泣き虫龍神様

一花みえる

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叢時雨【11月長編】

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    先月は出雲名物である割子そばを堪能した。また同じ店に行ってもよかったが、今日のおみは何か他のものを所望しているようだった。
    明るく青みがかった灰色の袷に、ターコイズブルーの羽織。マフラーにハットというモダンでお洒落な格好をしてはいるが頭の中は今から食べる晩ご飯のことしか考えていないんだろう。ぷらぷらと尻尾が揺れている。
「事前に色々と調べておいてよかった」
「最近、何か熱心に読んでると思ったらガイドブックだったのか」
「下調べは大切だろう?    お、ここだ」
    おみが指さしたのは、参道から少し離れたところの、細い路地にぽつんとのれんを出している小さな定食屋だった。赤提灯こそ出ていないが、この時間帯であれば居酒屋も兼ねているだろう。
    まさか、おみと一緒に酒の席に座るとは。想像もしていなかった。
「酒、飲むのか」
「我々にとって酒は水だ。お神酒というのがあるだろう?」
「……確かに」
    普段は俺の膝くらいしかないおチビのおみが、日本酒を嗜む姿は想像できない。でも今の姿であれば様になるだろう。
    せっかくの旅だ。これくらいは付き合ってやるか。
「なんか、悪いことしてる気分だ」
「何を言っている。これも涼太の役目だろう?」
    そう言われると返す言葉もない。おみに様々なことを教え、体験させる。これが俺の最も大きく、重要な役目だ。
    自分に言い聞かせ、店の扉を開ける。こじんまりとした店内には大きな水槽が置かれ、使い込まれたカウンターといくつかのテーブルが並んでいた。
    いかにも地元の食堂といった感じだ。観光客もおらず、奥の席で一人日本酒を飲んでいる男性しか客はいない。
「いらっしゃい。二人?」
「あ、はい。そうです」
「どこでもどうぞ」
    やや無愛想な店主に案内され、俺たちは一番奥のテーブルに座った。壁には手書きのメニューが所狭しと貼られている。
    どうやら今日のオススメは鯛の刺身らしい。
「おみって魚好きなのか」
「何でも好きだぞ。ピーマン以外」
「成長しても嫌いなのか……」
「私は私だからな。当たり前だ」
    そんなことを話しつつ、適当に気になるものを注文する。刺身の盛り合わせにハマグリの酒蒸し、ノドグロの塩焼きと海鮮サラダなどなど。とにかく日本海を目一杯味わえるラインナップになった。
    ついでに地酒を頼んだら、「酒代はいらない」と店主に言われてしまった。
    一体どういうことなんだろう。
「実はここ、他の神様の行きつけなんだ」
「神様の?」
「そう。だから私たちから酒代は取れないと分かったんだよ」
「お神酒、ってこと?」
「そういうことだ」
    なるほど。こうやって神様ってのはどこに行っても美味しいお酒を楽しんでいるんだな。そう考えると、なんだか素敵だ。
    兎にも角にも、注文した料理が届くまでお通し(山芋の揚げ浸し)を摘むことにする。本当はおみと話したいことが山ほどあるけれど、あまり急ぎすぎてもいけない。
    なんたって、冬の夜は長いのだから。
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