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七章

21、ひざまくら【3】

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 俺が目を覚ました時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。明かりも灯さぬままなのに辺りが仄かに明るいのは、月明りが縁側に差し込んでいるからだろう。
 夕立でもあったのか、それとも銀司が水を撒いたのか。前栽の植え込みは、しっとりと濡れた光に包まれている。

 なんか、いつもよりも枕が高いな……と思ったら間近にというか、真上に翠子さんの顔があった。
 まさか。あれからずっと膝枕をしてくれていたのか?
 俺は、翠子さんの膝枕で熟睡していたのか?

 慌てて上体を起こすと、翠子さんは神妙な表情で唇を引き結んでいる。

「済まない。さすがに呆れたよな。いつの間にか寝入ってしまっていた」
「いえ、違うんです」
「でも怒っているんじゃないか?」

 翠子さんはうつむいて口ごもっている。
 なんとか機嫌を直してもらわないと。ああ、俺はなんて緊張感がないんだ。

「違うんです。足の感覚がありません」
「あ、そっちか。いや、軽々しく言ってはいけないな」

 翠子さんの素足に触れると、彼女は短く悲鳴を上げた。
 小鳥がさえずったのかと思うような、愛らしい声だ。
 君ね、なんて声で啼くんだ。

「いや、だめ。触らないで」
「こら、動くんじゃない。確か足の指を引っ張ればいいのかな。いや、それは足がつった場合だったか」
「や、やめて、ください」

 俺から必死に逃れようと、翠子さんは肘と腕を使って体をずらす。足の感覚は戻ったようだが、痺れが切れているせいで、少し床に触れただけでも苦しそうに喘いでいる。

「逃げるんじゃない、翠子さん」
「無理です。後生ですから、触れないでください」

 冴えた月明りに、翠子さんの黒い瞳が潤んでいるのが分かる。哀れなほどに浴衣の裾を乱して、這うように後ずさる。
 まったく、もう。これでは俺が悪役のようではないか。

 俺は立ち上がって、翠子さんの体を横抱きにした。これでもう逃げられまい。

「何をなさるの?」
「大丈夫。かわいがるだけだから」
「嫌な予感しかしません」
「俺は翠子さんに膝枕で散々かわいがられたから、そのお返しだ。光栄に思いなさい」
「そ、そんな……だん……」
 
最後まで言わせずに、彼女の唇を奪う。

「っあ……やっ」

 ただ唇を重ねているだけなのに、足が痺れているせいで翠子さんは激しく身悶える。俺は彼女を抱えたまま縁側に座ると、口の中に無理やり舌をねじ込んだ。

「あ、やめてぇ」
「煽っているようにしか聞こえない」
「ちが……そうじゃ、なくて。あ……ぁ」

 そんな風に妖艶に乱れられて、やめられるはずがない。「ごめんな」と彼女の耳元で囁いて、浴衣を手早く脱がせた。
 前言撤回。やはり俺は悪役だ。

 洗い張りをして間がない浴衣は、少し固めの張りがあり、それが余計に翠子さんの肌を柔らかく感じさせる。

 肘の辺りに浴衣と薄い下着をまとわりつかせて、翠子さんがその胸や腹部を露わにする。

 日の光を浴びることのない部分の肌は、とてもなめらかで。撫でるとてのひらに吸い付いてくるようだ。

「触れるよ」

 そう宣言すると、翠子さんはふるふると首をふった。
 だが俺はそれを無視して、彼女を縁側に寝かせて膝にくちづけた。

「旦那さまは……翠子のお膝で、いい子にしていらしたのに」
「あ? ああ。気持ちよく眠れたよ、ありがとう」

 最初はどんな拷問かと思ったけどな。
 だが、散々甘えさせてもらったので、今度はお返しをさせてもらおう。
 これからは、あなたが俺に存分に甘えるといい。

「やっぱり眠ってらっしゃる時だけが、天使です……」

 はて? 俺が天使であった時など、一度でもあったかな?
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