【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
237 / 247
十一章

22、勘違いですから【3】

「お仕置きは……なさらないで」

 ぐすぐすと涙声で、わたくしは訴えました。飛び石から降りた魔王……もとい旦那さまが、玉砂利を踏む音が近づいてきます。
 砂利がひとしきり大きな音を立て。そして、わたくしの前でしゃがみこみました。
 まだ着替えをなさっていないので、学校に行っていたシャツやズボンのままです。

「しないよ」

 大きな手が、わたくしの頭に伸ばされました。

「駄目だな、俺は。あなたを独り占めしているはずなのに、もっと独占したくてたまらなくなる」

 恐る恐る見上げると、旦那さまは今にも泣きそうな顔をなさっています。眉が下がり、とても寂しげな瞳です。

「自信がないんだ。今日、あなたが俺のことを好きでいてくれても、明日も好きていてくれるとは限らない。だからといって、脅迫しても意味がないのにな……」
「旦那さま」

 わたくしはしゃがみ込んだままで、少し前に進むと、旦那さまと額をくっつけました。
 二人の間に挟まれたエリスは、少し窮屈そうです。

「自信も余裕もないんだ。恋愛下手なんだよ、俺は」
「困った旦那さまですね」

 そっと手を伸ばして、旦那さまの頭を撫でます。
 普段はしっかりとした大人でいらっしゃるのに。時折、こうして寂しげな少年が見え隠れします。

「でも、恋愛上手な旦那さまも……それはどうかと思います」
「上手な方がいいのではないか? 妙な嫉妬もしないと思うぞ」
「だって、わたくし以外の女性との恋愛に慣れているということでしょう? 今度はわたくしが嫉妬してしまいますよ?」

 そうお話しすると、旦那さまは驚いたように目を見開きました。

「翠子さんが嫉妬するのか?」
「ええ、しますよ」
「いや、だが。俺の周囲を上級生が取り巻いていても、平気そうだったじゃないか」

 旦那さまが縁側から庭に先回りをしたせいで、どうやら鉢植えが倒れてしまっているようです。銀司さんが朝顔の鉢を直しながら、わたくしたちを眺めていました。

「お姉さま方に取り囲まれて、そんなの平気でいられるはずがありません」
「興味なさそうに見えたが」

 大きな誤解ですよ。

「そういうふりをしていたんです。だって、お姉さま方を押しのけて『わたくしの旦那さまに構わないで』なんて言えませんもの。我慢するしかないじゃないですか」

 もう、どうして気づかないんですか?わたくし、そこまで心が広くないですよ。
 むすっと頬を膨らませると、突然旦那さまの指が、わたくしの頬をつつきました。
 ぷすー、と間抜けな音を立てて、唇から空気が抜けていきます。

「遊ばないでくださいっ」
「いや、すまん」

 旦那さまは肩を震わせて、笑いを噛み殺しています。さっきまで泣きそうだったのに、なんなんですか?
 そしてわたくしの左肩に、顔を埋めました。
 さらに窮屈になったエリスが、するりと逃げてしまいました。

「旦那さま?」
「少しこのままでいてくれ」

 旦那さまの口許が、わたくしの肩から鎖骨の辺りに触れているので、声がじかに体に響いてきます。

「もっと嫉妬してくれていいんだ」
「でも、迷惑じゃありませんか?」
「迷惑をかけてくれていい。学校では無理でも、家に帰ってから、他の生徒としゃべらないでくださいと文句を言ってくれていいんだ」

 そんな、我儘を言えだなんて。難しいことを仰います。

「あなたが俺に我儘を言ったのは、少女雑誌の購入を続けてほしいと言った時と恋文をねだった時だけだ。どちらも頑固で譲らなくて、手を焼いたが」

 確かにそうでした。自分で雑誌の代金分くらいは働くと言ったら、たいそう叱られたのでした。

「それでも、あなたが我儘をぶつけてくれるのは、とても嬉しい」
「旦那さま?」
「うん。我儘を言っても俺に嫌われないという自信の表れだからな。それほど俺の愛情を信じているということだろ?」

 言葉は不便です。だってどれほど「好き」という言葉を重ねても、儚く消えていくんですもの。
 百回や千回の「好き」よりも、たった一度の「嫌い」の方が、いつまでも心に刺さって、いつしか前に進むこともできなくなります。
 
「旦那さまも、もっと翠子に甘えていいんですよ?」
「甘えている。現に今だって……」
「そうですね。こうして弱い部分を翠子だけに見せてくれるんですもの。わたくしは、旦那さまの特別でいいんですよね?」

 旦那さまをぎゅっと抱きしめて、檸檬と薄荷の香りを胸いっぱいに吸い込みました。
感想 10

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。