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6 逡巡
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「結論を言うとね、男も女も好きなの、高校生の頃につき合ってた女の子もほんとに好きだったのよ」
「答えるの嫌ならスルーしてくれていいけどさ、男性にも女性にも同じような……セクシュアルな感情があるの?」
晴也はナツミの気持ちへの興味を抑えられず、訊いてみる。彼は何でもないように、あっけらかんと答えた。
「私は好みの人とは男でも女でもエッチしたいってなるの、でもいざしてみたら女の子を抱くのに違和感があるのよね」
「……ってことは男に抱かれたい?」
「少なくともショウさん、だっけ? 彼には抱かれてみたいな」
晴也はお茶でご飯を流し込みながら、なるほど、と思った。いいんじゃない? とは返せなかった。ナツミは手早くチークと口紅をつけ、立ち上がる。元が整った顔立ちなので、彼は薄化粧でもシャープな美人になる。
「……でもあの人がハルちゃんみたいな可愛らしい系が好みなら、勝ち目無いかな」
「……どうなんだろ、見かけが全てでもなさそうだけど」
ナツミは晴也より大きな足をパンプスに入れながら、振り返った。
「私もやまりんが出禁になって嬉しい」
「ナツミちゃんも絡まれてたの?」
違う、と言ってナツミは眉間に皺を寄せた。初めて見る、怒りと嫌悪がない混ぜになった顔で、完全に男のものだった。
「あいつ私が傍に行ったらいつも露骨にヤな顔したから」
晴也は驚く。少なくとも晴也の前では、山形はナツミにそんな態度を取ったことは無かったと思う。
「私の女装がみんなと比べてイマイチなのは分かってるけど、他のお客さんは優しいしそんな風に態度に出さないでしょ? ぶっちゃけめっちゃムカついてた」
「……そうだったんだ」
「とにかくホッとするわ、ハルちゃんもあんな奴のこと、とっとと忘れて楽しく働こうよ、ね?」
ナツミはお先に、と言って元気に暖簾をくぐって行った。晴也は漬物をぽりぽり言わせながら噛み、未知なる新たな種類のもやもやを覚えていた。
ナツミは良い子だ。今も何気に気遣ってくれ、自分なんかよりよく気が回るし、彼自身がマイノリティとしていろんなものを抱えているから、他人に対して優しい。晶も彼とサシでゆっくり飲んで話せば、彼に惹かれるかも知れない。
でも……それでいいのか? 晴也は昨夜の晶の、初めて見た様々な表情を思い返す。怒りで吊り上がった目、叱られた大型犬みたいに怖がらせたことを詫びる姿、覗きこんできた時の優しい微笑。あれは全て、自分に向けられたものだった。
晴也は一旦バックヤードを出て、客が使っていないのを確認してから、トイレに入る。洗面台で歯を磨き始めて、鏡の中の自分の顔が真っ赤になっていると知る。
俺、あのくそダンサーのこと、友達以上に意識してないか? てか俺、学生時代まで好きな人って女だったよな? ただどの人とも交際に至ってないから、微妙なところ……ああ、ナツミちゃんと一緒なんだろうか、バイセクシャル?
晴也は歯ブラシを口に入れたまま、呆然としてしまう。めぎつねで働くようになってから、ゲイは身近な存在になったし、トランスジェンダー(候補)にも出会った。彼らを奇異だとは思わないのに、自分自身の指向がそちらに近づくのは、どうしてこんなに抵抗があるんだろう?
女装の趣味だってれっきとしたマイノリティだ。会社にバレたら、副業をしているという以上に、まずいと思う。しかしめぎつねで働いてみようと決めた時、ほぼ躊躇わなかった……のだけれど。
口をすすぎ、トイレを済ませて、晴也は鞄からスマートフォンを取り出す。そして晶とのLINEのトークルームを開き、どきどきする心臓に連動して微かに親指を震わせながら、キーボードを叩いた。
「ご心配をかけています、いつも通りに朝も夜も出勤していますから大丈夫です」
打ち込んでそのまま送信した。あ、謝ってなかった。
「昨夜は遅い時間までお世話になりました、迷惑をかけて申し訳ありません。今夜はゆっくりお休み下さい」
今伝えたいことと少し違うような気もしたが、まあ良しとする。友達として感謝の気持ちを伝えよう。その先のことは、まだちょっと保留だ。今日晶はめぎつねに来ないし、明日晴也はルーチェには行かない。少しクールダウンというか、ゆっくり考えることが出来るはずだ。
晴也は口紅と前髪を直し、パンプスに足を入れる。ここは働く人間にとってもお客様にとっても、数時間を過ごす夢の世界だ。難しいことも嫌なことも、引きずるなんて相応しくないのだ。
晴也が暖簾をくぐり店に出ると、ちょうどドアの鐘が鳴り、初めて見る女性の3人組が入って来た。最近めぎつねには新規のお客様が多い。ママがもう一つ面倒を見ているゲイバーより景気が良いというのも、あながち大袈裟な話ではなさそうだった。
