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【3】
「ここは――」
姿を現した毛玉〈パル〉をトイレで捕まえたはずだった。それが今、自分は会社ビルの屋上にいた。
瞬きのごとく一瞬でトイレからここに移動したらしい。これが空間転移なるものか。
「もうひどいです、ショーゴさん。いきなりつかまえて振り回すなんて」
瑚志岐の手の中でパルが文句をつける。
「お前な。これ! これをどうにかしろよ!! お前のせいなんだろ? こんな格好になっちゃったのは」
「さすがに純潔の〈ファッシネイター〉です。何という神々しさでしょう。その穢れとは無縁の三十年モノはダテじゃないですね。自信持ってください。〈デザイア〉にもあなたほどの魔法少女に変身できるものはいないです」
瑚志岐につかまえられたままパルは、うっとり見惚れながら喋り出した。
「あ、ちゃんとホルダーに入ってますね。変身アイテム〈ファッシネイト・スティック〉は。それ失くさないでくださいね。戦闘時に必要なんですから。でもよくわかりましたね。そこに収納するって」
左脇にぶら下がっているホルダーに収まった例のアレを確認したパルは、ほっとした表情を浮かべる。
「普通わかるだろ。いかにもな感じでついてたら」
そこにしまうように言ったのは、比良井塚じゃなかったか? あれ?
「いやあ、さすがさすが。やっぱり見込んだだけのことはあります。そのスティックは、普段は形を変えてあなたの〈マーラ〉に被さってるんですけどね、力がこう、ガーってみなぎってくると元の形になるんですよ。で、変身。あとはそのホルダーに入れておくんです」
マーラに被さってる? 今聞き捨てならないことを言ったよな?
「――おい? 普段、何だって?」
瑚志岐は顔を引き攣らせながら、パルをじっと見つめる。
「大したことじゃないですよ。穴の開いた〈ウスコンドム〉を被せた感じですから、違和感ないし日常生活でまったく不都合はないはずです。ショーゴさんだって変身するまで気づかなかったでしょ? 排尿もできるし自慰行為での射精だってできるんですから」
瑚志岐が不穏な表情を浮かべていることに気づくはずもなく、パルは続ける。よほど瑚志岐が魔法少女化したのが嬉しいらしい。
「でもよくあんなに長いことトイレにいられますね。あそこって体内の不要なものを排泄するところですよね」
だが、そんな話を聞いてやっている場合ではない。変身スティックが普段自分のアレに被さっているというのも問題ではあるが、何よりもまずは、さっさと元の姿に戻してもらわねばならないのだ。
「……パル」
瑚志岐は話を遮ろうと声をかける。だがパルは聞こえてないのか喋るのを止めず、徐々に繰り言のようになってきた。
「あのですね、ショーゴさん。わかってます? あなたはボクが見つけたファッシネイターなんです。その穢れなき純潔を守ってもらわないと困ります。キスまでは親愛の情の表現としてありますから許しますが、それ以上は気をつけてくだ……」
ぷりぷりと何だかよくわからない怒りを露わにし出したパルに、瑚志岐は仏の顔も三度と、それ以上の怒りをぶつけた。
「ちょっと待て、この毛玉!! キスだと!? 何で知っている!? てめえ、あそこにいたな? ずっと見てたな!? そもそもはすべてお前が原因じゃないか。どうにかしろよ、これを!!」
パルの体を両手で包み、ぎゅっと力を加える。
「うぎゅうぅ……むむぅ、く、苦しいっ――。よ、よかった、じゃ……、ないですか。なり、たくても、なれない……者のほうが、多いんですよ」
「オレはなりたくないっ!! 何勝手なことほざいてんだ!!」
そう叫んだ瑚志岐だったが、愛らしい縫いぐるみのような毛玉が苦悶に顔を歪めるのは、少しやりすぎの気がして、手の力を緩める。
「でもですね。才能や能力を持てる者は、その力を持つゆえの責任があるんですよ」
「知るか。なりたい者がなったほうが、無理やりやりたくない者にやらせるより、いいだろうが!」
やる気のない者よりも、やる気のある者。この意識の差はあると思うのだ。
「そう言いますけど!! なれるものなら、ボクだってなってますよ!! でもボクにはその才能がないんです!! どんなに純潔守ってきたって、変身できないんです。同じ王子なのに、あいつだけなんて!!」
パルは悔しそうな顔で、悲痛な声で言い切ると、もこもこ尻尾を丸めて自分で抱きかかえた。
「あいつ?」
「何でもありません」
その様子が気になった瑚志岐は問い返したが、パルは答えず、決まり悪そうに目を逸らした。
この小動物もいろいろ抱えているものがあるらしい。そう考えると、少し気の毒になってきてしまう瑚志岐だった。
「――まずはオレを元の姿に戻せ。話はそれからだ」
「ここは――」
姿を現した毛玉〈パル〉をトイレで捕まえたはずだった。それが今、自分は会社ビルの屋上にいた。
瞬きのごとく一瞬でトイレからここに移動したらしい。これが空間転移なるものか。
「もうひどいです、ショーゴさん。いきなりつかまえて振り回すなんて」
瑚志岐の手の中でパルが文句をつける。
「お前な。これ! これをどうにかしろよ!! お前のせいなんだろ? こんな格好になっちゃったのは」
「さすがに純潔の〈ファッシネイター〉です。何という神々しさでしょう。その穢れとは無縁の三十年モノはダテじゃないですね。自信持ってください。〈デザイア〉にもあなたほどの魔法少女に変身できるものはいないです」
瑚志岐につかまえられたままパルは、うっとり見惚れながら喋り出した。
「あ、ちゃんとホルダーに入ってますね。変身アイテム〈ファッシネイト・スティック〉は。それ失くさないでくださいね。戦闘時に必要なんですから。でもよくわかりましたね。そこに収納するって」
左脇にぶら下がっているホルダーに収まった例のアレを確認したパルは、ほっとした表情を浮かべる。
「普通わかるだろ。いかにもな感じでついてたら」
そこにしまうように言ったのは、比良井塚じゃなかったか? あれ?
