痛がり

白い靴下の猫

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23.あんたもノウハウパーツじゃない!

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敦子からティールという会社で技術プレゼンをしろという要望が来た。
優が取引先の第一候補に考えていた企業で、強磁性体の性能を実証したら仮契約に進むと言ってきたらしい。
優と敦子が良いと思ったなら否やはない。
ただ問題は、ティールとの話し合いが、ホゴラシュではなくて周辺国扱いのセジスタン地区の支社が提案されたこと。
セジスタンは独立国で、ここら辺ではかなりまともな国だ。ただ、セジスタン地区は国際的な地図上ではセジスタンだが、実際はホゴラシュ、的な微妙な地区。セジスタンは積極的に自分の領土ではない、と言わないだけでないものとして扱っていた。ただ偶然が重なってこの地区が経済的にそこそこ回ってしまってセジスタン本国に益を与えるようになった。セジスタンは経済にダメージ与えるような攻撃をしてこない限り、将来的にも自分だけのモノだと主張しないし、逆に、国際社会にセジスタンではない、とも主張しないとホゴラシュに盟約したわけだ。国と認められていないホゴラシュにとって、国際社会に認められている独立国の一部が使いたい放題なのはありがたかった。
結果的に、警察組織はセジスタン系で、まともな国のように存在する、不思議なホゴラシュの1地区のように扱われるようになった。

で、すっかりわすれていたが、あかりの情報によれば、ますみとさとるは周辺国で警戒対象になっているらしい。警察組織がセジスタンなら、技術プレゼンにますみがのこのこ出ていくのはまずいのだが、原材料をどう確保するかという話や、磁性体に変わる原理の話もしなければならないので、どう考えてもますみが適任だった。

敦子の話では、実物を見せればノウハウの開示までは求められないだろうという話だったが、サシャの提案で、前加工を終えたサンプルをもっていって、仕上げの部分だけを見せることになった。

さて、どうやって安全に、サシャとますみを送り出そう?
あかりは、セジスタン地区までなら双発機で飛べるから、軽く変装していこうと提案した。
そして。

「よしっ、と。どう?」
ますみのまえにイスを移動して作業に没頭していたあかりが、得意そうな顔でますみから離れた。

肩まであるストレートヘアのウィッグと、化粧だけで。

なんだその頬、毛穴がないだろっ。
どうした、そのぷっくりした唇は!
上向いたまつげもびっくりだが、なんか二重の幅が違う⁈
「う、そ、だろ?」
そこには壮絶な美少女が居心地悪そうに微笑んでいて。
「ますみ?おまえ、すごいぞ・・・」
「バレないと思う?」
バレない、とは思うが、すごく目立つんじゃなかろうか。
サシャの服を借り、顔の下半分をヒジャブで隠すと、かろうじて一般的な美女、ぐらいまで目立たなくなってほっとする。
相変わらず、特技が多いな、同級生。


ますみとサシャを送り出した後。
優の残した資料を片っ端から読破していくあかりが、いくつかのサンプルの特性値を見てうめき声をあげた。

こんな数値ありうるのか。
これってもうどうみても、レアアースじゃなくて、メタマテリアル。
磁力を好きな大きさで好きな時に出し入れ出来て、好きな方向にまげたり避けたりでき、好みで減衰させたり増幅させたり、飛ばしたりもできてしまう。

ホゴラシュで内戦のために消費する金銭を手っ取り早く稼ぐだけならともかく、海外メジャーに売り込むなら、このメタマテリアルの設計ノウハウがあるのとないのとでは価値の差が数十倍出ても驚かない。
その後に並んでいるのは、現状ただの謎のデータの羅列。
人工知能で分子の立体構造を計算させるための基礎的な情報セットだと思うが、あかりには使い方も意味もまったく分からない。

あ、人工知能、って一応さとるの守備範囲か。
だめでもともと。

あかりはキッチンでのんきにバニラアイスを作っているさとるのお尻を蹴飛ばした。
隣にいたメイがちょっと後ろにさがるのを見て、悪いことしたかも、と思うが手も頭もふさがっていてそれどころじゃない。
「ねぇ、ちょっと!この意味わかる?」
あかりがさとるの目の前に、ぬっとタブレットを突き出す。
さとるはそれをちらっとみて、興味なさげに言った。
「家探しでハズレが混ざったな。残念ながら読み解く意味ないぞ。それ俺のなんちゃって卒論だよ。計算上興味深いってだけで、そんな物性の原料ないからな」
「・・・は?卒論?高校卒業の時の?」
「私立名物な。お前もやらされたろ」
「そ、それっ、優さん絡んでた?」
「あー、あの時、俺キックボクシングの試合近かったから、ネタ考える時間なくて、優にテーマ設定手伝ってもらった。あんなに手伝ってもらったの、小学校の時の夏休みの自由研究以来だな」
ガラガラガッチャン
あわてたあかりが洗い終わった皿を倒す。

