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第二章
37話
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お兄様から「澱み」についての説明が終わると、教室はひどく静まり返ってみんなの視線は下を向いていた。うまく処理しきれない話だったからかもしれない。彼の人生はきっとどこかで取り残してしまったことが沢山あったのだろうと思う。それがどうしてか他人事のようには思えなくて心に重くのしかかった。もしかしたら他のみんなもそうなのかも知れない。
「さて、それじゃあ次にこれまでに起きた事件について考えよう。最初に起きたのがラズリアさんの件だね」
お兄様が空気を入れ替えるように少し明るい声音でそう言うとラズリアさんの肩がピクリと動いた。
「これについては、そもそも時系列から整理する必要がありそうなのだけれど」
「…時系列というのは?」
メルルが首を傾げるとお兄様はそちらを向いて授業の時のように説明を始めた。
「これが『澱み』の仕業だということはおおよそ想像がついているけれど、問題は『澱み』がオルコックさんに取り憑いていたかどうかなんだ。そうじゃないならもしかしたらラズリアさんに憑いていた可能性もあるからね」
「なるほど……」
「そしてオルコックさんに聞いたところによれば、ラズリアさんの様子に変化が見られた時にはすでにオルコックさんの方に『澱み』は憑いていたらしい」
「え?」
リリーの方に視線を向けながら言うお兄様にラズリアさんは目を見開いてリリーに振り向いた。それを受けてリリーも真面目な表情で頷く。その様子を見てからお兄様は説明を続けた。
「つまり、ラズリアさんは憑かれていたわけではない。ならどうしてあのような事態になってしまったか……おそらくそれは目が原因だろうね」
「目、ですか?」
ラズリアさんが首を傾げるとルカルド様が補足するように言葉を足した。
「テレサ嬢、君には一つ美徳とも言える癖がある。それは人と話す時、必ず相手の方を、さらに言えば目をよく見て話すことだ。それもほぼ逸らさずにね。僕も体験したから分かるけど『澱み』に取り憑かれている人の目を見ると、見た人はその闇に飲まれそうになる。普通の人ならそれほどまでに目を合わせることもないから滅多にないけど君の場合はその癖が原因でそれが起きてしまったんだろうね」
「つまり私は闇に飲まれていた、と」
「ああ。詳しく言うならリリー嬢の心の闇にね。君の手紙に書かれていた『あの方』というのはリリー嬢だったと考えて間違いないだろうし。そしてリリー嬢の苦しみに共感して悲しみを抱いたまま、耐えきれなくなって飛び降りてしまいそうにまでなったんだろうね」
そこまでの説明が終わるとリリーは苦しそうに目を伏せた。ラズリアさんはまだうまく飲み込めていないのか難しい表情をしていた。そこでふと、カイ様が溢すように呟いた。
「ではテレサ嬢の記憶がなくなっていた、というのは……?」
「その闇の中に『澱み』の力の一部が混ざっていたという考察が一番有力かな?感情からできた存在ではあるけれど時を経るごとに人間のあらゆる部分に干渉することができるようになったみたいだから、記憶に関しても容易に操作できただろうし」
お兄様がそう説明するとカイ様は小さく「なるほど」と言って考え込むように顎に手を当てた。現実離れしているからすぐに受け入れる方が無理があるし当然の反応だ。それから少ししんとした空気が広がった。するとお兄様がパンッと軽く手を叩いた。全員の視線がそちらに注がれる。
「後の出来事は基本的に『澱み』がオルコックさんの体を支配して行ったことだ考えて間違いないだろう。そして『澱み』は消えた。まあつまり今までの騒動はこれでひとまず収束したとはっきりと言えるということだね。みんなお疲れ様。ここまでよく頑張ってくれたね!」
