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第2話

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「わ、私は……」

「いきなり入ってくるとは、婚約者といえど無礼だと思わないのか!」


見知らぬ女性が答えようとするのに対し、ザーディヌ殿下が割って入った。
2人だけの時間を邪魔するなどでも言いたげな表情です。
愛人と言うやつでしょうか。


「私は扉の前で呼びかけました。しかし殿下の反応がなかったので、確認の為に入ったのです。いらっしゃるのなら、応答してくだされば良いではありませんか。」

「居ないと思ったのであれば、戻れば良かろう!」

「殿下の身に何かあれば大変です。確認するのは貴族であれば当然の行いだと存じますが?」

「しかしだな…!」

「はぁ……。言い争いをしても無意味なだけです。私がお訊きしたいことは一つ。そちらの方は何者ですか?」


私は立ち尽くす女性に目を向ける。
ビクッと少し震える彼女は、殿下を上目遣いでチラチラと見ています。
その様子に怒りがこみ上げてきますが、この場合悪いのは殿下でしょう。
彼女も悪いとは思いますが、とりあえずは冷静に対応しなければ。


「私は…」

「おい!無視するな!」

「殿下、一度落ち着いて下さいませんか?私は彼女が誰なのか知りません。紹介して頂けませんか。」

「…わ、分かった……。彼女はセスティナ。ジーリアルド伯爵家の三女だ。」

「は…はじめまして……。セスティナ・ジーリアルドと申します。以後お見知り置きを……。」

「はじめまして。私はシュレア・セルエリット。セルエリット公爵家の次女です。ザーディヌ殿下の婚約者でもあります。」


まさか婚約者本人が来るとは思っていなかったのでしょう。
深く頭を下げ、ビクビクしています。
普通に考えれば、婚約者が相手を訪ねるのはおかしなことではないのですが……。


「それで殿下。この状況は一体どういうことですか?」

「か、彼女とは先日の茶会で知り合ったのだ…。友人として、王城に招待した。」

「なるほど。では他の日は何をされていたのですか?」

「他の日…?」

「ほぼ毎日のように、自室に戻られていたではありませんか。近くを警備している兵士達から聞きましたよ。部屋に入られるところを見た…と。」

「っ……。」

「あ、あのっ……私はこれで失礼します……。」

「ええ。くれぐれも、これからは行動を謹んで下さいね。」


私の警告とも取れる言葉に、青ざめた表情で足早に去っていくセスティナ伯爵令嬢。
しかしこれで分かったことがあります。
おそらく1年前から、ザーディヌ殿下は貴族令嬢を自室に呼び、こうして話などをしていたのでしょう。


「それで、お話の続きですが。」

「セスティナ嬢が帰ってしまったではないか!」

「当たり前です。婚約者の許可なく2人きりになっていたのですから。」

「私は王子だぞ!立場的には私の方が上なのだから、お前の許可など関係なかろう!」

「王子だからこそです。殿下がよろしくても、ご令嬢達の立場が危ぶまれるのですよ?」

「私が許しているのだ。問題ない!」

「何も理解していないのですね…。……今日のところはこれにて失礼致します。」

「あ…お。おいっ!」


制止するかのようなザーディヌ殿下の声を無視し、私は部屋を退室しました。
本当に、何を考えていらっしゃるのやら……。
王子に誘われたら、令嬢達は誰だって断れないものです。
それを分かっていて誘っているのでしょう。
今日居たセスティナ令嬢は、釘を刺したのでおそらく二度と来ないはず。
しかしザーディヌ殿下であれば……。


「はぁ……今日の一件で、少しは反省されているといいのだけれど。そんなことないわよね……。」


他のご令嬢を誘われるでしょう。
1週間もてば良い方です。

殿下は昔から完璧王子だと言われ、寄ってくる貴族は多かった。
王太子であられる第1王子、メルトリクス殿下と比べられることもありました。
しかし王太子殿下はザーディヌ殿下よりも完璧だったのです。
容姿端麗かつ幼い頃から聡明さを持ち合わせていたからでした。

ザーディヌ殿下が注目されたのは、12歳~15歳の貴族が通う学園でのことです。
定期テストの結果は毎回1位を取り、人柄の良さもあって一時貴族界では注目の的となりました。
しかしその裏の話は……


『シュレア。今回のものは、もう出来ているか?』

『はい。こちらです。97点は確実かと。残り1問についてですが、対策の立てようが無く……申し訳ありません。』

『構わない。ご苦労だったな。』


そう……私がテスト対策のノートを作り、渡していたのです。
公開されている過去の問題から出題傾向を読み解き、おそらく出るであろう場所を全て書き写していました。
いつも私は2番手となるよう、95点ほどを狙って取っています。
殿下は全く勉強していないという訳では無かったようなので、97点分の対策だったとしても、100点を取ることがありました。

流石ですねと言われる殿下の姿を見ているのは、正直複雑な気持ちでした。
しかし彼の立場的にも、私は誰にもこのことを話さないようにしていたのです。
私も2位なので素晴らしいと言われたことがありましたが、本来であれば100点を取ることなど容易でした。


「いつまで彼のために時間を割かなければいけないのでしょう……。」


本音がもれてしまいました。
学園ではテスト対策を、卒業してからは仕事を。
ほぼ毎日殿下のために動いていたので、私には休みがありません。
それなのに殿下は他の女性と楽しくしているのです。
私は何をしているのでしょうか……。


セスティナ伯爵令嬢が来ていた日の翌日。
殿下はいつも以上に真面目に仕事をしていました。
書類をテキパキと片付けていき、文句は無いだろうとでも言いたげに私を見てきます。
その様子に対し、私は笑顔で『当然の行いです』と返す。
表情だけのやり取りだけれど、確実に相手互いには伝わっていました。
そんな日が続いたのは、私の予想通り1週間でした。


「シュレア、あとは任せた。」

「……。」


私が言葉を返すのを待たずに、すぐさま部屋を出ていかれるザーディヌ殿下。
前よりもたちが悪いと思います。
これ以降も、半分片付けると『あとは任せた』と言って退室されました。


「半分まで片付けるのは、まだ良い方かしらね……。」


そう思い、ザーディヌ殿下の自室へ行くこともやめました。
何度貴族令嬢を招くのは良くないと言っても、全く耳を傾けないので呆れていたのです。
いつか大人になってくれるでしょうと、見て見ぬ振りをすることにしました。

2年後の18歳、現在かつ先日の話です。
以前より仕事の部屋から退室する回数が減り、週に1、2回程度となっていたので私は少しほっとしていました。
大人に近づいてきた…と思ったのです。
しかし、すぐに間違いだったと気付かされました。
誰に?もちろん殿下本人に、です…。


「シュレア、あとは任せた。」

「……。」

「それと、終わったら私の部屋まで来てくれ。」

「…?」


私が無言なことを気にもせず、いつものように部屋を出ていかれるザーディヌ殿下。
それにしても、自室に呼ぶとは何かあるのでしょうか。
書類を片付けて殿下の部屋を開けると……


「ザーディヌ殿下、シュレアです。」

「入れ。」

「失礼致します。--は?」


目の前に広がっていた光景は、予想の斜め上を行っていました--
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