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第二話

竜血の乙女、暴君を穿つのこと13

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 デイビスたちの祖先は1500年ほど前、サクソン人との抗争に敗れてウェールズの山中に逃れたブリトン人の一派だと伝えられている。
 傷ついたまま冬の山中をさまよい、力尽きる寸前の彼らは自分たちと同じくサクソン人に打ち負かされ、住処を追われた黒竜と出会った。
 祖先たちは仲間の中で最も弱った者を贄として黒竜に与え、黒竜は対価として炎で彼らを温めた。
 これが、祖先と黒竜との最初の契約だった。
 以来、黒竜との契約を頼りにウェールズの荒涼たる山中で生きることを選んだ。
 下界の村から同じブリトン人を、時には海を渡ってサクソン人を攫って、黒竜に生贄として捧げた。
 黒竜は井戸を掘り、森を焼いて切り拓き、一つの集落が生きていける程度の恩恵を与えてくれた。
 実益を伴う信仰による、原始的な契約社会が成立していた。
 黒龍への信仰は、彼らにとっては当たり前な生活の一部だった。
 倫理的な良いも悪いもない。他の宗教との優劣など論ずる意味もない。
 そもそも。黒竜が人間以上の力を持っているとしても所詮は同じ敗北者なのだ。敗者が優位を語るなぞ滑稽で惨めなだけだ。
 そうして1500年間、竜に慎ましく人間を食わせて生活してきた。
 産業革命以降は農民が減ってしまったので都市部に、時には遠くロンドンまで人攫いに出かけることも増えた。人工の密集した都市での誘拐はさして難しくもなく、労働者が失踪した所で気に留める者もなく、却って容易でさえあった。
 ヨーロッパ全土を巻き込むような大きな戦争が起きると、生贄の調達は更に簡単になった。
 十人単位で拉致を行っても、徴兵逃れの雲隠れだの、ドイツ軍の工作員の仕業だのと勝手に噂が広がって事実を有耶無耶にしてくれた。
 その頃になると都市に紛れ込んだ一族の中には有力者に昇りつめた者もいれば、まんまと議員になった者もおり、拉致は更にやり易くなった。
 更に時は過ぎ、二度目の大戦も終わって20年ほど経った頃、おかしな東洋人がやってきた。
「ハロー! ワターシはセンイチロー・サダーイと申します!って、ウェールズって英語通じんのか?」
 お付きのガイドに「イギリスデースから! 通じマースよ普通に!」と叱られ、ぬははと悪びれる様子もなく笑う大柄な東洋人。
 彼は、左大千一郎という日本人だった。
 千一郎を含めて日本人が十人と、イギリス人のガイドが一人。この地方の風俗や伝承を調べに来たのだという。
 連中は、山道にやたら大きなトラックで乗り付けてきた。
「俺は世間じゃ恐竜おじさん、アンクルDとも呼ばれてるのよ~。ホラ、こんな風に手当たり次第に恐竜のオモチャ配るから!」
 と、千一郎は親しげに子供たちに恐竜のゼンマイ玩具や、ソフトビニール人形を配付していた。
 自分たちを辺境の部族と思って莫迦にしているのか、あるいは単純に子供好きなのか、いずれにせよ良いカモだと思った。
 黒竜は外国人の肉を好む。
 食べている物がイギリス人とは違うので味が違うのだと、巫女を介して言っていた。
 数日間、純朴な田舎者を装って千一郎たちをもてなし、適当に集落を案内した。
 千一郎はしきりに
「この辺に恐竜の化石とかない? なんかこう、ドラゴン的な伝説とかさ」
 と聞いてきたので、自分達の素性がバレているのかとも危惧したが、観察する内に単なる恐竜バカだと確信を持った。
 何の脅威もない、いつも通りの無力な生贄の肉だと――勘違いしてしまった。
 生贄として一行を始末すると決めた夜
「ワタシ、この調査が終わったら息子にブラキオサウルスの模型を買ってあげるんデース!」
