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40.王墓の夢
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王墓の重く垂れこめた灰色の雲を見上げ、イーゼンが肩を震わせた。
「あれが黒くなったら封印が解ける予兆ということか?」
「そうよ」
きっぱりと答え、先頭を歩く少女が振り返った。
その傍らにはイーゼンの親友、ルドガーがしっかり寄り添っている。
「ウヴィアヌ国の呪術師も呪いが自分の国に向くとは思いもしなかったのよ。この国への復讐心だけで動いたと思うのだけど、百年も経てばその形は変わってしまう」
三人は坂の上にそそり立つ王墓の門の前に立ち、その不気味な黒い壁を見回した。
ルドガーが最初に門をくぐり、ソフィの手を引いた。
後ろをイーゼンが追いかけた。
「最初の王墓の守り人は完全に呪いをここに留めておけると確信していたけれど、それは百年後も一族が強い霊力を引き継いでいけると思ったからよ」
「この墓の中の三本の指を取り除けば、王墓の呪いも消え、君の故郷ではびこっている呪いの病も消えるのだな?」
「そうよ」
ルドガーの問いにソフィは断言し、分厚い石の扉に触れた。
「どうやって入る?」
少し力を入れて扉を押したルドガーが、これはだめだと両手を開いて見せた。
イーゼンが懐から紙をとりだした。
「そんなことだろうと思って、王墓の構造は調べてきている。
少しここを離れるが、壁の裏に回り込み、その下から穴を掘ろう。ほら、お前の拾ってきたあの、得体の知れない黒い犬がいただろう?」
ルドガーは苦笑し、両手を筒にして口にあてた。
「パール!」
どこからともなく現れた巨大な黒い犬の喉を、子犬にするようにルドガーがくすぐってやる。
その様子をソフィが強張った顔で見つめている。
イーゼンは完全に腰が引けた様子で、露骨に体を震わせた。
「これが子犬に見えると言うのだから、本当に頼もしい男だよ」
イーゼンの言葉に、ソフィもくすりと笑う。
その愛らしい微笑みに二人の男が熱い眼差しを向ける。
「北の山岳民族は複数の妻や夫を持つと聞く」
唐突なイーゼンの言葉に、穴を掘る場所を探し始めたルドガーが怒った顔で振り返る。
「俺は山岳民族ではないからな」
「なるほど。妻のために俺を捨てるわけだ。冷たい友だな」
言葉に詰まったルドガーが、真剣な顔つきでソフィを振り返る。
「ソフィ、俺とイーゼン、選べるか?」
目を丸くしたソフィの顔が真っ赤になる。
「そ、そんな……。だって二人とも私を信じてくれた初めての人なのに、それだけでもうれしくて、有難いと思うのに……」
「そんなこと思う必要はない。俺は、君を一人の女性として好ましく思っている」
歯の浮くような台詞を堂々と口にしたルドガーに、イーゼンが苦笑する。
「俺は……お前との友情が何よりも大切だ。だから、お前が嫌なら俺は身を引く。数年は距離を置き、気持ちが落ち着くのを待つさ」
「それは困る!」
両想いの男達は険しい顔でにらみ合う。
「あの……それより、呪術師の指を探したいのだけど?」
ソフィが、我慢できずに口を挟んだ。
ルドガーが当然のようにソフィを抱き寄せるが、イーゼンがソフィの腕を取り戻し、ルドガーの手にシャベルを押し付けた。
「その端からだ。俺が指示するから、パールと掘り始めろ」
ソフィを巡る戦いの決着がつかないまま作業が始まった。
ルドガーが少し掘ったところを、パールが強引に土をかきだし穴を広げていく。
そのうち、巨大な岩盤が現れた。
「この向こうよ」
いつの間にか薄暗い王墓の地に深い闇が迫っていた。
ランタンをぶら下げ、さらに篝火を焚く。
