痛がり

白い靴下の猫

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16.血が付いたら拭け

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「やめろ!」
切羽つまったさとるの声がきこえて、ますみも廊下に飛び出した。
サシャが泣きながらメイを棍棒で殴ろうとしていた。
さっきの音からすると、既に殴ったのかもしれない。
メイは殴られる気まんまんとしか思えない距離で、サシャの前に跪いている。
なっ、なっ、なっ、なんで?

二人の間に立ちふさがったさとるを、メイのほうがどかそうとしていた。
「あの、これは、私たちの、というか地域特有の問題ですので、どうぞ捨てておいてください。」
さとるは、頑として動かない。
「背中の傷も治ってなくて、足首も、手もひどい怪我して、耳なんて銃で吹っ飛ばされかけたんだぞ。この上殴られたんじゃ、収拾つかねえだろうが!」
サシャは、さとるがメイをかばうことが、既に信じがたいとでも言うように叫ぶ。
「あなたは!ご自分の妻が、ほかの男性に触れても良いですか?!その上、メイは不浄な血を私の夫にかけました!」
昔から不条理に相対したときのさとるは、結構頑固だ。
当然のように今回も顔が険しくなる。
「メイが弟かばってくれたことが問題か?感謝以外何が湧くんだよ!ますみの心臓に弾が当たればよかったか?おかしいぞ、お前!」
さとるの言葉にサシャは蒼白になり、今にも倒れそうに見えた。
本当にさとるの言葉がサシャを切り裂いた気がして、ますみは、たまらずに飛び込んだ。
本当は、助けてくれたメイの味方をするべきで、俺たちの常識では、それは当然だったのだけど。でも一番追い詰められてるのがサシャの気がして。
サシャの肩を抱くようにして声をかける。
「サシャやめて。僕のせいなら謝るから。知らないことたくさんあるのも謝るから。落ち着いて?」
サシャは泣きじゃくった。
ますみは、メイとさとるに目でごめんと合図して、サシャを連れて部屋に戻った。
さとるは、大丈夫だというメイに構わず、彼女を抱き上げる。

何だあれは、何だあれは!
さとるはメイをベッドに下ろすと、部屋の中をどかどか音を立て歩き回った。
ソファーに激しくパンチを二~三発入れると、やっと少し落ち着いた。だが、くるりとベッドの方に方向転換をしてのけぞる。
メイが床に降りて跪いている。
「申し訳ありません。」
「俺の頭をぐちゃぐちゃにしてることを謝ってんのか?お前が助けてくれなければ、ますみのどこに弾当たってたかわからないぞ。普通に感謝させろよ!」
「でも、夫以外の男性に触れたのも、血で汚したのも事実です。」
「血がついたら拭け!他人の最善に文句いうやつは無視しろ!」
ちょっとだけ、面白い話を聞いたように、メイの表情が揺れる。
血が付いたら拭け、か。
「とても合理的なご意見ですが、ここでは難易度高めです。強姦事件がおきたら女のほうが牢に入れられる国なので、血も出した女が悪いという流れですから」
「流れきいてねーわ!嫌な男から逃げただけで女が硫酸で顔焼かれたりするトコかここは?!」
「酸は錆落としとかで有用なので。普通の殿方は火をかけられますね。」
普通じゃねーよ!
「おまえ、賢いだろ?!何か国語も話せてっ。なんで、そんな変な考え方に馴染んでんだよっ。」
「なんで、と言われても・・多数決というか。あの、多分、そちらの引出しに棍棒があります。あなたには、私を好きなだけ殴る権利があります。」
「あるわけねーだろ!常識つかえ常識!」
メイが首をひねる。
「男性が女や子どもを殴ると優越感が得られて楽しい、というのは歴史的には珍しくないかと。日本でもそういう書物やゲームが流行りなのでは?そういう書物を持たれていましたよね?」
そうゆう書物?
あ、学級図書のエロ本、コイツみたっけ?!
いろいろあり過ぎて俺は中身すら見てないぞ!
「誤解だ!」
というさとるの叫びと、
「嬉しかったです」
というメイのつぶやきが、同時におこった。
「は?」
さとるが聞きかえす。今の会話のどこに嬉しい要素があった?
「私は、その、傷がいっぱいあるので。背中の傷も残ってしまうと思いますし。普通の旦那様だったら、傷がある女性に妻だと言われたら、侮辱されたと怒るか、気持ち悪いと蔑むかだと思うのですが、さとるさんは、違うので」
「普通の旦那、の意味を調べなおせ」
「ああいうご趣味なら、傷をみても忌み嫌わなくても道理かもと。いつ殺されたり捨てられたりするかわからないびくびく生活をしなくてよいのはとても嬉しいです」
そういうご趣味でなければびくびく生活なの?!
「・・・よし、わかった。俺は今からそういうご趣味だ。もうそれでいいから、変な心配するな」
畑里、畑里。お前の言うとおり、妄想と現実は全然違うな。これは凹むわ。俺が悪かった。
ひどい苦虫顔になって、黙々とメイの世話を焼くさとるをみて、メイの口調が砕けた感じになる。
「えへへ。出血多量で弱々しくなったら、私を『そういうこと』に使いたくなるかもしれませんよ」
さとるの手が止まって、一瞬、メイの様子をうかがうような顔になったが、メイの目がいたずらっぽく笑っているのを見て、動きだす。
「アンタの怪我は危なすぎるっ!出血多量とエロは別次元だと覚えてくれ!」
「先進国は、ディテールにこだわりすぎです」
「お尻ぺんぺんレベルと銃弾で耳吹っ飛ばされかけた挙句棍棒で殴られるのは、ディテールの違いじゃねぇの!」
クスクスと、メイが笑う。その表情はとても優を想い出させた。
「なんか食えるもん作ってくるから、おとなしくしてて!あ、薬のんでな!」

厨房に入ると、オレンジからジュースを絞って持っていこうとしているサシャがいて、さとるに黙って少し頭を下げる。
ますみと話しておちついたらしい。
「あー、悪い。ちょっと横、貸りる」
さとるのほうも、思ったより普通の声が出て、落ち着いている自分に驚く。
メイが笑った効果か。
「あなたの屋敷ですから、お断りにならなくて結構です」
お互い落ち着いたからといって会話が繋がるわけでもなく、さとるは気まずさを感じながらも、おかゆやスープを作り始める。
サシャは、自分が使えないジューサーや圧力鍋を自在に操るさとるを、奇異なものを見る目つきで見ていた。
「信用できない人ですね。それは、メイのためですか。メイが嫌いなのに?」
「・・・は?俺がいつ嫌いっつったよ」
「ここまで怒鳴り声が聞こえました。あなたの行動は私たちを困惑させます」
さとるにすれば『怒鳴ったっけか?』という程度の掛け合いだった。メイが優みたいな受け答えをしてくるから。
「あー、ますみは怒鳴らないよな。よかったな、好みの男にあたって」
「はい。私はメイが嫌いですが、メイに同情できる位あなたに困惑します。きっと、メイも同じだと思います」
同情、か。
うーん、棍棒で殴ろうとしてたやつが同情する程、自分の態度はまずいだろうか。
「わざわざどうも」
さとるはそっけなく答えながら、どうすればやさしいとおもわれるか考えてみる。
ますみのような言動も不可能ではないが、相手によって同じ言動でも違って感じるのが世の常で。
なんとなく、嫌がられそうな気がするのはひがみだろうか。
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