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4 不服だが、なにか?
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「いやぁ~っ、お嬢! いい天気ですね!」
「……」
「見てくださいよ! 雲一つない空! ずぅーっと向こうの山々まで見えますよ」
「……」
「あそこに山小屋があるでしょう?」
知るか。
私は今、機嫌が悪い!
「あそこには一昨日まで」
情けない。
まるで放浪する後ろ暗い姫君のような逃避行だ、これでは。
相手は陽気な男を三人合体させて綺麗に仕上げたような、煩い王宮騎士。誰かに見られて万が一〝あら、まあ、駆け落ち?〟なんて嘲笑われた日には灰になって死ねる。
「山賊の根城になっていたんですが」
「え?」
今、なんて?
「さ、ささっ、山賊……っ?」
「おっ、お嬢! やっと笑いましたね!」
山賊と聞いては、黙っていられない。
横向きで馬に座り、暑苦しい王宮騎士ファリノスにしがみついていなければいけないという屈辱……さえ忘れさせてくれる、その山賊とやらの話を、ぜひ。
「もう半日ずっとムッとしてるから、まあそれも可愛いんですけど、やっぱりお嬢みたいな美貌の持ち主には神が与えた最高の笑顔──」
「山賊の話を。今も山賊はあそこに?」
「──知りたいですか?」
なぬ?
焦らす作戦か。
「ファリノス。いくら脆弱な私とて、これだけ顔が近ければ、貴殿の鼻を噛みちぎるくらい、わっ、わけないんだ、ぞっ」
下り坂の凹凸が私を苛む!
「おっと。大丈夫ですか? 掴まって」
「ふざけるな! わわっ、私は、馬上のバランスくらい、自分で取れる……!」
「ハグしまーす」
「ひいぃっ!」
馬がいけないんだっ!
もっと蛇のように這ってくれれば、こんなに揺れる事もないはずなのにッ!!
「落っこちないように、しっかり掴まっててくださいねぇ~」
「く……っ、貴様!」
と悪態をつきながら、この男にしがみつくしかない。
嗚呼。
脆弱な肉体よ……!
──坂道を生き延びろ!
ぎゅうぅぅぅぅぅ。
「……っ」
「もう少しですよ。お嬢が落ち着いたら、山賊の話をしてあげますからね」
「……!」
「……へへっ」
「!?」
笑った!?
ファリノス。
おいファリノス、なにをヘラヘラ笑っている!?
こっちは必死で生きてるんだぞ!
駆ける馬の背という試練を!
「かっわいいなぁ……」
「……っ」
そうやって目尻を下げて私を見下ろし微笑んで!
貴様も他の男たちと同じじゃないか!
兄の信頼を裏切り私を恥ずかしめた罪、必ずや晴らして見せる……!!
大地よ!
どうか私の足の裏に力を!!
「あらよっと」
「ひんっ」
馬が、跳んだ。
「……」
し、しし、死ぬかと思った。
「……っ」
危なかった。
もう、道が、平らだ。
試練は……過ぎ去った……!
「んで、あの山小屋の山賊ですけどね」
「貴様など山賊にやられてしまえばよかったのに!」
「それは無理ですね。俺が一掃しておきましたから」
「え?」
なぬ?
「ならず者ですから、サクッと始末しておきました」
「……」
や、やるじゃないか。
いいや!
王宮騎士たるもの、そのくらい当然!
見直した。
というか、その場面を見たかった。
「取っておいてくださればよかったものを。そうすれば貴殿が傍若無人のならず者たちを打ち負かす様がこの目で確認できた」
「え? それは勿体ない事したなぁ~。お嬢が喜んでくれるなら山賊だろうと狼だろうとドラゴンだろうと目の前で八つ裂きにしてやりますよ」
きゅん。
「!?」
「お嬢?」
いっ、今の熱々な不整脈は……!?
「……」
「どうしました? お嬢?」
「……」
「まさか、座ってるだけなのに馬上がちょっと揺れがちなだけで骨折……!?」
「違う!」
名誉にかけて、違う。
そうではない。
「そこまで脆弱ではない!」
「どうしました? お嬢、顔が真っ赤ですよ?」
「ううう煩い!」
なんだが妙に熱い!
