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何事も無かったよう
しおりを挟む翌日、体の様子を気遣ってくれるネイサン。
学院に休みの連絡を入れ、一度もベッドから出してくれなかった。
確かに、お股は痛い。何か挟まったような変な感覚がする。
痣は見えないところとは言え、無数にある。……虐待みたいだ。
でも勲章みたいなものだしね!
ネイサンにされたことだと思うと、バクバク心臓の鼓動が止まらない。
ただ、ネイサンの態度は今までと変わらなかった。
あわよくば、甘い言葉を囁いてくれるんじゃないかなーとか、スキンシップが増えるんじゃないかなーとか、ちょっと期待していたのに……。
流し目や上目遣いを駆使したところで、あくまでも執事。
せめて、前のネイサンに戻ってくれてもいいのに。
さらに次の日からは私も学校だし、やはり何も関係は変わらなかった。
なんていうか、こちらからハロウィンの夜のことは匂わせづらい。さすがに生々しくて恥ずかしいもん。
男女の仲って難しいわね、みんなどうやって進展させているのかしら?
なんて首を傾げつつ、数日が過ぎた頃のことだ。
ネイサンが辞表を出してきた。
私は何が起こったか分からず、石になってしまう。
「旦那様に速達をお出ししておりますが、あちらはそろそろ雪が積もる時期でしょう。到着は遅くなると思います」
ネイサンは、その時ちょうど訪ねてきた老夫婦をホールに迎え、私に紹介する。
「私の代わりに住み込みで働いてくれる、オスギー夫妻です」
あれ、柔道の師範じゃない!?
「春までの短期契約ですので、知り合いに頼みました。ケイン・オスギー師範のことは、お嬢様も覚えておいででしょう」
……確かに知ってるけど。
「彼はバトラー&コンシェルジュアカデミーの講師でしたから、執事の仕事はお手の物です。護衛も任せられます。オスギー夫人も家政婦の経験がございますので、ケイン師範をサポートできるでしょう」
二人は恭しく一礼した。
「隠居して道楽で道場を開いていたのに、急に現役に戻れとか言われて驚きました」
「やあね、あなた。もう年だし、実技は若い指導者に任せなさい。骨でも折ったら大変」
私は二人のことなんて、どうでもよかった。
「どういうこと?」
理解できない。
「大変急で申し訳ございません。本日をもって、こちらの執事を辞めさせていただきます」
食い入るようにネイサンを見上げる。
「卒業までの契約じゃない」
「事情が変わりました」
糸目からは表情が読めない。
「許さないわよ、そんな勝手なこと」
動揺のあまり上擦った声の私を見て、ケイン師範が階段の下を指差す。
「あー、ちょっとほかの使用人にご挨拶に。厨房かな?」
私はそそくさと地下に向かう夫妻の背中を睨みつけた。うちはネイサン以外の執事は要らないわよ!
「ネイサン、どういうこと!」
「ですから、師範なら護衛も務まりますし、夫人の補助があれば、お嬢様が学院に行っている間は道場の方へも通えるので──」
「そんなこと聞いてないわ!」
ネイサンが口を閉じた。
「なんなの? なんで辞めちゃうの? 私はずっと居なさいって命じたじゃない」
「お嬢様」
私は混乱した頭で記憶を探る。
「私が、ネイサンを好きだって言ったから?」
ネイサンの口元に微笑が浮かぶ。そこに肯定の色を見て、私は後ずさった。
やっぱり……。
「あ、あれは雰囲気に呑まれてよ、あなたなんて好きじゃないわ」
ネイサンは名状しがたい表情のまま息をつく。
「いいえ。お嬢様は、私のことが好きなのでございますよ」
「好きじゃないもん!」
「嘘が下手でございますね」
私の濡れたほっぺを指で拭うと、諭すように言う。
「公私混同はできません。お嬢様、後生ですから」
すっ、と彼は笑顔をひっこめた。
「もう私を解放してください」
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