何が、化学苦手だからますみに任す、よ。あんたもノウハウパーツじゃない!
「ど、ど、ど、ど、どうしよう?」
「何が?」
「これも、っていうか、これ頭に入ってるあんたもノウハウパーツよ。レアアースとメタマテリアルじゃ金額の桁が違うじゃない!ますみ君に持たせた契約案取り返さなきゃ!商売人畑里あかりの名が廃るわ!」
「ゆってる意味がわからないぞ、畑里」
あかりは、論より証拠とばかりに、タブレットの画面を変えてさとるに押し付ける。
「これ、ここの希土類加工してできた磁性体の物性値!」
タブレットを顎で受け取ってからやっとバニラアイスのボウルを離し、
「・・・げ」
『そんな物性の原料はない』ハズなのに、小数点以下までかわらず同一の物性値をみて、さとるは固まった。あったのかよ!
あかりは衛星電話で早速敦子に電話している。
「敦子さん!いきなりすみません、うちの親に、優さんからメタマテリアル系の特許明細書を託されてないか聞いて・・・え?国数が多いのと、実施可能要件違反が来そうでビビってる?ああ、具体的な作り方なるべく隠してモノだけ取ろうとしたからか。すぐに出させて、通せなかったらクビだと脅して下さい!それから・・・」
クビだと脅せとか、相変わらず親相手でも容赦ないなと、さとるが感心する中、あかりもしゃべり続けるが、電話越しに敦子の声も聞こえ続ける。
こいつら、聴くのとしゃべるの同時にできるんだろうか。
首をひねるさとるに、メイが遠慮がちに声をかける。

「あの、すみません」
「おう、どうした?」
近くで声をかけられるのが嬉しい。
ちょっと、その、じぶんがやらかしたフォローがちゃんとできていない感じなのだ。
あのあと捕まえて、好きだと何度も言ったが、言い訳だと思ったらしく、流されている。
どうやったら伝わるのだかわからないまま、数日が過ぎていた。

さとるが、われながら尻尾を振ってる犬の気分だと自覚しながら、顔をあげると、メイが申し訳なさそうな顔で、タブレットを覗き込んできた。
「あの、メタマテリアル設計側のノウハウは、ティールとの関係が確定してから開示していただくわけにはいかないでしょうか」
「なんで?!」
と勢い込んで聞いたのは、さとるではなくてあかりだ。
「敦子さん、ごめんなさい。またかけます!」
そういって電話を切ると、あかりはメイの真正面に座った。
「メイ、ひょっとして、化学系の合成だけじゃなくて人工知能系の設計にもノウハウパーツがあること知ってた?」
「・・・はい」
「なんで言わなかったの?サシャだって・・」
「ごめんなさい、まだそこまで踏み込んだ取引じゃないし、下手に知っている方が危険だと思って・・・。あと、サシャは、知りません」
「・・・へ?」
「サシャは、一族に期待されていて、立場的にホゴラシュ国内の有力者の意向を無視しにくいので、メタマテリアル側のノウハウを教わったのはしがらみの少ない私だけです」
「えーと、優はホゴラシュ国内の有力者を相当警戒してたってこと?」
「はい。単なる強磁性体段階なら、使い道も防御銃とかで、それほど問題ないのですが、メタマテリアル設計してしまうと、都市伝説レベルの電子パルス兵器とか簡単に自作できるようになってしまいますから」
追い詰まった内戦国で、その情報を転がすのはさすがにまずい。それを手にした勢力が、世界中の電子機器に、いつでもどこからでも落雷を落とせるのと変わらなくなってしまう。
「ご、ごめん、あさはかだった」
あかりが両手をあげてメイに詫びるが、メイは恐縮したように首を横に振った。
「いえ。ティールのような多国籍メジャーなら、ある程度国際社会の監視の目が入りますし、磁力発電だろうが、落雷回避だろうが、磁気浮力だろうが平和的な使い道はいくつも考えられますから、畑里様の行動はこの上なく正しいと思います。ただ、メタマテリアル設計のノウハウパーツがあることを知られた後に決裂して、ティールの庇護が得られない場合、国内勢力が総出で私たちを襲うかと。そうなると逃げられないと思います」
あかりが泥で煮た銀紙でもかんだような顔で聞く。
「・・・ねぇ、国内勢力って、ゼルダも入るわよねぇ」
「筆頭ですね。ホゴラシュでは一番まともな企業ですから」
「敦子さんのところに、ゼルダから脅迫メールが来たの。ティールに兵器を売るつもりなら容赦しない、交渉者を殺すって」
「兵器、ってゼルダが言ったのか?で、交渉者って、メイとサシャ?」
「名指しじゃなかった。敦子さんも私も、メタマテリアル認識なかったし『兵器』にもピンと来なくて、他にも山ほど脅迫来てたから、根拠なしだと思って流しちゃったんだけど」
俺たちの認識を超えたまともな情報を持っていた可能性があるわけか。