 などと談笑していたイギリス人のガイドから締めることにした。
 ガイドが用を足そうと屋外のトイレに向かった所を狙った。背後からロープで首を絞めて窒息させた。辛うじて息はあるが脳はほぼ死んでいる。こうすると、イキが良いので黒竜が喜ぶ。
 後は、日本人たちが寝静まってから一網打尽にする予定だった。
 ガイドを引き摺って運ぶ途中で、千一郎に見つかるまでは。
 瞬く間に千一郎に村人が数人撲殺され、豹変した日本人一行が村に火を放った。
「優しい村人装ってぇ、その正体は人食いカルト軍団ってパターンかよあーーーーっ! こういうパターンはよ~~~っ、戦争中に大陸で慣れっこなんだよオラー――ッ!」
 千一郎に投げ飛ばされた村人が煉瓦の壁に頭から粉砕突入。即死。
 村の一族は千一郎たちを見誤っていた。
 彼らは無知な学術調査隊などではなく、恐竜の化石収集目的でやってきた頭のイカレた破壊的戦闘集団であったのだ。
「ジゾライドォ! 起動ォ!」
 千一郎がスターティングハンドルを豪快に回転させ、ガソリンエンジンが始動。トラックの荷台の屋根を突き破り、夜天に赤い眼光が映え、ティラノサウルスの咆哮が響き渡る。
 戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉が、山中の村を破壊し尽くすのに30分とかからなかった。
 更に、〈ジゾライド〉は黒竜の住まう洞窟にまで攻め込もうとしていた。
「やめてくれぇ! 頼む! ワシらの神まで殺さんでくれぇ!」
 足にすがりつく村の長老を、千一郎は無慈悲に蹴とばした。
「テメーらは殺しまくったくせに自分らは殺されたくないだぁ~~~っ? 脳ミソ温州ミカンかよあ~~~っ?」
 黒竜も抵抗した。
 炎を吐き、爪で切りつけ、牙で噛みついた。
 だが、鋼鉄の恐竜には全てが無意味だった。
 炎は装甲の表面を焦がすのみ。爪は逆にチタニウム製のプレッシャークローで握り潰された。
 そして噛みついた牙ごと〈ジゾライド〉に上下の顎を掴まれた。そのまま黒竜の長い首がチーズのように真っ二つに引き裂かれて、竜は死んだ。
 黒竜の亡骸を、〈ジゾライド〉は何の関心も持たずに投げ捨てた。もはや一顧だに値しない虫けらであるかのように。
 夜が明けるころ、千一郎たちは村の四方の山肌にダイナマイトを仕掛け、爆発させた。
 崩れ落ちる山肌に瞬く間に村は飲み込まれ、全てが土砂に埋没した。
「悪は滅びた! ぬははははは!」
 〈ジゾライド〉を傍らに、千一郎の高笑いが朝焼けに響き渡った。
 この惨劇で生き残った村人は数人。三百人以上が撲殺され、あるいは〈ジゾライド〉に踏み潰され、土砂の下に埋められた。
 数日後、ウェールズのポーイズ地区の地方紙に〈日本人探検家、山中の邪教集団を壊滅せり!〉と題した記事が掲載され、一族の黒竜信仰や生贄拉致の一切が暴露されたが、その翌日の朝刊には〈山中の集落が地滑りで全滅〉との訂正記事が掲載された。恐らくは政治的判断による隠蔽工作だろう。
 その更に一週間後、一族出身の議員が海に投身自殺。「私は恐竜に殺される」といった不可解な内容の遺書を残して。
 生贄の拉致のために都市部に出張っていた二十人程度の生き残りは、故郷も後ろ盾も失って孤立した。
 それからの生活は悲惨だった。
 財産も収入もろくにない生き残り達は、不景気のイギリス社会でホームレス同然の暮らしを強いられ、屈辱の日々を送った。
 故郷と信仰の喪失は、民族としてのアデンティティの喪失に等しい。
 生贄の収穫、人ならざる存在に寄りそう生活、自分達にとっての当たり前が失われてしまった苦痛を、誰が理解してくれるというのか。
 一般社会に溶け込めず、孤立無援の黒竜の一族は何十年と漂泊した。
 転機が訪れたのは1990年代、欧州連合の成立だった。
 ヨーロッパ諸国は国の垣根を超えて経済的な繋がりを強めた。そこに付け入る隙があった。