「答えるの嫌ならスルーしてくれていいけどさ、男性にも女性にも同じような……セクシュアルな感情があるの?」
晴也はナツミの気持ちへの興味を抑えられず、訊いてみる。彼は何でもないように、あっけらかんと答えた。
「私は好みの人とは男でも女でもエッチしたいってなるの、でもいざしてみたら女の子を抱くのに違和感があるのよね」
「……ってことは男に抱かれたい?」
「少なくともショウさん、だっけ? 彼には抱かれてみたいな」
晴也はお茶でご飯を流し込みながら、なるほど、と思った。いいんじゃない? とは返せなかった。ナツミは手早くチークと口紅をつけ、立ち上がる。元が整った顔立ちなので、彼は薄化粧でもシャープな美人になる。
「……でもあの人がハルちゃんみたいな可愛らしい系が好みなら、勝ち目無いかな」
「……どうなんだろ、見かけが全てでもなさそうだけど」
ナツミは晴也より大きな足をパンプスに入れながら、振り返った。
「私もやまりんが出禁になって嬉しい」
「ナツミちゃんも絡まれてたの?」
違う、と言ってナツミは眉間に皺を寄せた。初めて見る、怒りと嫌悪がない混ぜになった顔で、完全に男のものだった。
「あいつ私が傍に行ったらいつも露骨にヤな顔したから」
晴也は驚く。少なくとも晴也の前では、山形はナツミにそんな態度を取ったことは無かったと思う。
「私の女装がみんなと比べてイマイチなのは分かってるけど、他のお客さんは優しいしそんな風に態度に出さないでしょ? ぶっちゃけめっちゃムカついてた」
「……そうだったんだ」
「とにかくホッとするわ、ハルちゃんもあんな奴のこと、とっとと忘れて楽しく働こうよ、ね?」
ナツミはお先に、と言って元気に暖簾をくぐって行った。晴也は漬物をぽりぽり言わせながら噛み、未知なる新たな種類のもやもやを覚えていた。
ナツミは良い子だ。今も何気に気遣ってくれ、自分なんかよりよく気が回るし、彼自身がマイノリティとしていろんなものを抱えているから、他人に対して優しい。晶も彼とサシでゆっくり飲んで話せば、彼に惹かれるかも知れない。
でも……それでいいのか? 晴也は昨夜の晶の、初めて見た様々な表情を思い返す。怒りで吊り上がった目、叱られた大型犬みたいに怖がらせたことを詫びる姿、覗きこんできた時の優しい微笑。あれは全て、自分に向けられたものだった。
晴也は一旦バックヤードを出て、客が使っていないのを確認してから、トイレに入る。洗面台で歯を磨き始めて、鏡の中の自分の顔が真っ赤になっていると知る。
俺、あのくそダンサーのこと、友達以上に意識してないか? てか俺、学生時代まで好きな人って女だったよな? ただどの人とも交際に至ってないから、微妙なところ……ああ、ナツミちゃんと一緒なんだろうか、バイセクシャル?
晴也は歯ブラシを口に入れたまま、呆然としてしまう。めぎつねで働くようになってから、ゲイは身近な存在になったし、トランスジェンダー(候補)にも出会った。彼らを奇異だとは思わないのに、自分自身の指向がそちらに近づくのは、どうしてこんなに抵抗があるんだろう?
女装の趣味だってれっきとしたマイノリティだ。会社にバレたら、副業をしているという以上に、まずいと思う。しかしめぎつねで働いてみようと決めた時、ほぼ躊躇わなかった……のだけれど。
口をすすぎ、トイレを済ませて、晴也は鞄からスマートフォンを取り出す。そして晶とのLINEのトークルームを開き、どきどきする心臓に連動して微かに親指を震わせながら、キーボードを叩いた。
「ご心配をかけています、いつも通りに朝も夜も出勤していますから大丈夫です」
打ち込んでそのまま送信した。あ、謝ってなかった。
「昨夜は遅い時間までお世話になりました、迷惑をかけて申し訳ありません。今夜はゆっくりお休み下さい」
今伝えたいことと少し違うような気もしたが、まあ良しとする。友達として感謝の気持ちを伝えよう。その先のことは、まだちょっと保留だ。今日晶はめぎつねに来ないし、明日晴也はルーチェには行かない。少しクールダウンというか、ゆっくり考えることが出来るはずだ。
晴也は口紅と前髪を直し、パンプスに足を入れる。ここは働く人間にとってもお客様にとっても、数時間を過ごす夢の世界だ。難しいことも嫌なことも、引きずるなんて相応しくないのだ。
晴也が暖簾をくぐり店に出ると、ちょうどドアの鐘が鳴り、初めて見る女性の3人組が入って来た。最近めぎつねには新規のお客様が多い。ママがもう一つ面倒を見ているゲイバーより景気が良いというのも、あながち大袈裟な話ではなさそうだった。
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