三人の他に人気はなく、ソフィの後ろに亡霊たちが立ち並ぶ。
「まだ時期ではないから、古の騎士達が働いてくれるかわからない」
不安そうなソフィの言葉に、ルドガーとイーゼンも、覚悟を確かめるように視線を合わせた。
「パールが悪霊を食べられるのだろう?」
念を押すイーゼンに、ソフィは頷いた。
パールが穴を開いていく。
大きな音を立てて、岩盤が内側に倒れ込んだ。
かび臭い空気と共に、恐ろしい形相の悪霊が飛び出した。
「ぎゃああああああっ!!!」
突然あがった絶叫は、イーゼンのものでも、ルドガーのものでもなかった。
飛び起きた赤毛の少年は、真っ青な空を見上げ、すぐに両手と両足があるかどうか確かめた。
「情けないわね。今、一番良いところだったのに」
隣に寝そべっていた金髪の少女が欠伸をしながら上体を起こす。
「あ、あれは?今、見たものは百年前の実際の出来事か?」
「違うわ。あれは、この王墓の地が見ている夢よ。だから実際の話とは少し違う。でも登場人物は本物よ。ソフィはそこにある王立霊力使い養成学校の初代校長先生で、二人の騎士は彼女の夫。
この三人がお気に入りらしくて、この王墓の地は彼らの物語を作り上げて夢を見るの。私たちはそれを覗き見る。
実際の話も見ることができるわ。王墓の守り人と、古の英雄騎士の悲恋の物語とかね。
あなたも、学校に通えばすぐに自分で見られるようになる」
少年は嫌そうな顔をした。
「僕は……こんなところに来たくはなかった。村の神官が勝手に決めて、無理矢理ここに連れてこられたんだ」
「そうでしょうね。だって、今の夢が鮮明に見えたということは、霊力がかなりあるということだもの。夢一つみないでここで昼寝が出来る人もいるのよ?今夢の中で見たルドガーは夢をみない夫だったと聞くわ。でも、力があるなら使い方を学んだ方が良い」
少女は立ち上がると、スカートについた草を払いのけ、少年に手を差しだした。
その手をとり、少年も立ち上がる。
「君もあそこの生徒?」
そこから見える学校を指でさす。
「私は先生」
驚いた少年に、少女は明るい笑顔を向けた。
「私はね、ここに捨てられたの。親が私のことを気味悪がったの。だから、私はずっと小さいころからここの生徒で、皆より早く先生になった。ただそれだけよ」
そんな過去があったのかと少年は気まずそうに目を伏せた。
少女に比べれば、少年は恵まれている。
不思議な力はあったし、幽霊も見えたが、村の人達はそんな少年を頼って相談に訪れることもあったし、村の自警団でも活躍していた。
普通の生活も十分送れていたし、力のせいで誰かに嫌われることもなかった。
「この地の呪いは消えたけど、呪術師という存在が公になってこの世界には危険が一つ増えた。でもそれを阻止する力も同時に育てなければならないものよ。初代校長のソフィはこの世界の脅威に立ち向かうため、この地で出来ることをしたの。その時代、霊能者は自由に外に出られなかった。でも、諦めずに二人の夫に支えられ、国の平和に貢献できることを証明した。誰もが自分らしく生きられる場所を作るために」
少女はにっこり笑い、道を下り始める。
途中で足を止め、少年を振り返るとまた手を差し出した。
「一緒に強くならない?剣も使えるのでしょう?戦える霊能者なんて最強じゃない」
自分らしく生きられる場所という言葉に、少年は惹かれた。
もし自分が他の村に生まれていたら、気味悪がられ、捨てられていたかもしれない。
力を隠し、背中を丸め、見て見ぬふりをしながら周囲の顔色ばかり窺っていたかもしれない。
ここがなければ、少女はこんなにも生き生きと、魅力的に笑えなかったかもしれない。
草も生えないほど固く踏みしめられた坂の小道をくだり、少年は少女を追いかけた。
「ここに通ったら、君と付き合えるかな?」