 安価な労働力として導入された移民を利用した犯罪で資金を稼ぎ、それを元手に格安の旅行会社を設立した。これは一種のペーパーカンパニーであり、輸送名目で旅客機を飛ばすなどのイリーガルな手法で低品質な航空サービスを安価に提供する商売だった。
 安い価格に釣られたバカな旅行者をカモり続け、墜落事故を起こすまで十分に稼ぐことが出来た。
 これは登記上の会社はイギリスにあるが、書類上の本社はエストニア、無人の事務所はスウェーデンにあるという出鱈目な経営実態であり、警察当局の捜査を大いに撹乱し、事件はスケープゴートの社員数名の逮捕で終わった。
 こうして溜めた資金で、一族は故郷の村を掘り起こすことが出来た。
 ミイラ化した黒龍の亡骸も回収し、その霊体のサルベージに成功した。
 黒竜の魂と対話するための巫女の作成も再開された。適当に攫うか買ってきた赤子に目を覆い、耳を封じ、栄養だけ与えて何の感情も知識もない空っぽの素体を作る。
 素体には黒竜から採取した竜血を点滴し、体質的に竜に近づけていく。適応しない者は途中で死ぬが、代わりはいくらでも補充できた。
 デイビスの代になって、一族は復興の兆しが見え始めた、
 幼少の頃から聞かされ、連綿と伝えられてきた恨みを晴らす時が来たと確信した。
 歴史を、文化を、人並の生活を、全てを奪った諸悪の根源、左大千一郎への復讐に備え、準備を始めた。
 とはいえ、大量の戦闘機械傀儡を保有する全盛期の左大家に対抗するのは、戦力的にも経済的にも不可能だった。結果的に左大家が没落し、戦闘機械傀儡の大半が失われたのは天佑と言わざるを得ない。
 ヨーロッパの魔導関係者の間には、戦闘機械傀儡に近似した魔導兵器を作る技術が成立していた。
 かつて左大千一郎が大量にリースした戦闘機械傀儡を真似た、テクノ・ゴーレムと呼ばれる科学的魔術人形である。恐竜型戦闘機械傀儡の再現は出来なかったが、近しい物は作れたという程度の物で、完成度も戦闘能力も本家には遠く及ばない。
 このテクノ・ゴーレムを、ブローカーが半ば詐欺に近い形でデイビスたちに売りつけた。
「これさえあれば、サダイのレギュラスに雪辱戦ができますよ」
「設計も生産ラインもこっちで用意しましょう。あなた達はレギュラスに勝ったテクノ・ゴーレムを売れば良いんです」
「勝てるかって? もちろん勝てますとも! レギュラスといっても現代兵器との戦いは想定していない。対戦車ミサイルには耐えられません」
 知識に乏しいデイビスたちは、ブローカーの用意した試作機を見て購入契約を結んでしまった。
 最初に納品された対レギュラス用テクノ・ゴーレム試作2号機〈ウェンディゴMk.2 局地戦限定型〉は大出力のガスタービンエンジンを主機として人工筋肉で滑らかに駆動し、最新型のレーダーと連動した火器管制システムで標的に正確に対戦車ミサイルを撃ち込んだ。
 だが、それはあくまで試供品で、コストダウンされた東欧某国の下請け工場の量産ラインで生産された〈ウェンディゴ〉は工作精度も低く、エンジンも型落ちした重機用ディーゼルエンジンを流用。武装や火器管制システムも簡略化された、お粗末な代物だった。
 それでも対戦車ミサイルを発射可能なガンランチャーが主砲だから大丈夫! と説得もとい押し切られ、24体の〈ウェンディゴ〉が納品された。試作機2体を含めれば合計26体である。
 兵器に頼るだけではなく、デイビスは自分自身をも鍛えた。
 千一郎の孫がふざけた恐竜拳法を動画配信しているのを知り、奴を捻じ伏せるために己も拳法を編み出した。
「奴が恐竜なら! 俺はワイバーン! 我らの黒竜を象った飛竜の拳でぇっ、奴を叩き伏せてくれるわ~~~っ!」
 プロの格闘家をトレーナーとして雇い、最新のトレーニング機器を用いて肉体を鍛えて鍛えて鍛え抜いて、仕上がったのは――
 飛竜!
