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第一章 辺境伯領
春の嵐3
しおりを挟む差別、いじめ、暴力の表現があります。
苦手な方は回避してください。
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「こいつ、あの黒髪黒眼の奴じゃないか?」
私のことを黒髪黒眼、と言っているのは聞き取れた。
こちらに来てから、私を見るとみんな驚いた顔をするからどうしてだろうと思っていたら、ロイトン先生が説明してくれた。
私の髪と瞳の色は、この国ではまずいない珍しい色だと。だから、あまりいい感情を向けられない事もあるかも知れないと心配そうに言っていた。
今、まさにその悪感情に晒されている。
「何してるんだこんな所で」
私の前に立ち塞がり、威圧的に見下ろしてくる。
「ようじです。もう、いきます」
早く退いてよ! と言う気持ちを込めて睨みつけてみる。全然効果なし。
そうすると、面白そうにニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「なんだ、言葉も分からないのか」
こうして身体が大きくて男の人であるというだけで、歳下かも知れないけど囲まれると怖い。
「とおります。そっち」
目の前に立つ男の横を通り抜けようとして塞がれる。反対も塞がれる。何度も繰り返す。
「こまります」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたまま、何やら言っているけど私にはよく分からない。分からなくて良かったのかも。
もうこれ、完全にイジメじゃない? 退いてよ! 具合悪いんだから!
「あっ」
そうこうしていると、横から伸びた手にニット帽をむしり取られた。帽子を取られた私の顔をまじまじと見る。
「うわ、本当に真っ黒だな」
「気持ち悪い」
汚いものを見る様な視線に晒され心臓がギュッと縮む。
アンタたちの方が汚いから!
涙が出そうだったけど負けたくなくて、手を伸ばし帽子を取り返そうとしても全然届かなくて。
「ぼうし、かえす!」
何を言っても片言の言葉を笑われる。具合の悪さも相俟って、心が挫けそうだった。
「ホラ!」
突然肩を強く押されて、尻餅をついた。雪解けで道が濡れていて、ズボンがあっという間に汚れる。
「なんでこんな奴を閣下は面倒見ているんだ?」
「奴隷じゃないのか?」
「そういう趣味なのかもな」
そうしてゲラゲラと笑う。
何となく私のことだけじゃなく、他の事も笑われている気がして凄く気分が悪くなった。
この子たち、本当に騎士なの? 騎士って貴族の人がほとんどなんだよね? 貴族ってこんなに下品なの?
もう嫌だ。関わりたくない。邸に戻ろう。
そう思って私は素早く立ち上がり、踵を返して来た方向に戻ろうとした。
「おい、どこに行く!」
強い力で腕を掴まれる。痛い!
これまで経験したことのない強さで掴まれ、引っ張られた。
「かえります。うで、はなす、してください!」
「帰る? どこにだよこの先は辺境伯邸しかないだろう」
「お前、辺境伯邸で暮らしているのか?」
一際身体の大きい、大人にしか見えない男が眉間にもの凄く深い皺を刻んで見下ろしてきた。
腕が痛い。とにかく離してほしい!
側にいた、あまり身体の大きくないヒョロッとした子が、ふと口を開いた。
「なあ、こいつ。なんか女の匂いがする」
おんな、と言う単語に思わず肩が跳ねた。『女』と言った。『匂い』とも。
ゾッとして腕を振り解こうともがく。
すると、腕を掴んでいる男は表情の無い目で言った。
「なら脱がせて確かめようか」
引き摺られ、上着を剥ぎ取られる。
暴れて腕を振り回したら、誰かに当たった。顔に当たったらしく、「うぐっ!」と言って鼻を押さえている。それを見て周りが笑った。
「コイツ!」
バシッとすごい衝撃で叩かれて地面に倒れた。頬が痛いと言うより熱い。口の中に鉄の味が広がった。足首を掴まれて引き摺られる。
心臓がバクバクと物凄い音を立てている。
やめてやめてやめて!
怖い、こわい、助けて!!
どうして!!
足をバタバタして逃れようとしても、鍛えている彼らに敵うはずもなく。煩わしかったのか、また殴られる。何度も殴られる。お腹も蹴られ、口から血なのか胃液なのか、何かを吐き出す。
「大人しくしろ!!」
ズボンに手をかけられ、着ていたニットも裂かれた。目の前が暗くなり絶望した、その時。
私をもう一度殴ろうとしていた身体の大きな男が、ものすごい勢いで横に吹っ飛び、木立に打ち付けられた。
「お前たち!! 何をしている!!」
物凄い声量で威圧し、私の周りにいた彼等を回し蹴りで一気に蹴り飛ばす。
ラウルさん。
地面に転がっている私は声が出せない。視界も霞んでよく見えない。力が入らなくて、濡れた地面に寝転がっていても頭を起こすことすらできない。
遠くから馬の足音が聴こえてきた。こちらに向かって大人たちが怒鳴っている。
「ナガセ!!」
ああ、アルベルトさんの声だ。良かった。
アルベルトさんはとても目がいいと、前に教えてくれた。だから砦では、防壁に上がってよく街を見て観察していると言っていた。
悪戯っ子のように、だから皆んな悪いことはできないんだよ、とキラキラ笑顔で言っていた。本当だったんだね。
私が見えて助けに来てくれたのかもしれない。
アルベルトさんが私に上着を掛けて抱き起こしてくれた。
私はもう、意識を保っていられなかった。
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