泣き虫龍神様

一花みえる

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叢時雨【11月長編】

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「ただいま、涼太……なんだ、客か」
「おかえり」
    結局ダラダラとお茶を飲みつつお菓子を摘みつつ、他愛のない話をしている間におみが帰ってくる時間になってしまった。遠く離れた地で一人寂しく過ごすつもりだったが、見知った顔が居てくれると少しばかり心強い。それはイネとマイも同じだったようで、観光地に来ているはずなのにずっと旅館に引きこもっていた。
    そんな俺たちとは反対に朝から慣れない会合に出ていたおみはどこか疲れたような顔をしていた。真新しい白い装束もどこかくたびれている。慌てて湯呑みを置き、おみに駆け寄る。羽織を脱がせると、清廉な甘い香りがした。なんだろう、ジャスミンのような、花の香り。嗅いでいると落ち着く良い香りだった。
「お、おみ様、お勤めご苦労さまでした」
「でした」
「おみ様、だなんて。見た目はこうだが中身はいつもの私と変わらないんだぞ」
「えぇー……」
    半信半疑と言わばかりの目で、四つの瞳がこちらを見つめてくる。そんな顔をするな。俺だってまだ慣れないんだから。
    それにしても、やっぱりまだ信じられない。目の前に居る美丈夫が、あのおみだなんて。泣き虫で甘ったれの毛玉がこうなるとは。霊力とは恐ろしいものだ。
「そういえば、織田さんも大社を出たぞ。迎えに行かなくていいのか」
「そうだ、店長!」
「忘れてた!」
「イネ、急ごう!」
「マイ、急ごう!」
    忙しない眷属たちは、食べかけのまんじゅうを口に詰め込んでバタバタと走り去って行った。三角の耳が頭から見えていたけれど、まあいいか。
    どうせ外に出ると、ほとんどが神様かその眷属だ。人間が歩き回っている方が珍しい。
「さて、私達も行こうか」
「行くって、どこに」
    堅苦しい装束を脱ぎ捨て、普段着(とは言っても高級な袷ではあるが)に着替えたおみが目をキラキラ輝かせていた。好奇心が抑えきれない時の顔だ。そして、お腹が空いている時もこんな顔をする。
    会合で疲れているはずなのに。食欲は別というのか。
「せっかく出雲に来たんだ。美味しいものを食べないともったいないだろう」
「神様とは思えない発言だな……」
「ふふん、私はまだ幼いからな。許されるんだよ」
    どこか得意気な顔でそう言うおみに、いつもの癖でマフラーを巻いてやる。嬉しそうに笑うおみの隣で、俺もまた小さく笑った。
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