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12 決戦は夜明けまで

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 二人して馬小屋まで戻ると、戸口の傍にしゃがみ込み、外を警戒するが誰かが後をつけている気配も、見つかった気配もしていなかった。
 ぶるる、と小さないななきのような音がどこかの馬から漏れ聞こえ、それには少し驚いて身体が揺れたが。
 どうやら馬も寝言を言うらしい。

「王族捕まえてるって言ってるから、クーデターって成功してるんだろ? これから政権の指揮は我々が執る! みたいな宣言ださねーの? あいつら」

 素朴な疑問を呈するローレルの言葉に、センシは首を振る。

「成功してねーよ」

「あ?」

「お前。お前が逃げてるじゃん」

 そうセンシに言われて、なに言ってんの? とローレルは怪訝な顔をしていた。

「いや、俺なんておまけの王族みたいなもんだろ? 俺の存在なんか無視すればいいじゃん」

「でもお前のこと、探してたよな、あいつら」

 確かに、と先ほど隠れて盗み聞きしていた内容を二人して反芻するが……わからん、と唸った。
 情報は足りないし知識も足りないし。
 ああ、なんでここに王宮内のご意見番というか、歩く豆知識のようなアリクがいないのだろうと本気で思ってしまう。

「なんで俺なんて探すんだ? 王家の血は引いてるけど、なんの権力もねーじゃん」

 銀髪を搔き乱してローレルが考えこむ。

「そんなの俺が知るかよ。でもさー、昔から一人逃げ出した奴が対抗勢力の援軍を引きつれて、悪の帝国を倒すって物語のパターンじゃね? かっこいいな。英雄軍記ものみたいで」

 そういうのを恐れられてんじゃね? というセンシの言葉に、ローレルがなんとも不愉快そうな顔をした。そんな期待過剰なことを求められても困る。
 大体、自分のどこを見たらそういう時に助けてくれるような勢力との繋がりがあるというのか。

「俺なら逃げたらそのまま戻ってこないぞ……なんでお話の世界の王子様ってそんな偉いの……」

「俺はローレルを知ってるからお前なら絶対にそうしないのわかってる。しかし、世の中は王家の生まれってことだけで色々と期待すんだって。特にお前、表に全然出てきてないから、勝手に偶像押し付けられてるかもしねーぞ」

 うわぁ、そんなの期待しないで、とローレルが嘆くが、センシは綺麗に無視をしている。

「タイムリミットは朝、だろうな。お前が逃げているということで、お前の捜索に時間を取られているのだろうけれど、夜明けになると外部からも人が来る。さすがにそれ以上になったら、クーデターの宣言はされるだろう。そうなったら……」

 センシはローレルをじっと見つめている。

「下手したら、お前の家族、殺されるかもしれないぜ」

 覚悟を決めろ、とばかりのセンシの視線に、ローレルは勢いこんで頷いた。

「よし、俺は逃げよう。お前、俺を守れな」

「お前、少しも躊躇ちゅうちょしないな! 少しは助けようとしろよ! 捕まってんのお前の親と兄弟だろ!」

「だって、どうやって助ければいいかもわかんないしさぁ……」

 戦略の立て方自体もわからない。

 二人でぼそぼそ話していた時だった。馬小屋のすぐ傍を走り抜ける誰かがいる。
 誰かに何かを報告をしようとしているらしく、話しているような声は聞こえるが、何を言っているかまでは聞き取れない。

「これくらいならいけるか……」

 ローレルが集音の魔術を展開すると、幸いそれほど遠い場所ではなかったようで、話している内容がなんとか聞き取れた。

「第三王子らしき死体が発見されたらしい」

「!?」

 いきなり聞こえたその言葉に、ローレルもセンシも言葉を無くす。

「王宮裏手の森で、小柄な人間の焼死体が……」

「ひどく焼かれて死体の損傷が激しく……」

 ところどころ聞き取りにくいその内容は、推測で埋めていくしかない。

 しかし、そんなに死体の損傷があるのに、どうして第三王子……つまり自分の死体だと判断されているのだろう、とローレルは不思議に思う。
 ローレルはこうして生きているので、情報の方が間違っているわけだし。

 ローレルの疑問は幸い、欠けることなく聞こえた次の発言であっさり解決してしまった。

「強い魔力を帯びた銀色の長い髪が血まみれで発見されたらしい。ローレル王子といったら、ハルフランド王国の王族の血も引かれているわけだから、ほぼ間違いないだろうって」

「周囲に争ったような魔力の痕……」

「魔獣の住む森……獣にも襲われて……」

 話し手はどんどん離れているらしく、聞き取りにくくなったため、ローレルは魔法を解除する。推測の方の量が多くなりそうな情報を得ても意味がない。魔力がもったいない。

 二人で先ほど聞いていた内容をまとめようとするが、二人とも自分から切り出さない。
 ようやくしばらくの間があいてから、センシが口を開いた。

「アリクだな」

「そうとしか思えないだろ」

 逃げているアリクが王家の森にいて、ローレルが死んだ偽装をしているのだろう。

 ローレルは手を指が白くなるまで握りこんでいる。怒りで吠えたいのを理性で抑え込んでいるのだ。

「あいつ、俺の貯めてた髪を使いやがった……!」

 押し殺したような声で唸るローレルに、ブレないなあ、とセンシが感心している。

「売るために抜け毛を丁寧に集めて取っとくような王子がいるなんて思わねえだろうからな……」

 ローレルの髪の毛や渡された魔道具を使って何かがあったように見せかけたらしい。

「それより、あいつどうやってあそこまで行ったんだ?」

 王家の森は馬だとしてもここから一刻くらいはかかる距離にある。

「宮殿の馬は……ここに全部いるよな」

 自分たちは馬小屋にいるのだが、厩舎の中の馬房に空きはなかった。空いた場所があったらそこに入り込もうと思ったのに、全てふさがっていて諦めて倉庫に入り込んだのだから間違いない。
 つまり、王室所属の馬は全部いるのだ。

 アリクが襲撃を受けて逃げ出したのは、ローレルが魔女ローラとして働いている最中だとしても、そこまで移動して、ローレルが死んだと偽装するには手際が良すぎる。

 なにより……死体をどうやって手に入れたのだろう。
 誰かを殺したのか……?

 アリクならやりかねない! と二人で思って青くなる。

 いや、もしかしてこのクーデターの首謀者がアリク……とか?
 そんなことまで発想が飛んでしまって。

「絶対あり得ないだろ!」

「そうだよな! 目的がわからなさすぎる!」

 ははは、と空笑いをすると二人して思考を放棄することにした。
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