ゴツッとすごい音がして、顔を向けると、メイが真っ青な顔で自分の頭を殴っていた。
うわぁ。待てや、拳で自傷する気か!
「ちょ、どうしたの、メイ」
さとるがコブになり始めている頭に手を当て、あかりが慌ててメイの手を抑えるが、メイの顔色はどんどん悪くなる。
「思い、出せない。私、ノウハウパーツのこと、吐いてないはずなのに。でも、ゼルダが知っているなら私のせいかも・・シューバ様に気どられた?」
メイが頭を抱える。
婚約者として家に入れられる直前、敵でないことを確かめるという名目で、かなり強い薬を打たれて錯乱状態に陥った。
あの時に、何かを口走ったのだろうか?
「シューバってあれか、メイの元婚約者」
「んでもって、秀才で名高いゼルダの次期総帥だわね」
メイが必死で薬で錯乱した時の記憶を呼びおこし、兵器につながる記憶を引っ張り出そうとする。
体が震えて、呼吸がひどく浅くなるが構ってなどいられない。
どんどん思考の中に潜っていこうとするメイを、さとるが横から抱え込んだ。
「やめとけ。多分、具体的な情報じゃない。脅迫の半端さから考えて、兵器転用できるかもって疑いとカマかけレベルだ。メイは何も悪くない」
それよりなにより、錯乱時の記憶なんて辿るな。体に悪いんじゃないのか。
「でも、ティールに物性値みせますよね。カマかけでもなんでもそういう契機がある状態でメタマテリアル慣れしたティールの技術者が見れば、分子並べ替えやすそうだな位は気づくかも。そうしたらゼルダは確信無くてもリスク排除に出ちゃう」
「そんな直結な・・・って、何よ、ティールにゼルダのスパイがいるわけ⁈」
「います」
あっさりとメイが認める。どうやら獲られた情報量に見合う以上の情報をとって来ているらしい。
「待った。それ総合すると、サシャとますみがヤバくないか?」
希土類を加工した強磁性体を売る分には、ゼルダをはじめとした国内勢力も正当な取引候補者だし、危険は少ないと思っていた。
だが、兵器転用もできるノウハウを抱えて海外資本と独占取引しようとしていると思われた途端、武装勢力が黙っちゃいない。誘拐一直線だ。
三人は顔を見合わせ、無言2秒で合意を得る。
「追っかけて保護するわよ!あと、ティールも煽ってさっさとうちらを庇護したくなるようにする!」
「おう!メイ悪いけど武器準備してきて。畑里は飛行準備と敦子姉に連絡な。で、俺に15分だけくれ、これ頭につっこんで、ティールをたらし込むネタ拾うから」
タブレットを抱え込んださとるの集中力が上がっていくのを感じながら、メイが部屋を飛び出した。
あかりも飛び出しかけたが、一瞬迷ってさとるに駆け寄ってささやく。
「ねぇ。優さんが、メイだけに教えたことがあったとしたら、サシャが気づかないとは思えない。どんな些細な手がかりもしらみつぶしにされたと思うし、多分、情報漏れたのも、メイ経由じゃない」
優がメイを頼りにした結果生まれてしまったサシャの劣等感や嫉妬というものは、メイが思っているほど甘くはない、とあかりは思う。
その分、サシャが裏切る可能性は上がってしまう。
さとるが、『このカッサンドラめ』という顔をしたのを確認してから、あかりは走り始めた。

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