異世界勘違い日和

秋山龍央

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SIDE:帝国騎士部隊隊長ヴァン・イホーク

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ヤマトの飲み物に盛られた物は、やはりというべきか、媚薬に類する薬であるようだった。

女を使い、色仕掛けでヤマトの口を割らせるつもりだったのだろう。あの店は二階が宿泊施設を兼ねているが、ただの宿泊施設ではない。店の中でいいと思う女がいて、店に交渉をすれば、その女を二階に連れ込めるようになっている、いわば公然の売春宿なのだ。
総隊長はヤマトが二階に女を連れ込むことを期待したに違いない。女相手にヤマトの口が軽くなれば目論見通りだし、そうでなくとも、自分のあてがった女をヤマトが気に入れば今度の糸口となる。
だが、その目論見はヤマトには全て見破られていた、というわけだ。

(……で、目論見を看破したはずのヤマトがどうして、あの薬入りの酒を飲み干したのかっつーと……やっぱり、俺に気を遣ったんだろうなァ)

先ほど、本人には否定されてしまったが、十中八九そうに違いない。あそこでヤマトがあの酒を飲み干していなければ、総隊長は俺がヤマトに何らかの忠告をしたのだと思っただろう。だが、酒を飲み干して総隊長の目論見に乗るわけにもいかない。

あの刹那の合間に、ヤマトが咄嗟にとった判断と行動は、総隊長どころか俺も予想し得ないものだった。

酒を飲み干した後に、総隊長と実行犯の女へ「知っている」と暗黙の内に告げる。
総隊長も実行犯の女も、まさかヤマトが、薬が入った酒をそうと知って飲み干したとは思わなかったのだろう。とっさのことに取り繕うこともできず、顔を青くさせるばかりなのは、いっそ滑稽なほどだった。
一発の攻撃で、今度の総隊長の動きを完全に封じ込めてみせたのだ。その判断力は見事という他ないが……それにしても無茶がすぎる。
だが、ヤマトが自分の身を犠牲にしてでもそのような行動をとったのは、俺と総隊長の立場上の関係、そして俺の面子を思いやってくれたすえの行動なのだろう。だから、俺ももはやこれ以上、無粋な追求はできなかった。

(……しかし、一体どういう男なんだかな、こいつは)

年齢は俺の部下よりも一回りも若いぐらいだっつうのに、判断力や行動力の素早さは、熟練の騎士そのもの。
そのくせ、マニュアル部隊の戦闘騎士乗りである俺を見下すようなことも、卑下するようなこともない。オートマタ乗りとは思えないほどの謙虚さがあるのに、自分を犠牲にするような真似をいとわない。

「――ヤマト。水、飲むか?」
「ああ……すまない、もらえるか?」

俺は机の上に置かれた水差しから、木製のコップに水を注ぎ、ヤマトに手渡した。俺も同じようにして、コップに水を注いで口をつける。そのまま水を飲むふりをして、横目でちらりとヤマトを窺った。

「ん……」

水を嚥下するため、ごくりとかすかに動いた白い首筋がやけに艶めかしい。
ヤマトは今は上着を脱ぎ、仕立ての良さそうなシャツとズボンだけの姿となっていたが、その襟から覗く身体の輪郭のやわらかさに、どことなく、大人になりきれていない少年の瑞々しさが残っている。

(っ……あまり見てると目に毒だな、これは)

水気を拭うためなのか、ぺろりと唇を舌先で舐めるヤマト。

……これ、本当に本人は誘ってるつもりじゃないんだよな?
無自覚なんだよな?

無自覚で天然でこういうことをやってるんだとしたら、それはそれで頭を抱えたくなるが。
戦闘騎士乗りは仲間内で命を預け合う間柄のせいか、他の職種よりも同性愛者……男同士の恋人が多い。それはうちの部隊でもそうだ。そんな中でこんな風に男を誘うような仕草ばかりしていたら、中には「自分に気があるのでは」と勘違いする奴らも出てくるだろう。

かく言う自分も、かつては性によらず恋人を作っていた。生憎、どうにも心から燃え立つような思いを抱いたことは一度もなかったが。
恐らく、自分は人の心の機微に疎い人間なのだろうと思っている。セックスだって、今までに何度も行ってきたものの、ただの性欲発散と快楽を得る手段としての行為としか認識できず、愛情の交換なんてものは今までに一度もなし得なかった。

……そんな性に淡白な自分でさえ、今のヤマトを見ていると、組み敷きたい、あの冷静な顔がどんな風に快楽に喘ぐのかが見てみたい――と思うのだ。常人ならなおさらだろう。

「ヤマト、身体の調子はどうだ?」
「っ、ん……だんだん、身体の熱があがってきてる感じだな……」
「そうか。症状の現れの早さからして、速攻性だから持続力はないだろう。辛いだろうが、しばらく耐えてくれ」
「わかった……」

俺たちがいるのは、先ほど総隊長に連れて行かれた店から、数軒離れた宿屋だった。
ここは夜の店を兼ねた宿屋ではない。一階が酒場で二階から三階が宿になっている、本来の意味としての宿屋だ。元の店からそれほど遠くはない店であったが、総隊長がここの従業員まで金で抱き込んでいるということはさすがにないだろう。それに、俺は一刻も早く、ヤマトを楽にさせてやりたかった。

俺はこの宿屋の内、空いていた三階の角部屋を借り、ヤマトと共にこの部屋へと入った。他の部屋よりも値のはる部屋なだけあって、酒場の騒ぎ声や、街の喧騒もはるか遠くに聞こえる。
部屋の中は広々としており、キングサイズのベッドが壁際に一つ置かれ、テーブルと長椅子が部屋の中央に置かれていた。俺はその長椅子に座り、ヤマトはベッドに腰を下ろしている。ヤマトは平静を装っているものの、だんだんと息が荒くなっているのが傍目に分かった。

「……もしも辛いなら、その……」

女を手配してやろうか、と言おうとしたものの、俺は思い直して口をつぐんだ。
それを言ったら、俺も総隊長と同列の輩だとヤマトに思われるのではないか。だが、すぐにそんなことを恐れている暇はないと思い直す。俺のせいで、今、ヤマトは追い込まれているのだ。

俺はソファから立ち上がり、部屋から出ようとした。そして、部屋のドアノブに手をかけようとした時だった。

「……っ、ヤマト?」
「……ヴァン……」

俺を引き止めたのは、当のヤマトだった。背後から俺の服を掴むようにして、ヤマトがいつの間にか俺の後ろに立っていた。
まるで迷い子がすがるような仕草に、俺の中で抑えつけていた情欲が再びざわざわと蠢きだしたのが分かった。

「っ……行かないでくれ、ヴァン」

ヤマトがそう言って俺を見上げる。
その潤んだ漆黒の瞳と視線があった瞬間、もう駄目だった。

「っ、ヤマト……!」

俺はヤマトを抱き寄せ、その唇に噛み付くように口づけたのだった――。
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