「私に決めていいの?この学校、男性より女性が多いの。もっとたくさん見てから決めたら?」
少女の甘い声の響きに、鼻の下を伸ばしながら、少年は少女に並び、手を繋いで歩きだす。
爽やかな風が吹き抜け、濃い緑の草がざわりと揺れた。
真っ青な空が視界の半分以上を占めており、さらに斜面の下にある立派な学校も空の色に混ざり込むような青色だ。
開放感のある広々とした大地を前に、少年は大きく伸びあがった。
「確かに、良いところだな」
「でしょう?」
そんな二人の頭上に大きな影がかかった。
はっとして少年が足を止める。
にっこり微笑んだ少女が、右を指さした。
地面から巨大な影が伸び、それは大きな犬の姿に変わった。
「パールだ!」
さっき夢にみた魔犬の名前を少年は覚えていた。
黒い犬は、ふわりと二本の尻尾をふるわせ、王墓の方へ駆けあがっていく。
「あれも夢?」
犬はあっという間に見えなくなり、少年は少女を振り返る。
「あれも夢」
それは少年にとって、新鮮な驚きだった。
「同じ物を見られる人がいるなんて思いもしなかったな……」
「仲間がいるなんて、ちょっとうれしくない?」
それは確かにそうだった。
恵まれた環境ではあったが、自分にしか見えないものがあるのだと気づくまで、少年も生きづらさを感じていた。
そんな子供たちに寄りそうことが出来るとすれば、それは素敵なことだ。
「何年ぐらい学べば君みたいに先生になれる?」
まだ入学前なのに、野心を覗かせる少年に少女が楽しそうに笑った。
「努力次第よ。私が教えてあげる。さあ、行きましょう!」
突然少女が手を振り払って走り出す。その後ろを少年も追いかけた。
元気いっぱいの二人の背中を、斜面の少し上から、ソフィと二人の騎士が見送っている。
しかしそれは実際の彼らの霊魂ではない。
彼らの魂はこの地に縛られることなく天上にあがり、王墓の地にはその記憶だけが刻まれている。
すぐに三人の姿は吹き込んだ風と共に消え、今度は呪いを封じたばかりの大昔の王墓の光景が現れた。
まだ花の咲いていた時代、美しい女性がそこに座り、一人の騎士をはべらせている。
「ローレンス……私と一緒にいてくれる?」
「永遠に……」
銀髪の騎士が女性の手をとり、唇を当てる。
風に吹き上げられた色鮮やかな花弁が二人の上に降り注ぐ。
見つめ合う二人の姿もまた一瞬で消え去った。
王墓は次の物語を考えているかのように静かになり、死者の霊魂さえない王墓の丘には、風に揺れる草だけが残された。
「あれが黒くなったら封印が解ける予兆ということか?」
「そうよ」
きっぱりと答え、先頭を歩く少女が振り返った。
その傍らにはイーゼンの親友、ルドガーがしっかり寄り添っている。
「ウヴィアヌ国の呪術師も呪いが自分の国に向くとは思いもしなかったのよ。この国への復讐心だけで動いたと思うのだけど、百年も経てばその形は変わってしまう」
三人は坂の上にそそり立つ王墓の門の前に立ち、その不気味な黒い壁を見回した。
ルドガーが最初に門をくぐり、ソフィの手を引いた。
後ろをイーゼンが追いかけた。
「最初の王墓の守り人は完全に呪いをここに留めておけると確信していたけれど、それは百年後も一族が強い霊力を引き継いでいけると思ったからよ」
「この墓の中の三本の指を取り除けば、王墓の呪いも消え、君の故郷ではびこっている呪いの病も消えるのだな?」
「そうよ」
ルドガーの問いにソフィは断言し、分厚い石の扉に触れた。
「どうやって入る?」
少し力を入れて扉を押したルドガーが、これはだめだと両手を開いて見せた。
イーゼンが懐から紙をとりだした。
「そんなことだろうと思って、王墓の構造は調べてきている。