それまでの穏やかな表情から一転、輝くような笑顔でそう言うとお兄様は指を鳴らした。そしてそれを合図に教室のドアが開き、どうやら我が家の使用人だと思われる人たちが何故か続々と現れた。
「お兄様?!これは一体……?」
思わず聞くとお兄様はこちらを向いてウインクをするだけで特に何も言ってくださらない。他のみんなも私同様驚いて席を立っていた。その間に使用人たちが手際良くテーブルセットをし始め、どこに用意していたのか次々とお菓子やお茶が運ばれてくる。そして教室が簡易のお茶会会場となると彼らは何も言わずに帰っていった。
「これは私からのお礼だよ。協力してくれた君たちを少しでも労えたらと思ってね。選りすぐりのものを用意したからぜひ楽しんで。あ、他の生徒たちには内緒だからね」
それだけ言うとお兄様まで教室から出て行ってしまわれた。教室内に大きな「?」が浮かんでいるのが分かる。ルカルド様もこれに関しては聞いていなかったらしく、大人数の前では珍しく笑顔が剥がれていた。
「あー!このカップ!」
唐突にレオン様が綺麗にセットされたテーブルに近づいてお茶の入ったカップを手に取り、そして満面の笑みで声を上げた。
「フィリア様のお家のこのカップ!お花の柄が可愛らしくて僕大好きなんですよ!久々に見られたなぁ……」
レオン様がキラキラとした瞳で手に取るそれは我が家が特注で名のある職人の方に作ってもらったものだからラインホルト公爵邸にしかないものだ。確かに昔からレオン様はあれをたいそう気に入っていらっしゃったけれどまさかここまでとは……。私は思わず笑ってしまった。そこで何だか肩の力が抜けてふと周りを見るとみんなも同じだったらしい。当のレオン様は少しキョトンとしているけれど。
「……せっかく用意してもらったからな、いただくとするか」
ルーク様のその言葉を皮切りに私たちは用意されたお茶会を大いに楽しんだ。ちなみに私はルーク様のお隣に座ることができたけれどちゃんとお話をするのはまだ先だろうと考えていたこともあり、あまり話しかけることはできなかった。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
恋愛小説大賞で奨励賞、また投票の方では76位を頂きました!遅くなってしまいましたが本当にありがとうございます!!
「さて、それじゃあ次にこれまでに起きた事件について考えよう。最初に起きたのがラズリアさんの件だね」
お兄様が空気を入れ替えるように少し明るい声音でそう言うとラズリアさんの肩がピクリと動いた。
「これについては、そもそも時系列から整理する必要がありそうなのだけれど」
「…時系列というのは?」
メルルが首を傾げるとお兄様はそちらを向いて授業の時のように説明を始めた。
「これが『澱み』の仕業だということはおおよそ想像がついているけれど、問題は『澱み』がオルコックさんに取り憑いていたかどうかなんだ。そうじゃないならもしかしたらラズリアさんに憑いていた可能性もあるからね」
「なるほど……」
「そしてオルコックさんに聞いたところによれば、ラズリアさんの様子に変化が見られた時にはすでにオルコックさんの方に『澱み』は憑いていたらしい」
「え?」
リリーの方に視線を向けながら言うお兄様にラズリアさんは目を見開いてリリーに振り向いた。それを受けてリリーも真面目な表情で頷く。その様子を見てからお兄様は説明を続けた。
「つまり、ラズリアさんは憑かれていたわけではない。ならどうしてあのような事態になってしまったか……おそらくそれは目が原因だろうね」
「目、ですか?」
ラズリアさんが首を傾げるとルカルド様が補足するように言葉を足した。
「テレサ嬢、君には一つ美徳とも言える癖がある。それは人と話す時、必ず相手の方を、さらに言えば目をよく見て話すことだ。それもほぼ逸らさずにね。僕も体験したから分かるけど『澱み』に取り憑かれている人の目を見ると、見た人はその闇に飲まれそうになる。普通の人ならそれほどまでに目を合わせることもないから滅多にないけど君の場合はその癖が原因でそれが起きてしまったんだろうね」