 デイビスたちの信仰していたズライグ、飛竜のごときしなやかで強靭なる肉体! デイビス自身も鏡の前で思わず見とれた。
「この俺の竜の筋肉と竜の技でぇ……貴様を殺すゥぇ!」
 万感の思いを込めて、デイビスは左大億三郎の恐竜酔拳動画の映るモニターを拳で叩き割った。
 26体の〈ウェンディゴ〉と、最後の切り札たる新型テクノ・ゴーレム3体は分解し、大型重機名目で日本国内に運び込んだ。
 小さな銃器類の持ち込みは困難でも、大きな機材ならば割と誤魔化しが効くものだ。税関の担当者がテクノ・ゴーレムの部品を見ても正体が分かるわけがない。
 この戦いは、デイビスたち一族にとって復讐であると同時に、民族の大切な儀式でもある。
 失われた信仰と誇りを取り戻すための復讐の儀式。
 絶対に失敗は出来ない。絶対に成功する自信がある。
 今や戦力でも財力でも、デイビスは左大を上回っている。
 落ちぶれた中年一人、時代遅れの戦闘機械傀儡一体、捻り潰すのは造作もない。
 負ける要素も一つもない――
 はずだった。

 現実として、デイビスには敗北と死が迫っていた。
 ようやくここまで増えた一族の同胞の半数にあたる20人は、あっさりと殺し尽くされて辺りに転がっている。デイビスと苦楽を共にした彼らの送ってきた人生は一瞬で無意味になった。
 俺たちの人生はなんだったのか。ここまでの苦労はなんだったのか。
 死んでいるのは全員、子供の頃から知っている顔ばかり。
 一緒に町のスーパーマーケットから菓子を盗んだこともある。自分達を貧乏人と見下したイギリス人のガキ共を10人の手勢でシメて全裸に剥いて学校の校門に晒したこともある。組織犯罪を始めた頭の頃には、スウェーデンでケチな詐欺と恐喝で稼いだは良いものの、現地の中東系移民と取り分で揉めてケンカになったこともあった。あの時は殴り合いで負けて9割持っていかれたのを全員泣いて悔しがった。
 青春時代と哀しき過去の思い出が駿馬のごとく駆け巡り、愕然と目を見開くデイビスを、左大は鼻で笑った。
「フ……ギガノト哀れな奴」
「はっ……?」
 わけの分からない言い回し。だが虚仮にされているのは分かった。
「哀れだとぉ……?」
「弱い。お前は弱い。哀しいほどに弱っちい。狂ってるくせに何でそんなに弱い? くだらねぇ形式だの段取りだのに拘ってるからお前らは負けたんじゃあねぇのか? 俺に勝ちたいなら、初手からとっとと家にミサイルぶち込みゃあ良かったんだよ」
 それでは儀式にならない。本懐を果たせない。単なる復讐をするなら、わざわざこんな大がかりな仕込みをするものか。
 それも全て分かったような顔で、左大は不敵に凶暴に笑っている。
「今からでも遅くない。こだわりなんぞ捨てちまえ。手段を選ぶな。目の前の敵を倒さなきゃお前もここで死ぬ。後先なんぞ考えてる余裕があるのか? え?」
「貴様に何が分かる……。後先考えずに突っ込むだけの猿以下の爬虫類野郎め……。貴様なんぞに一族の命運、未来を背負う責任の何が分かる……!」
「女々しいんだよデェェェイビスゥ。負け犬の泣き言ォ~~」
 左大は胸を張って首を上げて、強引にデイビスを見下ろした。
「デイビスよォ……。お前も俺と同じになれ」
「なァにぃ~~……?」
「戦いのために全てを捨てろ。狂人らしく脳ミソのリミッターを外せ。ただ目の前の敵を殺ることだけを考えろ。未来も明日も一時間後も、生き残ってから考えろ。一秒先も那由多の果て。思い馳せるだけ無意味の極致ィ!」
 この、狂った男の戯言を聞かされる度に、一呼吸の度に、デイビスは頭の中から人間性が失われていくような気がした。こいつの狂った思考に引き摺られて、ごっそりと頭の奥から何かが抜け落ちていく。
 まだ理性がある内に、一刻も早く儀式を進めねばならない。
 本当の目的のために過程を踏まねばならない。
 だから、この左大という狂人は、鍛え抜いた肉体と拳法で黙らせる。
 デイビスが右足を上げ、左足のみで立つ。
 それはワイバーンの構え。彼の一族が長年信仰し、共に生きてきた黒竜を模した殺人拳法のスタイル。
「死ねぇいサダイ―――――ッ!」
 右足の踏み込みと同時にデイビスの超音速の手刀が左大めがけて殺到した。パンパンパンと音速突破の空烈音が無数に重なる。手刀の連打はワイバーンの爪の猛攻そのもの。服を引き裂き、肉を千切り、骨をも磨り潰す。
 いける! 効いている! 勝てる! 勝てるぞ!