「いやあ、さすがさすが。やっぱり見込んだだけのことはあります。そのスティックは、普段は形を変えてあなたの〈マーラ〉に被さってるんですけどね、力がこう、ガーってみなぎってくると元の形になるんですよ。で、変身。あとはそのホルダーに入れておくんです」
マーラに被さってる? 今聞き捨てならないことを言ったよな?
「――おい? 普段、何だって?」
瑚志岐は顔を引き攣らせながら、パルをじっと見つめる。
「大したことじゃないですよ。穴の開いた〈ウスコンドム〉を被せた感じですから、違和感ないし日常生活でまったく不都合はないはずです。ショーゴさんだって変身するまで気づかなかったでしょ? 排尿もできるし自慰行為での射精だってできるんですから」
瑚志岐が不穏な表情を浮かべていることに気づくはずもなく、パルは続ける。よほど瑚志岐が魔法少女化したのが嬉しいらしい。
「でもよくあんなに長いことトイレにいられますね。あそこって体内の不要なものを排泄するところですよね」
だが、そんな話を聞いてやっている場合ではない。変身スティックが普段自分のアレに被さっているというのも問題ではあるが、何よりもまずは、さっさと元の姿に戻してもらわねばならないのだ。
「……パル」
瑚志岐は話を遮ろうと声をかける。だがパルは聞こえてないのか喋るのを止めず、徐々に繰り言のようになってきた。
「あのですね、ショーゴさん。わかってます? あなたはボクが見つけたファッシネイターなんです。その穢れなき純潔を守ってもらわないと困ります。キスまでは親愛の情の表現としてありますから許しますが、それ以上は気をつけてくだ……」
ぷりぷりと何だかよくわからない怒りを露わにし出したパルに、瑚志岐は仏の顔も三度と、それ以上の怒りをぶつけた。
「ちょっと待て、この毛玉!! キスだと!? 何で知っている!? てめえ、あそこにいたな? ずっと見てたな!? そもそもはすべてお前が原因じゃないか。どうにかしろよ、これを!!」
パルの体を両手で包み、ぎゅっと力を加える。
「うぎゅうぅ……むむぅ、く、苦しいっ――。よ、よかった、じゃ……、ないですか。なり、たくても、なれない……者のほうが、多いんですよ」
「オレはなりたくないっ!! 何勝手なことほざいてんだ!!」
そう叫んだ瑚志岐だったが、愛らしい縫いぐるみのような毛玉が苦悶に顔を歪めるのは、少しやりすぎの気がして、手の力を緩める。
「でもですね。才能や能力を持てる者は、その力を持つゆえの責任があるんですよ」
「知るか。なりたい者がなったほうが、無理やりやりたくない者にやらせるより、いいだろうが!」
やる気のない者よりも、やる気のある者。この意識の差はあると思うのだ。
「そう言いますけど!! なれるものなら、ボクだってなってますよ!! でもボクにはその才能がないんです!! どんなに純潔守ってきたって、変身できないんです。同じ王子なのに、あいつだけなんて!!」
パルは悔しそうな顔で、悲痛な声で言い切ると、もこもこ尻尾を丸めて自分で抱きかかえた。
「あいつ?」
「何でもありません」
その様子が気になった瑚志岐は問い返したが、パルは答えず、決まり悪そうに目を逸らした。
この小動物もいろいろ抱えているものがあるらしい。そう考えると、少し気の毒になってきてしまう瑚志岐だった。
「――まずはオレを元の姿に戻せ。話はそれからだ」
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