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第18話 マグリナの伯母の屋敷にて 

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今まで村娘の格好をしてきたので、貴族令嬢の服は窮屈な気もしたが、久しぶりに着る上等の生地の服はなんだか心を温めてくれた。私が好きな落ち着いた青の色合いで、かわいらしいリボンの飾りがついていた。その衣擦れの音が言っているようだ。心配は、もういらないと。

「久しぶりにお茶にしましょう。あのバーバラ夫人とやらが乗り込んで来て以来、あなたに一度も会えなかったのよ。長かったわ」

幼いころ、この家には何回か来たことがあった。
フリージアの様式と違って開放的な造りで、珍しかったことを覚えている。

私はあたりを見回した。
なつかしい。子どもの頃の思い出は、思いのほか、心に残っている気がする。伯母はとても私に甘くて、背が高くて大きな伯父は見た目は怖そうだったが、とてもやさしかった。
従兄達は、私よりかなり年上だったので、もう学校に行ったりして屋敷にはいなかった。そのせいもあって、伯母はまだ幼かった私をそれはそれはかわいがってくれた。

「今は、息子たちはみんなそれぞれ結婚して、滅多にこの家に来なくて、最近はさみしいものよ」

夫の侯爵は軍人だが、今は視察に出ているので不在だということだった。

「戻ってきたら侯爵にも相談しましょう。きっとあなたの顔を見て大喜びすると思うわ」

「ご迷惑では?」

私は恐る恐る尋ねたが、伯母はカッと目を見開いた。

「そんなことあるわけないでしょう! ロビア家を乗っ取ろうとした馬鹿どもの話を聞いてカンカンに怒っていたわ! 王家に向かって、自分たちから婚約破棄を申し出るだなんて、愚かの極みですよ」

バーバラ夫人とエミリのことだな。

「あの頭が空っぽな二人は、ロビア家と聞けば、王家が縁を結んでくれると勘違いしていたようだけど、王家が縁を結びたかったのはロビア家ではなくて、あなたなんですからね」

私があの家から逃げ出して半年。

フリージアの王家を牛耳っているカサンドラ夫人は、バーバラ夫人とエミリには会おうともしなかったと言う。

「カサンドラ夫人は、先代の王弟殿下の未亡人で後妻なのよ。押しだけは強くて、ご病気の国王陛下の世話をしていた。そして、自分の娘のアレキサンドラをイアン王子と結婚させるつもりだったのよ」

あれれ? どこかで聞いたような、聞かなかったような?

「イアン王子には婚約者がいたのだけれど、婚約破棄されたのよ。あなたのことね」

婚約破棄されました。まあ、イアン王子はすごくスムーズに婚約破棄に応じていたから、ちょっと嫌な感じはしたけど。

「ロビア家の側から婚約破棄の申し出があっただなんて、カサンドラ夫人は大喜びだったと思うわ。まさに願ったり叶ったりですもの」

「バーバラ夫人は、娘のエミリを代わりに婚約者にするつもりだったようですけど」

まあ、この話の流れから言うと絶対無理そう。
伯母が嘲笑うような笑顔になって言った。

「ありえないわよね。謁見さえ許されなかったらしいわ。せっかくの婚約者の地位を捨てた家として、笑いものにされているわ」

「では、イアン王子の今の婚約者は、アレキサンドラ様なのですね」

政略結婚にも程があるな。でも、本人がそれで満足しているなら、他人があれこれ言うことではあるまい。
自分の婚約者のすげ替えが、他人の思惑で行われても、一向に気にしない男ってどうなの?
私の脳裏に、勲章や飾りをいっぱい服につけて、得々とした、小太りで間の抜けた顔をした男の姿が浮かんだ。きっと、こんな感じの鈍そうな王子様なんだろう。

「いいえ。だって、イアン王子は、マグリナに留学中だったのですもの。婚約破棄は相手先のロビア家の意向だから、王子殿下は何も言えないでしょうけど、新しい婚約となると、殿下のサインが必要だわ」

なるほど。すると、王子は小太りではないのかもしれない。留学しようかというくらいなのだから。

「しかも、王子殿下は今、行方不明なの」

「えっ?」

「婚約者だった令嬢も半年前から行方不明になってしまいましたけどね。こちらはまあ、私の邸に来ているはずから大事はないと思っていました」

「申し訳ございません。お嬢様を、奥様の隠れ家へ逃してから、私がマラテスタ侯の邸宅まで辿り着くのに三ヶ月かかってしまいまして」

セバスが謝った。

「セバスには、リナを守れと言いつけてあったのよ」

「うまく守り通せませんでした」

セバスが悔しそうに言った。

「もっと、早く奥様の隠れ家に行っていただいたらよかったのですが、何分にも王家のご婚約者と言う身分がございます」

確かに、婚約者の令嬢が国外に逃亡したら、マグリナが変な疑いをかけられるかもしれない。

「ひどい扱いを受けていても、屋敷内の話ですから外には伝わりません。お嬢様は、ご苦労なさっていました。特にあの、エミリという女、リナ様が困ることが大好きというむかつく女でして」

「セバス、それは百回くらい聞いたから」

伯母がさらりと止めた。

「私、セバスが来てから、時々、あの隠れ家へは、様子を見に行っていたのよ」

え……

伯母が恐ろしいことを言い出した。も、もしかしてイアンを見かけた?

「ほんとにたまにだけれどね。だって、私しか行けないのですもの。セバスなんか、私と一緒でないと、あの屋敷も見えないくらいなんですから」

「私には魔力のカケラもございませんもので。ご多忙の合間を縫って、リナ様の様子を見にいってくださって、本当にありがたいことでございました」

セバスが慇懃に言った。でも、私は冷や汗をかいた。伯母さまは、何を見たのかしら?

「ただ、最近は、お戻りになられるたび、笑っていらっしゃることが多くて、きっと良い状態なのだろうなと推察しておりました」

笑っていたの? 伯母さま?

「本当なら、すぐにこの家に引き取ろうと思っていたの。だけど、結構幸せそうな気配があった。だから、少し様子を見ることにしたの」

「奥様は気配をお読みになることが出来ますから」

セバスがつつましやかに解説した。

そうか。伯母が動かないはずがなかった。

伯母はうわさを聞きつけてから、ずっと手を出す機会を探していたのだと言った。

「セバスが、間一髪のところでロビア家の屋敷からあなたを出してくれたわ。私の隠れ家では、あなたは幸せそうだったから、まあいいかと思ってしばらく様子を見ていたの」

そうか。私、幸せそうだったのか。






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