死神は悪役令嬢を幸せにしたい

灰羽アリス

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[24]ミッション⑥開始

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 玄関ホールに向けて、階段を降りていく。死神は後ろをついてきた。
 直立不動で待つキッド様を確認する。きっちりと撫でつけられた明るいブラウンの髪は清潔感があるし、焦げ茶色に金の刺繍の服も彼によく似合っていた。
 ひゅう、と死神が口笛を吹く。

「やっぱりキッド様にしとくか?」

「言ったでしょう。私の目的はただひとつよ」

「お前って男見る目ないよな」

「シッ。黙って」

 礼をとり、にこりと笑う。

「急なお願いだったのに、ありがとうございます」

「とんでもない。ぼくこそ、選んでもらって嬉しい」

 今夜はアレクとルルの婚約発表パーティー。キッド様にエスコート役を頼んだのは今朝のことだった。デートのお礼と共にお誘いの文句を添えた手紙を早馬で届けると、彼は快く了承してくれた。彼も元々パーティーの招待客だった。

 デートで長い時間一緒に過ごしたばかりなので、二人の間に流れる空気は打ち解けたもの。馬車の中、穏やかな時間が過ぎていく。

 キッド様と共に過ごすのは、アレクの嫉妬心を煽るため。それだけのために、私は彼を利用している。

 キッド様にエスコートを頼む手紙を出す前、悩む私に死神は言った。

『憧れの女と恋人ごっこができるんだ。結果、お前が伯爵を選ばなかったとしても、いい夢が見れたと満足するさ。気に病むことはない』

 ひどく自分勝手な言い分なのはわかってる。
 だけど、死神の言葉で、キッド様に対する罪悪感が多少薄れたのも事実。
 目的のためには仕方がないのだと、自分に言い聞かせる。
 私の目的は、アレクの心を取り戻すこと。そして、再び婚約者に返り咲くこと。そうしてすべてを手にして死ぬことで、アレクの心に永遠に消えることのない傷……私への深い愛を植え付ける。その傷は長い年月をかけて成長する。植物が根や枝葉を広げ育つように。悲しみに沈む中、思い出の中で、アレクは私を愛し続ける。
 ───運命の日まで、あと、30日しかない。時間がない。ジリジリとした焦りが肌を泡立たせた。

 今夜のパーティーには国中の有力貴族が残らず招待されている。なにせ、ただのパーティーじゃない。王太子の婚約発表パーティーなのだから。
 会場となる王城の一室は、予想通りの盛り上がりを見せていた。人々の熱気と喧騒に、息がつまりかける。

 アレクとルルはどこかしら。
 挨拶の順番は高位貴族からだと決まっている。公爵令嬢である私は早々に挨拶しに行かねばならない。
 どんな顔して会えばいいの。
 二人の仲睦まじい姿を見れば泣いてしまうかもしれない。
 もしくは、突発的な怒りに襲われて、怒鳴り散らすかも。死に際の様子が記されるという死神の手帳には、"ルルを殺害しようとして失敗、自殺"となっていたけれど、有り得そうな展開だ。ルルの笑顔にその辺にあるナイフを突き立てたり、ワイングラスを投げつけたり。

『深呼吸』

 ふと耳元で声がし、振り向くが誰もいない。

『キョロキョロするな。前を向け。ぶつかるぞ』

 死神だ。そういえば、私の影に潜むとかなんとか言っていたっけ。彼が影に潜るところは見ていない。
 ドレスが作る影を見る。何も変わった様子はないけれど………

「そこにいるの?」

 小声で聞いてみる。

『ああ』

 不思議。声は耳元でするのに。どういう仕組みなのかしら。

 死神が近くにいる。そう思うと、少しだけ勇気が湧いてきた。

「大丈夫ですか」

 キッド様が気づかわしげに聞いてくる。
 きょとんと彼を見上げる。──もしかして、死神との会話を聞かれていたのかしら。慌てるも、

『俺の声はお前以外には聞こえない』

 と、すかさず死神。
 ……ということは、周りには私が独り言を言っているように見えるのね。気をつけないと。

「……当時を思い出して辛くなっていないかい? その……」
 
 キッド様が言わんとすることに、すぐには気づけなった。それだけ、平気だということだ。
 アレクと私の婚約発表パーティー、その会場も、まさしくここだった。
 安心させたくて笑ってみせる。

「あの頃、私はまだ幼くて、パーティーのことはほとんど覚えていないの。眠くなって早々に部屋に運ばれたことをぼんやり思い出せるくらいで。だから、辛くありません」

「しかし、これから挨拶もあるし……顔を合わせるのが嫌なら、無理に会わずとも代理人を立てて──やはり、帰りましょうか」

「ご心配にはおよびませんわ。ここまで来たら直接挨拶をします。逃げ帰るなんて、負けたみたいでなんだか悔しいでしょう? 私を捨ててどれだけ幸せになったのか、拝んでやるわ」