「つまり私は闇に飲まれていた、と」
「ああ。詳しく言うならリリー嬢の心の闇にね。君の手紙に書かれていた『あの方』というのはリリー嬢だったと考えて間違いないだろうし。そしてリリー嬢の苦しみに共感して悲しみを抱いたまま、耐えきれなくなって飛び降りてしまいそうにまでなったんだろうね」
そこまでの説明が終わるとリリーは苦しそうに目を伏せた。ラズリアさんはまだうまく飲み込めていないのか難しい表情をしていた。そこでふと、カイ様が溢すように呟いた。
「ではテレサ嬢の記憶がなくなっていた、というのは……?」
「その闇の中に『澱み』の力の一部が混ざっていたという考察が一番有力かな?感情からできた存在ではあるけれど時を経るごとに人間のあらゆる部分に干渉することができるようになったみたいだから、記憶に関しても容易に操作できただろうし」
お兄様がそう説明するとカイ様は小さく「なるほど」と言って考え込むように顎に手を当てた。現実離れしているからすぐに受け入れる方が無理があるし当然の反応だ。それから少ししんとした空気が広がった。するとお兄様がパンッと軽く手を叩いた。全員の視線がそちらに注がれる。
「後の出来事は基本的に『澱み』がオルコックさんの体を支配して行ったことだ考えて間違いないだろう。そして『澱み』は消えた。まあつまり今までの騒動はこれでひとまず収束したとはっきりと言えるということだね。みんなお疲れ様。ここまでよく頑張ってくれたね!」
それまでの穏やかな表情から一転、輝くような笑顔でそう言うとお兄様は指を鳴らした。そしてそれを合図に教室のドアが開き、どうやら我が家の使用人だと思われる人たちが何故か続々と現れた。
「お兄様?!これは一体……?」
思わず聞くとお兄様はこちらを向いてウインクをするだけで特に何も言ってくださらない。他のみんなも私同様驚いて席を立っていた。その間に使用人たちが手際良くテーブルセットをし始め、どこに用意していたのか次々とお菓子やお茶が運ばれてくる。そして教室が簡易のお茶会会場となると彼らは何も言わずに帰っていった。
「これは私からのお礼だよ。協力してくれた君たちを少しでも労えたらと思ってね。選りすぐりのものを用意したからぜひ楽しんで。あ、他の生徒たちには内緒だからね」
それだけ言うとお兄様まで教室から出て行ってしまわれた。教室内に大きな「?」が浮かんでいるのが分かる。ルカルド様もこれに関しては聞いていなかったらしく、大人数の前では珍しく笑顔が剥がれていた。
「あー!このカップ!」
唐突にレオン様が綺麗にセットされたテーブルに近づいてお茶の入ったカップを手に取り、そして満面の笑みで声を上げた。
「フィリア様のお家のこのカップ!お花の柄が可愛らしくて僕大好きなんですよ!久々に見られたなぁ……」
レオン様がキラキラとした瞳で手に取るそれは我が家が特注で名のある職人の方に作ってもらったものだからラインホルト公爵邸にしかないものだ。確かに昔からレオン様はあれをたいそう気に入っていらっしゃったけれどまさかここまでとは……。私は思わず笑ってしまった。そこで何だか肩の力が抜けてふと周りを見るとみんなも同じだったらしい。当のレオン様は少しキョトンとしているけれど。
「……せっかく用意してもらったからな、いただくとするか」
ルーク様のその言葉を皮切りに私たちは用意されたお茶会を大いに楽しんだ。ちなみに私はルーク様のお隣に座ることができたけれどちゃんとお話をするのはまだ先だろうと考えていたこともあり、あまり話しかけることはできなかった。
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恋愛小説大賞で奨励賞、また投票の方では76位を頂きました!遅くなってしまいましたが本当にありがとうございます!!
応援ありがとうございます!
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