少しここを離れるが、壁の裏に回り込み、その下から穴を掘ろう。ほら、お前の拾ってきたあの、得体の知れない黒い犬がいただろう?」
ルドガーは苦笑し、両手を筒にして口にあてた。
「パール!」
どこからともなく現れた巨大な黒い犬の喉を、子犬にするようにルドガーがくすぐってやる。
その様子をソフィが強張った顔で見つめている。
イーゼンは完全に腰が引けた様子で、露骨に体を震わせた。
「これが子犬に見えると言うのだから、本当に頼もしい男だよ」
イーゼンの言葉に、ソフィもくすりと笑う。
その愛らしい微笑みに二人の男が熱い眼差しを向ける。
「北の山岳民族は複数の妻や夫を持つと聞く」
唐突なイーゼンの言葉に、穴を掘る場所を探し始めたルドガーが怒った顔で振り返る。
「俺は山岳民族ではないからな」
「なるほど。妻のために俺を捨てるわけだ。冷たい友だな」
言葉に詰まったルドガーが、真剣な顔つきでソフィを振り返る。
「ソフィ、俺とイーゼン、選べるか?」
目を丸くしたソフィの顔が真っ赤になる。
「そ、そんな……。だって二人とも私を信じてくれた初めての人なのに、それだけでもうれしくて、有難いと思うのに……」
「そんなこと思う必要はない。俺は、君を一人の女性として好ましく思っている」
歯の浮くような台詞を堂々と口にしたルドガーに、イーゼンが苦笑する。
「俺は……お前との友情が何よりも大切だ。だから、お前が嫌なら俺は身を引く。数年は距離を置き、気持ちが落ち着くのを待つさ」
「それは困る!」
両想いの男達は険しい顔でにらみ合う。
「あの……それより、呪術師の指を探したいのだけど?」
ソフィが、我慢できずに口を挟んだ。
ルドガーが当然のようにソフィを抱き寄せるが、イーゼンがソフィの腕を取り戻し、ルドガーの手にシャベルを押し付けた。
「その端からだ。俺が指示するから、パールと掘り始めろ」
ソフィを巡る戦いの決着がつかないまま作業が始まった。
ルドガーが少し掘ったところを、パールが強引に土をかきだし穴を広げていく。
そのうち、巨大な岩盤が現れた。
「この向こうよ」
いつの間にか薄暗い王墓の地に深い闇が迫っていた。
ランタンをぶら下げ、さらに篝火を焚く。
三人の他に人気はなく、ソフィの後ろに亡霊たちが立ち並ぶ。
「まだ時期ではないから、古の騎士達が働いてくれるかわからない」
不安そうなソフィの言葉に、ルドガーとイーゼンも、覚悟を確かめるように視線を合わせた。
「パールが悪霊を食べられるのだろう?」
念を押すイーゼンに、ソフィは頷いた。
パールが穴を開いていく。
大きな音を立てて、岩盤が内側に倒れ込んだ。
かび臭い空気と共に、恐ろしい形相の悪霊が飛び出した。
「ぎゃああああああっ!!!」
突然あがった絶叫は、イーゼンのものでも、ルドガーのものでもなかった。
飛び起きた赤毛の少年は、真っ青な空を見上げ、すぐに両手と両足があるかどうか確かめた。
「情けないわね。今、一番良いところだったのに」
隣に寝そべっていた金髪の少女が欠伸をしながら上体を起こす。
「あ、あれは?今、見たものは百年前の実際の出来事か?」
「違うわ。あれは、この王墓の地が見ている夢よ。だから実際の話とは少し違う。でも登場人物は本物よ。ソフィはそこにある王立霊力使い養成学校の初代校長先生で、二人の騎士は彼女の夫。
この三人がお気に入りらしくて、この王墓の地は彼らの物語を作り上げて夢を見るの。私たちはそれを覗き見る。
実際の話も見ることができるわ。王墓の守り人と、古の英雄騎士の悲恋の物語とかね。
あなたも、学校に通えばすぐに自分で見られるようになる」
少年は嫌そうな顔をした。
「僕は……こんなところに来たくはなかった。村の神官が勝手に決めて、無理矢理ここに連れてこられたんだ」