 強い言葉に、キッド様は目をぱちくりさせた。そして、苦笑する。

「お供します、マイレディ」

 進み出ると、人々の群れが割れ、一本道ができる。その先に、アレクとルルがいた。アレクがまとう白地に金の刺繍は、王家の正装。そして、ルルを見て愕然とする。──ドレスの色が被ってる!
 私が着ているのは薄紫のAラインドレス。さらりとしたレース生地で、腕と背を広めに見せている。死神が私の目の色に合わせて用意したものだ。
 一方、ルルはプリンセスラインのドレス。私のより少し濃い紫色だけれど、同色の部類。波打ったレースの上に、カーテンのような厚手の生地がふんだんにあしらわれている。腕や鎖骨、肩や二の腕はしっかりした生地で隠される。あちこちに宝石がちりばめられ、王家の財力をこれでもかと見せつけられるドレスだった。
 周囲から刺さる視線が痛い。
 くすくすと笑い声が聞こえる。私に向けられたものか、ルルに向けられたものか、馬鹿にするようなささやき声。その雰囲気に、怯んでしまう。
 ああ、どうしてルルの衣装を調べておかなかったのかしら。そうすれば、避けられた事態なのに。

『胸を張れ。堂々としていろ』

 はっとする。死神の言葉は、いつだって私の背中を押す。
 
 心配そうに揺れるキッド様のブラウンの目と視線を絡め、大丈夫だと頷く。
 彼のエスコートで、一歩一歩ゆったりと、アレクとルルに歩み寄った。優雅に礼をとる。

「今夜はお招きいただき、ありがとうございます。お二人の幸せな時間を共有させてもらえて、とても光栄ですわ」

 ちらとアレクを見ると、視線が合う。びくりと彼は肩を震わせた。
 何を思っているのだろう。本当に来るとは思わなかった? それとも、私が来て嬉しい?
 お互いに探り合うような、視線のやり取りが続いた。1分か、2分か、実際は10秒に満たなかったのかも。やがて、アレクが微笑んだ。

「フィオ」
 彼は心から嬉しそうに私の名を呼んだ。

 嬉しいはずなのに、悲しみと共に、怒りが湧いてくる。
 今夜はアレクとルルの婚約発表パーティーだ。なのに、ルルの前で元婚約者を愛称で、しかも親しみを込めて呼ぶなんて。周りが見えていないの? 困惑と、非難の視線が。
 ───馬鹿ね。

 しかし、私も微笑み返した。最高の微笑みを。アレクの頬に朱が差した。

『いいぞ、いいぞ、もっとやれ!』

 死神が煽りたてる。

「来てくれて嬉しい」

「殿下の大切な日ですもの。駆けつけないわけがございませんわ」

 楽しげなアレクに調子を合わせると、再び沈黙が訪れる。視線だけの会話。アレクは落ち着きなく、唇を噛んだ。
 何か言いたげ。けれど、彼の発言を待つ気にはなれない。視線をはずし、ルルに軽く会釈した。

「とてもお綺麗だわ」

 ストロベリーブロンドの髪は編み込まれ、後ろできっちりまとめられていた。王家の伝統的な髪型だ。肌を極力見せないドレスもそう。堅苦しい。まるで、以前の私のよう。
 コルセットのないAラインのドレスに巻髪を流した私の姿とは対照的。
 ルルが今、何を思っているか手に取るようにわかる。
 きっと、自由を奪われたように感じているでしょう。けれど、貴方が選んだ道はそういう道なのよ。自由なんてない。あるのは伝統と格式だけ。アレクの愛を望んだ代償は大きい。

 ルルは黙りこくり、睨んでくる。
 彼女がここまで嫌悪を表情に乗せることは珍しい。いつもの胡散臭い笑顔より、よっぽど好感が持てた。彼女を歪ませているのが私だと思うと少しだけ愉快な気分になる。
 
「ご婚約、本当におめでとうございます」

 おめでとう、その言葉がするりと出てきたことに自分でも驚く。

『邪気のない言葉ほど嫌味に感じるものはないよなぁ。強くなったな。偉いぞ』

 死神が鳴らす拍手が聞こえる。強い? 偉い? 気分は益々高揚する。笑みをルルに向ける。と、

「ひどい!」

 ルルが叫んだ。

「フィオリアさんがひどいよぉぉぉ」

 わぁぁぁ!とルルが泣き出した。


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