慣れない屈辱的な守られ旅で、私はもうどうにかなってしまいそうだ!!
「坂道が恐いなんて……この先、刺客が襲って来て戦闘になったらこんなもんじゃ済まないのに……守り甲斐があるお嬢だ!!」
「ひんっ!?」
こっ、興奮している!?
王宮騎士ファリノスの目が爛々としている!?
きゅん。
「!?」
兄上。
刺客はこいつではないかな?
「……」
困惑。動悸息切れ。発熱。
……毒?
「いっそ、その剣で殺してくれ……」
「え? 俺の剣でなんですって? 持ってみたい?」
え?
「……いいのか?」
「いいですよ。怪我しないように、俺がちゃんと見ていてあげますから」
兄上、ありがとう!!
兄上が見込んだこの王宮騎士はいい奴です!!
「そっ、それは心から感謝する。兄上が私に剣を触らせてくれなくなってからもう長い年月が過ぎた」
「最後に剣を握ったのはいつです?」
それを聞かれると、羞恥に悶えるしかない。
「……7才の時、ダガーを握り損ねて落とし、足の指を切った」
「あぁ」
「あわや失うところだったが、幸い、爪が欠ける程度の事で、ほっ、本来なら私から剣を取り上げるのではなく、そんな私でも扱えるよう訓練を厳しくするべきだったと、今でも私は根に持っている!」
「ドジっ子かぁ……いいなぁ……」
「貴様……なぜニヤついている!?」
ぎゅっ、と。
ファリノスが、片手で、私を、明確に抱いた。
「────」
時が、止まったようだった。
「イルダ嬢。俺の剣は重いけど、一緒に握って何かを切らせてあげますからね」
「……」
「そのあとで、じっくり、ダガーくらい握れるようにしてあげます」
「……訓練、してくれるのか……?」
「はい」
すりすり。
私の脳天に、頬ずりをするファリノス。
本来なら殺してやりたいほど無礼であるにも関わらず、訓練を餌にされると、懐柔されてもいいかなと考えてしまう。
く……脆弱なのは、この肉体だけでなく、心も……!
「どんなにどんくさくても、時間はたっぷりありますから」
「たっぷり? 逃亡なのに?」
直後、ファリノスは信じられない事を言ってのけた。
「今夜はって意味ですよ。今夜、あの山小屋に泊まるので」
「────」
「大丈夫ですよ。任務はわかっていましたから、山賊を片付けたあと、小屋の中もしっかり片付けておきましたからね♪」
「……ファリノス……」
「お嬢、寛いでくださいっ!」
貴様、何を笑っている?
そんなに太陽を弾く前歯は初めて見たぞ。
「ん? どうしたんですか、お嬢? 人類を滅ぼす直前の女神みたいな恐い顔して。いや、綺麗ですけど」
あの小さな山小屋に、男と二人で、泊まるだと?
そこまでしなければならないほど、ジェスオーンの狼どもは手強いとでも言うのだろうか。
「貴殿と私が同衾?」
いやだ。
「嫌ですか?」
この顔を見てわからないか?
ファリノスよ。
「……」
「見てくださいよ! 雲一つない空! ずぅーっと向こうの山々まで見えますよ」
「……」
「あそこに山小屋があるでしょう?」
知るか。
私は今、機嫌が悪い!
「あそこには一昨日まで」
情けない。
まるで放浪する後ろ暗い姫君のような逃避行だ、これでは。
相手は陽気な男を三人合体させて綺麗に仕上げたような、煩い王宮騎士。誰かに見られて万が一〝あら、まあ、駆け落ち?〟なんて嘲笑われた日には灰になって死ねる。
「山賊の根城になっていたんですが」
「え?」
今、なんて?