「そうでしょうね。だって、今の夢が鮮明に見えたということは、霊力がかなりあるということだもの。夢一つみないでここで昼寝が出来る人もいるのよ?今夢の中で見たルドガーは夢をみない夫だったと聞くわ。でも、力があるなら使い方を学んだ方が良い」
少女は立ち上がると、スカートについた草を払いのけ、少年に手を差しだした。
その手をとり、少年も立ち上がる。
「君もあそこの生徒?」
そこから見える学校を指でさす。
「私は先生」
驚いた少年に、少女は明るい笑顔を向けた。
「私はね、ここに捨てられたの。親が私のことを気味悪がったの。だから、私はずっと小さいころからここの生徒で、皆より早く先生になった。ただそれだけよ」
そんな過去があったのかと少年は気まずそうに目を伏せた。
少女に比べれば、少年は恵まれている。
不思議な力はあったし、幽霊も見えたが、村の人達はそんな少年を頼って相談に訪れることもあったし、村の自警団でも活躍していた。
普通の生活も十分送れていたし、力のせいで誰かに嫌われることもなかった。
「この地の呪いは消えたけど、呪術師という存在が公になってこの世界には危険が一つ増えた。でもそれを阻止する力も同時に育てなければならないものよ。初代校長のソフィはこの世界の脅威に立ち向かうため、この地で出来ることをしたの。その時代、霊能者は自由に外に出られなかった。でも、諦めずに二人の夫に支えられ、国の平和に貢献できることを証明した。誰もが自分らしく生きられる場所を作るために」
少女はにっこり笑い、道を下り始める。
途中で足を止め、少年を振り返るとまた手を差し出した。
「一緒に強くならない?剣も使えるのでしょう?戦える霊能者なんて最強じゃない」
自分らしく生きられる場所という言葉に、少年は惹かれた。
もし自分が他の村に生まれていたら、気味悪がられ、捨てられていたかもしれない。
力を隠し、背中を丸め、見て見ぬふりをしながら周囲の顔色ばかり窺っていたかもしれない。
ここがなければ、少女はこんなにも生き生きと、魅力的に笑えなかったかもしれない。
草も生えないほど固く踏みしめられた坂の小道をくだり、少年は少女を追いかけた。
「ここに通ったら、君と付き合えるかな?」
「私に決めていいの?この学校、男性より女性が多いの。もっとたくさん見てから決めたら?」
少女の甘い声の響きに、鼻の下を伸ばしながら、少年は少女に並び、手を繋いで歩きだす。
爽やかな風が吹き抜け、濃い緑の草がざわりと揺れた。
真っ青な空が視界の半分以上を占めており、さらに斜面の下にある立派な学校も空の色に混ざり込むような青色だ。
開放感のある広々とした大地を前に、少年は大きく伸びあがった。
「確かに、良いところだな」
「でしょう?」
そんな二人の頭上に大きな影がかかった。
はっとして少年が足を止める。
にっこり微笑んだ少女が、右を指さした。
地面から巨大な影が伸び、それは大きな犬の姿に変わった。
「パールだ!」
さっき夢にみた魔犬の名前を少年は覚えていた。
黒い犬は、ふわりと二本の尻尾をふるわせ、王墓の方へ駆けあがっていく。
「あれも夢?」
犬はあっという間に見えなくなり、少年は少女を振り返る。
「あれも夢」
それは少年にとって、新鮮な驚きだった。
「同じ物を見られる人がいるなんて思いもしなかったな……」
「仲間がいるなんて、ちょっとうれしくない?」
それは確かにそうだった。
恵まれた環境ではあったが、自分にしか見えないものがあるのだと気づくまで、少年も生きづらさを感じていた。
そんな子供たちに寄りそうことが出来るとすれば、それは素敵なことだ。
「何年ぐらい学べば君みたいに先生になれる?」
まだ入学前なのに、野心を覗かせる少年に少女が楽しそうに笑った。
「努力次第よ。私が教えてあげる。さあ、行きましょう!」
