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extra track 陰気な蛹
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「一緒に働く子たちは私を含めて『ノーマル』でない人が多いけど、大丈夫?」
福原は目を瞬いた。睫毛が長く、きれいな形の目をしている。
「えっと、問題無い……と思います、皆さんが好きなのが男性だろうが女性だろうが私には関係無いですし、自由だと思いますから」
なるほど、クールだな。この仕事はみだりにウェットでないほうが良い。
「じゃあただ女装が好きだってことなのかな」
「……高校生の時に一度しただけです、それが楽しかったから忘れられなくて」
淡々としていた福原は初めて感情らしきものを見せた。言ってから恥ずかしそうに俯いたのである。それがやたらに可愛らしい。
「文化祭の遊び半分の女の子ごっこじゃ駄目なんだよ、特にこの店では完璧な女を目指してもらう……お客様は私たちの姿にもお金を出してくれるんだから」
英一朗ははっきり言う。めげるかと思いきや、彼はぱっと目を上げて、僅かに口許を緩めたようにも見えた。
「はい、真剣にやります、教えていただけるのなら覚えます」
金に困っている訳でもなく、M to Fの気がある訳でもなく、ゲイでもないのに、ただ女の姿をしたい。めぎつねにはそんなホステスがもう一人いるが、ゲイの英一朗には、そんな彼らのほうが不思議である。
福原に眼鏡を外し、やけに長い前髪を手で上げてみるように言った。彼は素直に英一朗の指示に従ったが、英一朗のほうが驚いた。陰気で鬱陶しく冴えない男は、知的で人好きのする、そこそこきれいな顔だちの若者に変貌した。白くて髭の薄そうな頬や薄茶色の瞳、少し癖のあるオリーブの色味の髪。体型も相まって、きっと何を着ても似合うだろう。
「仕事の時だけコンタクトに替えられる?」
「え……あ、はい」
即答はしなかったが、それだけ尋ねて、英一朗はほぼ採用を決めていた。接客面がやや不安だが、これは慣れの要素も大きい。小売や飲食の接客の経験があっても、水商売では上手くやれないこともある。
福原はありがとうございました、と丁寧に頭を下げて、来た時と同様、静かに出て行った。立ち振る舞いが雑でないのも良いな。あれは美しい蝶に化けるかも知れない。
久しぶりにときめく面接だった。英一朗はひとりで微笑して、バックヤードに通じる暖簾をくぐり、一足先に仕事を始める準備をする。英一朗を含め全員が兼業のこの店では、ホステスはまず身支度を30分以内に整えることを、目標としなくてはいけない。髪をターバンで上げて、クレンジングシートで肌をきれいにしてから、化粧水と乳液で潤す。英一朗こそ以前は遊び半分の女の子ごっこだったので、こうして丁寧に下地をつくることが美しいメイクの基本であると知り、だから世の中の女性は、毎朝こんな手間のかかる作業をしているのだと納得し、感心したものである。
「おはようございま~す」
ベテランのミチルが出勤して来た。彼はしっかり者で、機転が利くし人気もある。この商売向けだが、本業が堅いせいか店を持つ気など一切無いのが惜しい。英一朗はバックヤードに入ってきた彼に訊く。
「面接に来た子と会わなかった?」
ミチルこと美智生は、え? ときれいな形の眉を上げた。
「ビルの前で就活みたいな眼鏡の男の子とすれ違いましたけど、関係無いですよね?」
そう、とだけ英一朗は答えた。壁の時計を見上げると、開店の35分前だった。
《陰気な蛹 完》
福原は目を瞬いた。睫毛が長く、きれいな形の目をしている。
「えっと、問題無い……と思います、皆さんが好きなのが男性だろうが女性だろうが私には関係無いですし、自由だと思いますから」
なるほど、クールだな。この仕事はみだりにウェットでないほうが良い。
「じゃあただ女装が好きだってことなのかな」
「……高校生の時に一度しただけです、それが楽しかったから忘れられなくて」
淡々としていた福原は初めて感情らしきものを見せた。言ってから恥ずかしそうに俯いたのである。それがやたらに可愛らしい。
「文化祭の遊び半分の女の子ごっこじゃ駄目なんだよ、特にこの店では完璧な女を目指してもらう……お客様は私たちの姿にもお金を出してくれるんだから」
英一朗ははっきり言う。めげるかと思いきや、彼はぱっと目を上げて、僅かに口許を緩めたようにも見えた。
「はい、真剣にやります、教えていただけるのなら覚えます」
金に困っている訳でもなく、M to Fの気がある訳でもなく、ゲイでもないのに、ただ女の姿をしたい。めぎつねにはそんなホステスがもう一人いるが、ゲイの英一朗には、そんな彼らのほうが不思議である。
福原に眼鏡を外し、やけに長い前髪を手で上げてみるように言った。彼は素直に英一朗の指示に従ったが、英一朗のほうが驚いた。陰気で鬱陶しく冴えない男は、知的で人好きのする、そこそこきれいな顔だちの若者に変貌した。白くて髭の薄そうな頬や薄茶色の瞳、少し癖のあるオリーブの色味の髪。体型も相まって、きっと何を着ても似合うだろう。
「仕事の時だけコンタクトに替えられる?」
「え……あ、はい」
即答はしなかったが、それだけ尋ねて、英一朗はほぼ採用を決めていた。接客面がやや不安だが、これは慣れの要素も大きい。小売や飲食の接客の経験があっても、水商売では上手くやれないこともある。
福原はありがとうございました、と丁寧に頭を下げて、来た時と同様、静かに出て行った。立ち振る舞いが雑でないのも良いな。あれは美しい蝶に化けるかも知れない。
久しぶりにときめく面接だった。英一朗はひとりで微笑して、バックヤードに通じる暖簾をくぐり、一足先に仕事を始める準備をする。英一朗を含め全員が兼業のこの店では、ホステスはまず身支度を30分以内に整えることを、目標としなくてはいけない。髪をターバンで上げて、クレンジングシートで肌をきれいにしてから、化粧水と乳液で潤す。英一朗こそ以前は遊び半分の女の子ごっこだったので、こうして丁寧に下地をつくることが美しいメイクの基本であると知り、だから世の中の女性は、毎朝こんな手間のかかる作業をしているのだと納得し、感心したものである。
「おはようございま~す」
ベテランのミチルが出勤して来た。彼はしっかり者で、機転が利くし人気もある。この商売向けだが、本業が堅いせいか店を持つ気など一切無いのが惜しい。英一朗はバックヤードに入ってきた彼に訊く。
「面接に来た子と会わなかった?」
ミチルこと美智生は、え? ときれいな形の眉を上げた。
「ビルの前で就活みたいな眼鏡の男の子とすれ違いましたけど、関係無いですよね?」
そう、とだけ英一朗は答えた。壁の時計を見上げると、開店の35分前だった。
《陰気な蛹 完》
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