「さ、ささっ、山賊……っ?」
「おっ、お嬢! やっと笑いましたね!」
山賊と聞いては、黙っていられない。
横向きで馬に座り、暑苦しい王宮騎士ファリノスにしがみついていなければいけないという屈辱……さえ忘れさせてくれる、その山賊とやらの話を、ぜひ。
「もう半日ずっとムッとしてるから、まあそれも可愛いんですけど、やっぱりお嬢みたいな美貌の持ち主には神が与えた最高の笑顔──」
「山賊の話を。今も山賊はあそこに?」
「──知りたいですか?」
なぬ?
焦らす作戦か。
「ファリノス。いくら脆弱な私とて、これだけ顔が近ければ、貴殿の鼻を噛みちぎるくらい、わっ、わけないんだ、ぞっ」
下り坂の凹凸が私を苛む!
「おっと。大丈夫ですか? 掴まって」
「ふざけるな! わわっ、私は、馬上のバランスくらい、自分で取れる……!」
「ハグしまーす」
「ひいぃっ!」
馬がいけないんだっ!
もっと蛇のように這ってくれれば、こんなに揺れる事もないはずなのにッ!!
「落っこちないように、しっかり掴まっててくださいねぇ~」
「く……っ、貴様!」
と悪態をつきながら、この男にしがみつくしかない。
嗚呼。
脆弱な肉体よ……!
──坂道を生き延びろ!
ぎゅうぅぅぅぅぅ。
「……っ」
「もう少しですよ。お嬢が落ち着いたら、山賊の話をしてあげますからね」
「……!」
「……へへっ」
「!?」
笑った!?
ファリノス。
おいファリノス、なにをヘラヘラ笑っている!?
こっちは必死で生きてるんだぞ!
駆ける馬の背という試練を!
「かっわいいなぁ……」
「……っ」
そうやって目尻を下げて私を見下ろし微笑んで!
貴様も他の男たちと同じじゃないか!
兄の信頼を裏切り私を恥ずかしめた罪、必ずや晴らして見せる……!!
大地よ!
どうか私の足の裏に力を!!
「あらよっと」
「ひんっ」
馬が、跳んだ。
「……」
し、しし、死ぬかと思った。
「……っ」
危なかった。
もう、道が、平らだ。
試練は……過ぎ去った……!
「んで、あの山小屋の山賊ですけどね」
「貴様など山賊にやられてしまえばよかったのに!」
「それは無理ですね。俺が一掃しておきましたから」
「え?」
なぬ?
「ならず者ですから、サクッと始末しておきました」
「……」
や、やるじゃないか。
いいや!
王宮騎士たるもの、そのくらい当然!
見直した。
というか、その場面を見たかった。
「取っておいてくださればよかったものを。そうすれば貴殿が傍若無人のならず者たちを打ち負かす様がこの目で確認できた」
「え? それは勿体ない事したなぁ~。お嬢が喜んでくれるなら山賊だろうと狼だろうとドラゴンだろうと目の前で八つ裂きにしてやりますよ」
きゅん。
「!?」
「お嬢?」
いっ、今の熱々な不整脈は……!?
「……」
「どうしました? お嬢?」
「……」
「まさか、座ってるだけなのに馬上がちょっと揺れがちなだけで骨折……!?」
「違う!」
名誉にかけて、違う。
そうではない。
「そこまで脆弱ではない!」
「どうしました? お嬢、顔が真っ赤ですよ?」
「ううう煩い!」
なんだが妙に熱い!
慣れない屈辱的な守られ旅で、私はもうどうにかなってしまいそうだ!!
「坂道が恐いなんて……この先、刺客が襲って来て戦闘になったらこんなもんじゃ済まないのに……守り甲斐があるお嬢だ!!」
「ひんっ!?」
こっ、興奮している!?
王宮騎士ファリノスの目が爛々としている!?
きゅん。
「!?」
兄上。
刺客はこいつではないかな?
「……」
困惑。動悸息切れ。発熱。
……毒?
「いっそ、その剣で殺してくれ……」
「え? 俺の剣でなんですって? 持ってみたい?」
え?
「……いいのか?」
「いいですよ。怪我しないように、俺がちゃんと見ていてあげますから」
兄上、ありがとう!!