 デイビスは指先に感じる。確かな手ごたえ。人体を破壊し、血飛沫迸る生臭い勝利の芳香!
 空烈音が鳴り止む。周囲の空中には微細に粉砕された服の残骸と血煙が漂っている。
 血煙が晴れれば、胸を抉られ立ったまま意識を失った左大の無様な姿があるはずだ!
 しかし次第に、デイビスの表情から勝利の笑みが消えていった。
 血煙と上昇気流に乗るのは衣服の繊維のみ。
 露わになった左大の胸板には傷一つついていない。逆にデイビスの爪が剥がれ落ちていた。
 人体の破壊される感触とは、デイビスの指先が破壊される感触だったのだ。
「ばかなぁ~~~~っ……」
 何ゆえに、こんな結果になったのか。
 その答は左大が教えてくれた。
「フーッ! 恐竜酔拳! アンキロアーマーッ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ?」
 何もかも意味が分からず大口を開けるデイビス。
 左大が胸に力を込めると、ブッッッという音と共に爪の欠片が排出された。
「アンキロサウルスの近縁種ノドサウルスは完全なミイラが発掘されている。見た目が分かっているのだから、その呼吸方法や筋肉の動きを真似るのは容易! 俺はアンキロサウルスの無敵装甲を人の身で再現したというわけだぜ」
 要は中国拳法における硬気功の同種なわけだが、左大の人知を超えた超理論を突きつけられ、デイビスはもはや何も言えなかった。
 アンキロアーマーの無敵装甲の前には、ワイバーンの爪など爪楊枝以下であったのだ。
「のぉぉぉっ、おっ、おっ、おっ……そんな………こんなの納得できるわけ……」
「次は俺のターンだぜデイビス」
 左大は臍下丹田に力を込め、両手の爪を立てた。
「テメーがトカゲの爪なら、こっちは黄金の爪! いくぜ!」
 呼吸が唸り、アンキロサウルスの胸の躍動が人体で再現される。
 生命の危機を察したデイビス、もはや逃げる暇なし。
「恐竜酔拳! 黄金砲撃千連射(アンキロローリングガンブラスター)―――――――ッ!」
 左大の両腕が円を描きながら超高速の指突をデイビスの全身に撃ち込んでいく。
「ほぎぃっ! ぶぎっ、ぎっ、ぎっぎっぎっぎっぎっぎぃっ……っっっっ!」
 刺突の嵐に晒されたデイビスは水風船も同然だった。
 肉体が破裂する寸前でデイビスは後方に跳んだ。刺突連打の勢いで吹き飛ばされ、シャッターにぶち当たって金属音を響かせた。
「黄金砲撃千連射……肉食で獰猛なアンキロサウルスの一種が持つ千本針を再現した攻撃よ」
 左大がまたわけの分からないことを言っている。アンキロサウルスは草食だし、千本針を背中に持つ種類もいない。
 デイビスは死の間際にいた。
 とっさに後に跳んでダメージを減衰したとはいえ、ぶ厚い胸板には無数に風穴が空いている。左大がその気なら、一秒後には頭を潰されて死ぬ。
 この生死狭間には、もはや打算も形式もなく。脳の奥の原始的な生存本能が無意識に、ただ目の前の脅威から己を守ろうとしていた。
「ころせ……奴を……ころせぇ……」
 デイビスの体がめり込むシャッターのすぐ脇には、〈ウェンディゴ〉がいる。
『しかし宗主……ここで奴を殺してしまっては……』
「しぃぃぃぃぃ……っっっっ」
 戸惑う〈ウェンディゴ〉の操主に、デイビスは喉を震わせて叫びを振り絞った。
「早くころせと言っとるだろうがァーーーーーーッ! 俺を殺す気かっっっこのダボカスがァーーーーーーッッッ!」
 血と唾を吐いて必死の形相でデイビスが吼えた。
 その姿、その声に、左大は心底喜ばしく笑った。
「そうだ! お前が決めた全力の戦いの中でなら! 俺はお前に殺されてやっても良い!」
 左大は両手を掲げてデイビスの感情を迎え入れる。
 自分と同じ死線の向こうに達した同胞を歓迎する。共感者と成り得る一匹の竜を祝福する。
 〈ウェンディゴ〉の肩に装備されたガンランチャーからの、対戦車ミサイルというデイビスからの最適解が左大の真横を通り過ぎ、壁に当たって炎が爆ぜた。
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