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白狼の憂鬱

昼、宦官は甘味の罠を知る②

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「黒花、受け取った宮餅はいくつあった?」

 銀月に尋ねられた黒花は手で大きさを示しながら「十です」と答えた。宮にいる人数より多いのは、帝姫の身分に慮っての事かそれとも単にキリの良い数かは白狼には分からない。
 日頃の扱いを考えるに身分に慮ってという線はないだろうが。いや、待て。十ということは乾清宮に行っていた自分を数えなければ一人頭二つ分ということか。自分が戻ってきたせいで個数の割り当てに不平等が生じたのかもしれない。

「それがさっき見たら二つ減っていて……」

 十のうち二つも減ったとなれば、それは確かに相当な問題である。白狼の額に嫌な汗が滲む。これは、よろしくない。白狼はそうっと口を閉じ、みんなの輪の中央に座り直す。
 肩を落とし見るからにしょげる黒花に、銀月はわかったと頷いた。

「では私は食べぬ」
「え? 何をおっしゃっているのですか」
「よい。黒花、その分はお前にやろう」
「そんな! あれは縁起物です。姫様が召し上がらずにどうされますか! 黒花、お前のわがままでそのような事は許されませんよ!」

 黒花の返事を待たずに翠明すいめいが声を上げた。怒鳴られた黒花はまずいっと首を竦める。

「とはいえ、あれは相当甘いだろう?毎年、ちょっと私の口には合わずに閉口していたところなのだ」
「いえ、なりません。黒花、我慢なさい。また来年があるではないですか」

 侍女頭にそう諭されては黒花も引き下がるしかないのか、細い肩を一層落として項垂れた。気落ちしたその背に小葉が気づかわしげに手を添える。

「では、宮の皆で分け合えばよいではないか。小葉、それぞれを切り分けてくれ。そうすれば皆で等しく食せるだろう」
「承知しましたが、物凄く小さくなりますけど……?」
「それは仕方ない。黒花もこれで承知してほしい」
「はい……」

 がっかりしながらも銀月の気遣いは理解している黒花は、小さく頷いて引き下がった。小葉はすぐさま宮餅を切りに厨房へ下がり、張り詰めていた部屋の空気が緩む。白狼の方からも力が抜けた。
 しかしそれでもやはり思いきることが難しいらしい。肩を落とした黒花の口から深いため息が漏れた。

「そ、そんなに好きなの?」

 おずおずと切り出せば、先ほどとは打って変わって力なく振り返る侍女の姿に胸が痛む。

「……毎年これが楽しみで宮仕えしているといってもいいのに‥‥ナツメ餡の宮餅……甘くて、ちょっと歯ごたえがあって。自分で作るのとは全然違うのよ」
「ナツメ餡? あれ?」

 白狼は鼻に抜ける風味を反芻する。

「ナツメ餡じゃなくて、すんげえ匂い桂華茶みたいなやつだった気が……?」
「え?」

 え、という顔をしたのは黒花だけではなかった。近くに佇んでいた銀月も、警備に赴こうとしていた周も、卓に茶を用意しようとしていた翠明も、皆等しく振り返った。

「ちょっと、白狼……?」

 底冷えするような黒花の声が頭上から降りかかる。いや、底冷えとは生ぬるい。地獄の底から響くようなどす黒い気配に襲われ、あ、と気が付いた白狼は身を竦めた。
 お前というやつは、という銀月の声がやけに遠い。

「……やっぱりあんたが食べたんじゃないの!」
「あ、いや、待って黒花さん! これにはちょっと訳が……!まさか黒花さんがそんなに楽しみにしてたとは知らなくて!」
「このコソ泥! 最近ちょいちょい食材が減ってたのも、もしかしなくてもあんたのせいかあぁぁぁ!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!」

 怒髪天を突くという表現では足りないほどに怒気を孕んだ黒花の叫びが承乾宮に響き渡る。食い物の恨みは恐ろしいということを、白狼は身をもって知ることになったのだった。

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