兄上が見込んだこの王宮騎士はいい奴です!!
「そっ、それは心から感謝する。兄上が私に剣を触らせてくれなくなってからもう長い年月が過ぎた」
「最後に剣を握ったのはいつです?」
それを聞かれると、羞恥に悶えるしかない。
「……7才の時、ダガーを握り損ねて落とし、足の指を切った」
「あぁ」
「あわや失うところだったが、幸い、爪が欠ける程度の事で、ほっ、本来なら私から剣を取り上げるのではなく、そんな私でも扱えるよう訓練を厳しくするべきだったと、今でも私は根に持っている!」
「ドジっ子かぁ……いいなぁ……」
「貴様……なぜニヤついている!?」
ぎゅっ、と。
ファリノスが、片手で、私を、明確に抱いた。
「────」
時が、止まったようだった。
「イルダ嬢。俺の剣は重いけど、一緒に握って何かを切らせてあげますからね」
「……」
「そのあとで、じっくり、ダガーくらい握れるようにしてあげます」
「……訓練、してくれるのか……?」
「はい」
すりすり。
私の脳天に、頬ずりをするファリノス。
本来なら殺してやりたいほど無礼であるにも関わらず、訓練を餌にされると、懐柔されてもいいかなと考えてしまう。
く……脆弱なのは、この肉体だけでなく、心も……!
「どんなにどんくさくても、時間はたっぷりありますから」
「たっぷり? 逃亡なのに?」
直後、ファリノスは信じられない事を言ってのけた。
「今夜はって意味ですよ。今夜、あの山小屋に泊まるので」
「────」
「大丈夫ですよ。任務はわかっていましたから、山賊を片付けたあと、小屋の中もしっかり片付けておきましたからね♪」
「……ファリノス……」
「お嬢、寛いでくださいっ!」
貴様、何を笑っている?
そんなに太陽を弾く前歯は初めて見たぞ。
「ん? どうしたんですか、お嬢? 人類を滅ぼす直前の女神みたいな恐い顔して。いや、綺麗ですけど」
あの小さな山小屋に、男と二人で、泊まるだと?
そこまでしなければならないほど、ジェスオーンの狼どもは手強いとでも言うのだろうか。
「貴殿と私が同衾?」
いやだ。
「嫌ですか?」
この顔を見てわからないか?
ファリノスよ。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(5件)
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クールビューティな美貌の女騎士って最高だな··········結婚してください(土下座( ┌ ε°。)┐)
と思ったら貧弱wwwwww
お母さまに(`・-・´)/彡☆))Д´) ピシッピシッとされながら気持ちよくなってるの面白すぎてもうダメだった𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔𐤔
貧弱かつ美しい体の脆弱さを指摘されながらピシッピシされて気持ちよくなってるのほんと好き(*´ω`*)
家族の心配はごもっともだけど、主人公のプライドと願望も出来るだけ尊重してほしいので、この出会いで明るい方向に向かえば良いなぁ〜
あましょく様
コメントありがとうございます♡
そうなのです、このヒロイン、貧弱なのです( ´艸`)
そんな子でもよかったら、ぜひ結婚してあげてください☆彡
このプライドをへし折ったら悲しい結末になる事然りなので、その辺りを前向きに応援して頂けてとても嬉しいです!
良い出会いになると…私も信じてます!
誤字報告ありがとうございました!
似た言葉で勘違いしていたので、改めて勉強になりました。
感謝です!
また表示の件に御配慮いただきまして、重ねて感謝申し上げます。
二人の恋の行く末を、のんびりお楽しみ頂けましたら幸いです。
ファリノス笑える。(w
こんなのりなのに、剣を握らせたら右に出る者がいなさそう。
それ以前に出自が。クールビューティーにロイヤルワンコいい組み合わせですね。(^ー^)v
Kimy様
コメントありがとうございます♡
まだただの笑える人なのですが、ロイヤルワンコを発揮していくと思うので、ぜひその辺りをニマニマとお楽しみ頂けましたら幸いです(〃´∪`〃)