【実話】私は人生を諦めた〜教育委員会の対応〜
たったの一年間で人間は壊れていく。心身を壊した人間の人生を綴る。
その後の教育委員会や文科省、公的機関の対応までも事実を書きます。
ノンフィクションでお伝えする自身が経験した体験談
決して、自殺予告等ではありませんのでご了承下さい。
ただの自分語りです。
ただ、生徒として悩んでいる方、保護者として悩んでいる方がいるならば、教育委員会に似たような対応を取られていないか。そして、どのように対応すれば良いのか。少しでも参考になれば。と思います。
教育実習生も大変ですね。
指導教師との相性もあるから、あまり気にしない方が良いと思いますよ。
後、教頭が『 無駄な時間 ウンヌン 」と、やらも気にし過ぎしないようにした方が良いと思います。
私の勤めていたお店に予備校の講師( その世界では有名人で人気講師らしいです)がお客様でいましたが
「 学校の教師の授業、そのものが『 無駄 』だ !
大学生の家庭教師の方が、よっぽど上手に教える 」
と、言っていました。
特に英語教育は「学校教師が『 無能 』だから駄目なんだ」
と、愚痴を言っていました。
「 リスニング はおろか、話した英語も外国人に伝わらない、冗談みたいな教師が学校に居るから駄目なんだ ! 」
とも言っていましたね。
( かれこれ 20年くらい前なので守秘義務違反は時効ですよね)
たぶん、今も 20年前も 学校は変わらないと思います。
変化、進化を嫌い 現状維持に固執する人間の集まりだからです。
道徳なら、指定の教材を使った授業でも、いくらでもやりようがある気がするな。
その「やりよう」を指導担当の先生が許可するかは別として。
たとえば、電車では高齢者に席を譲りましょうみたいなテーマの教材だったとして、
「自分は実際に譲れると思う人は立って」
とか言ったら?
譲れない子は、要は行動を起こせない子だから、立てない。
立てない子の方が多かったら、立てなかった子の一人をさして、「どうして譲れないと思った?」と聞いてみるとか。
少数派に質問すると子供が責められてると思って怖がるから。
多数派に「みんな立てないね。何人かに理由を聞いてみようか」みたいに。
朗読も「読んだ人は後であてない。読みたい人ー」って言えば、手をあげる子はいるんじゃないかな?
先生の質問に答えるより、読むだけの方がラクだから。
道徳は比較的、教材が陳腐でも先生のセンス次第で意味のある授業にできる科目だと思う。
教育実習生にセンスのある授業を求めてるわけじゃなくて、工夫しやすい科目だからこそ、自分なりにこういう風に授業してみたいというのを実践で試すチャンスを与えてくれてるんじゃないのかな?
だからって、教材を使わないっていうのは自由過ぎだけどね?
そこまでいったら、学校の先生じゃなくて塾の先生やカテキョになった方がいいから。
無償の義務教育はなるべく均質に行わないと不公平になるからさ。
昼休みの私語禁止について、パンデミック前のことですという注意書きが入ってなかったりするあたり、
(パンデミックの渦中なら禁止で当たり前だから)
学校や教材が悪いのか、みゆきさんに教育がわかってないだけか、今のところ、ちょっと悩ましい内容です。
最近の教材や試験が迷走してるのは私も知ってるけどね…
私が知ってるのは数学の教科書と試験だけだけど、あれはヒドイ。日本の数学は死んだ。あんなの数学じゃない。