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10 人には覚悟を決めなければならない時というものが存在している

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 ――その王子、ここにいますけど……?

 別に逃げたわけではなく、ただ不在にしていただけなんですが。
 ……ってそんなこと言えやしない。幽閉されているはずの人間なんだし。

 でも、他の王族はみんな掴まっているのに、自分だけひょいひょい逃げおおせているみたいに言われたら、ずるく思われているようで気が引けるのはなぜだろう。

 しかし、既存の権力トップからその地位を奪って起きるのがクーデターだ。
 クーデターは結局は民衆を味方につけた方が勝ち、それまでの政治が良かったら失敗する率が高くなる。
 ローレルは城下でも働いているから民の様子はそれなりに知っている。今の王の政治に対して見える範囲では不満を持っている様子がなかった。

 となれば民衆からしたら、もっと状況が悪くなるかもしれないクーデターを支持せず、今の状況を維持したいと思うだろう。

 まだクーデターの首謀者が明確に明らかになってはいないが、根回しが甘い気がする。
 誰がどういう目的でもって、性急にことを起こしたのかがわからなかった。

 とりあえず、これ以上の情報を取るのは無理だと判断し、二人して館の外に出る。
 そして裏手に回り、馬小屋の中に入り込んだ。ここなら生き物の気配がしてもおかしくないし、今の時間、馬は寝ているので誰も来ないだろう。
 倉庫の中の敷き藁の間に座り込んで、ようやく二人落ち着いて話し始めた。といっても小声だが。

「参ったな……とりあえず外にお前がいるのばれたら俺らの責任問題になるから、アリクがお前のふりして、逃げ回ってくれているようだな」

「うっわー、俺、部屋にいなくてよかったー」

 俺が部屋にいたら、俺が逃げ回る羽目になったんだろ? と本気でローレルは安堵のため息を吐いている。

「お前、人としての心ないのか? アリクの心配しろよ」

「いや、俺があそこにいるよりあいつがローレルぶりっこする方が、よほど王子が部屋にいると納得してもらえる気がするし……?」

 アリクとローレルが同じ部屋にいて、二人を見比べたら気品を醸し出しているアリクの方を、襲撃者は王子だと信じそうだ。
 普段、ローレルに対して王子らしい振る舞いを!と口を酸っぱくして言ってるアリクだから、世間一般が想像している王子を演じることができると思う。たぶん。

「それに、アリクならなんとかすると思う。あいつ賢いし、色々と護身用の魔道具も渡してるからさぁ」

「でもさすがにお前の幻影魔法かけているとはいえ、掴まればばれるだろ?」

「それをなんとかするのがアリクでしょ。俺はあいつを信用している」

「嫌な信頼の仕方だとは思うが、確かにな」

 アリクは策士タイプで、目的のためにはえげつないことでも平気でするところがある。
 これまでも暇にあかせてボードゲームやらなにやらを、お互いアリクとさんざんやりつくして、コテンパンにされたからこそ実感を伴って言えるセリフだ。

「もっともお前がそこにいて掴まった方がよほど話が早かったけど、お前の無事をとりあえず祝おう」

「お前、俺の護衛と思えないほど、ひどいセリフ吐いてるのわかってる?!」

 脳まで筋肉で出来ているタイプのセンシは、ローレルを摑まえようとそこに来た人間を全員倒した方が早いと思っているのだろう。自分が負けることなんて考えていない。

「とりあえず、お前は隠れてろ。アリクがどこに逃げたかはわからんが、お前とバッティングしたら面倒なことになるだろ」

「あー……そうなんだけどさ。俺、ちょっと白百合の塔の方に行きたい……」

「なんで!?」

 兵士がたむろしているかもしれない状況で、それは自殺行為だ。センシが止めようとしているのに、ローレルは思いつめたような顔をしている。覚悟を決めているようだ。

「絶対に今すぐ行かないと……」

「……なんでだ?」

 あんなことを言っておいても、やはりローレルはアリクのことが心配なのだろうか。そう思ったセンシだったが。

「俺の全財産、あそこに置きっぱなしだから、誰かに盗られたなんて考えたらそれだけで俺は死ぬ。無事を確認するまで寝られねーよ」

 そう言い切ったローレルは真顔だった。

「~~~~~~! 金はいくらでも稼げば戻る! でも人は死んだらそれっきりだろうが!」

 護衛としても、人としても、もっともなことを言うセンシにローレルは首を振る。

「いいか、センシ。人には覚悟を決めなければならない時というものが存在しているんだよ。それが今なんだよ」

「こんなとこで覚悟の無駄遣いしてんじゃねえ。ダメ」

 二人して下らない言い争いをしていたが。

「とりあえず今は寝ろ」

 そうセンシがローレルの手首を掴んで離さなかったので、ローレルは渋々と寝ることに応じるしかなかった。
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