウタが残された。
「その……、あのな」
カナエを元気づけたいと思うが、かける言葉が見つからないショウタ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ショウタ先生が救ってくれた命ですから大切にします。絶対に幸せになってみせますから。赤ちゃんだっていっぱい欲しいの。その時は取り上げてもらえますか?」
今度は学歴や職業ではなく、本当に愛する人を見つけたいと思うカナエだった。
「俺、産科はあまり得意ではないけど」
少し困った顔をするショウタに、カナエは舌を出して微笑んだ。
「嘘ですよ。だって、恥ずかしいもの」
こんなに優しいショウタを手術する機械だなんてカナエには思うことができない。だから、体を見せるのも、体に触れられるのも恥ずかしいとカナエは感じる。
「冗談が言えるほどなら心配いらないな。それじゃ夕方ガーゼ交換に来るからな」
長い白衣を翻して病室を出ていくショウタを、カナエは切なそうに見送った。
「カナエ、もしかしてショウタ先生のことを?」
カナエの母は婚約者だった詐欺師のことを忘れることが出来るのであれば、カナエの相手が鬼でもいいかと思っていた。
「私にも恥という気持ちぐらいあります。あんな酷いことを言ったのに、今更愛を乞うなんて恥ずかしいことはできない。それに……」
最初にショウタに会った時、ミホが病気か怪我をしたかと思って血相を変えて飛んできたことをカナエは覚えている。
「それに?」
不自然に言葉を切ったカナエに母親は言葉を促した。
「何でもないの。お母さん、見合いの相手を探しておいて。優しい人がいいわ。鬼でもいいけど、探すのは大変よね」
「そうね。鬼なんて今まで会ったことはないもの。未婚の鬼を探すのは大変そうね」
カナエが前向きになってくれるのなら、見合い相手ぐらいいくらでも探してみせると母親は思う。でも、未婚で結婚適齢期の鬼を探すのはさすがに困難だ。
「でも、ミホを煽るのは面白そう。ショウタ先生のためだし」
カナエは嬉しそうに笑った。
「カナエ?」
母親は突然笑いだしたカナエを心配そうに見ていた。
翌日には盆の宿直勤務が無事に終わり、ショウタは昼前に帰ってきた。
「二人だけで大丈夫だったか?」
玄関に迎えに出てきていたミホとミノルの顔を見るなり、ショウタはそう訊いた。
中央病院に近いサエキ家は中央警察署にも近い。治安はいい場所だが、女性のミホと子供のミノルだけで広い家に住まわせていたので、ショウタは随分と心配していた。
「平気だよ。何かあっても僕がミホ姉ちゃんを守るから」
ミノルが胸を張る。
「私もそんなに弱くないですから心配いりません。力だって結構あるんですよ」
ミホは風呂屋で少年に混じって風呂を焚いていた。薪割りをして重い薪を運んでいたので、力ではそこらの男に負けない自信ががある。
「でも、ミホはか弱い女性だから」
鬼のショウタからすれば、人は皆か弱い。ましてや女性のミホはとても弱々しいと感じている。
「それ、誰のことでしょうか?」
か弱いなど今まで一度も言われたことがないミホは、本気で人違いをしているのではないかと感じていた。
「ミホのことだけど」
ショウタに真剣に見つめられて頬を染めるミホ。
ミノルは足音を殺してその場を離れていった。
「あの、お昼はカレーライスを作ったんです。ミノルの好物ですから」
ショウタも好きだとミノルに押し切られて、お昼はカレーライスになった。
「いい匂いがすると思ったら、昼はカレーライスか。俺もミホの作るカレーライスは大好きだ」
カレーライスのことだとわかっていても、ショウタに大好きと言われてとても嬉しいミホだった。
「いっぱい作りましたので、おかわりありますから」
「楽しみだな」
本当に嬉しそうにショウタが笑うので、ミホの頬も緩んでいた。
「なんだよ。僕が気を利かせて二人にしてやったのに、なぜ昼飯の話をしているんだ。二人とももどかしいな」
ふすまの陰から覗いているミノルが小さく呟いている。八歳児に心配されるショウタは二十八歳。ミホは二十四歳になっていた。
「うめーな、これ。いくらでも食べられるな」
ショウタはおかわり四杯目だが、鬼は燃費が悪い生き物なのでまだ満腹ではない。
「カレーライスは最高だろう。僕がミホ姉ちゃんに頼んだんだ」
ミノルも胸を張りながら美味しそうに食べている。
ミホはカレーが足りるか心配になっていた。
結局、ご飯もカレーも全て食べ尽くしてしまっていた。呆れるほどの食欲だが、十分に食費は貰っているし、休日にはショウタが買い物に付き合い、大量に買ってくれるので、食材の心配はいらない。
しかし、ショウタの食欲はミホの予想を上回るので、作るのは大変だ。
「なぁ、カレーライスを食って汗をかいたし、アイスクリームを作らないか?」
ショウタが満腹になって腹を手で押さえているミノルを誘った。
「アイスクリーム?」
ミノルはアイスクリームを知らない。
「とっても冷たいお菓子だ。卵と牛乳、それに砂糖でできる。氷に塩を入れて冷やすと固まるんだよ」
「美味そうだな。でも今は腹一杯で食えそうにもない」
ミノルが残念そうに首を振る。
「それじゃ、今から買い物に行って、おやつの時間に作ってみようぜ。ミホも一緒に買い物に行こう」
「三日も連続で勤務だったから、眠った方がいいのではないですか?」
誘われて嬉しいミホだが、ショウタの体が心配だった。
「大丈夫だ。仮眠はしっかりと取っていたから。あの深鍋は俺が洗うから」
カレーを作るのに使った深鍋は、レストランで使うほどの大きさなのでかなり重たい。ミホが運ぶのに苦労した鍋を軽々と持ち上げるショウタを見て、
「それではお願いします」
ミホは思わずショウタに頼んでいた。
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