突然少女が手を振り払って走り出す。その後ろを少年も追いかけた。
元気いっぱいの二人の背中を、斜面の少し上から、ソフィと二人の騎士が見送っている。
しかしそれは実際の彼らの霊魂ではない。
彼らの魂はこの地に縛られることなく天上にあがり、王墓の地にはその記憶だけが刻まれている。
すぐに三人の姿は吹き込んだ風と共に消え、今度は呪いを封じたばかりの大昔の王墓の光景が現れた。
まだ花の咲いていた時代、美しい女性がそこに座り、一人の騎士をはべらせている。
「ローレンス……私と一緒にいてくれる?」
「永遠に……」
銀髪の騎士が女性の手をとり、唇を当てる。
風に吹き上げられた色鮮やかな花弁が二人の上に降り注ぐ。
見つめ合う二人の姿もまた一瞬で消え去った。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとうございます。お疲れ様でした。
最後までルドガーの動向が右斜め上すぎて、面白かったです。
魔犬を子犬扱いする男…。
でも、ソフィのためなら自分の主義もなにもかも曲げてしまうところに深い愛を感じました。
作者さまの他作品もほとんど拝読いたしましたが、どのヒーローもヒロインに対する愛に溢れていると感じます。
狂暴で純粋な愛にあふれた男たちだなと。
ルドガーもそんな魅力的な愛情の持ち主だと感じました。
でも一番のお気に入りはパールでした。
とにかくかわいくて、最後には子どもまで産まれてびっくりしました。
雄犬も魔犬なのでしょうか?
なんとなくですが、地獄の番犬の中でもオルトロスとかそういう、禍々しくて近寄りたくない感じを想像していました。でもルドガーにとってはやんちゃで可愛い愛犬なんですよね。
パールの存在でルドガーの懐の広さがさらに実感できました。
連載本当にお疲れ様でした。
また新作を読めることを楽しみにしています。
感想ありがとうございます^^
パールの連れてきた雄犬は普通の白い犬です。
イーゼンが想いを叶えた夜に、パールも相手を探して旅立ち、いつの間にか子犬が五匹。という設定でした。夫が普通の白犬を見て驚くシーンもあったのですが、技量が足りず、本筋から離れすぎてしまったので、泣く泣くカットして、読者様の想像にゆだねる形になりました。魔犬のイメージは、可愛い要素の全くない、まさにそんな感じです。
ちなみにルドガーは、一緒にいてくれたらお化け屋敷内のトイレでも入れるぐらいの、圧倒的な頼もしさをイメージしました♪
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
退会済ユーザのコメントです
感想ありがとうございます^^
まさに、ハロウィンシーズンに向けて書き始めました!秋に間に合わなければ来年投稿になるところでした。そのシーン、私も好きです♪
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。
とても素敵な物語でした。
キャラ達みんな憎めない可愛い性格で、(ハッピーエンドタグはあったけれど)誰も不幸にならないでー、と思いながら読んでいました。
最後はみんなが幸せになって、本当に良かった!
ちょっとせつなく悲しいお話しだったり、ぷっと笑えるお話しもあったり、毎日楽しく読ませていただきました。
今は、終わってしまって少しさみしい気持ちです。
次回作も楽しみに待っています。
感想ありがとうございます^^
今回はひたすら明るく終われるように頑張りました。登場人物たちを応援して下さり、ありがとうございます!
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。