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2章・父の戦い

集合

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 オルブテナ国からの攻撃を退けたカイエンは、サマルダにサニヤをルーガの元へ送らせた。

 一人で大丈夫かと聞けば、サマルダはライを連れて行くから大丈夫ですと答える。
 ライは鼻が利くので、野盗や魔物、猛獣の気配を事前に察してくれるのだと言う。
 現に、開拓村の自警団がハーズルージュへ向かう際の先導として連れてきたのだと答えた。

 一方サニヤは、なんで敵が居なくなったのに邪魔者扱いするのと怒ったが、マルダーク王の次なる無理難題が来るかも知れないと思えばこそのカイエンの処置である。

 サニヤはカイエンへ、マルダーク国がお父様の命を狙って、敵に情報を流していたのに、なんで言うことを聞くんだと怒りもするが、カイエンは「それでも、僕はマルダーク国に仕える騎士だからね」自嘲したのであった。

 そうしてサニヤをルーガの元へ送らせてしばらく。
 案の定、無事に攻撃を退けたカイエンを待っていたのは、本国からのオルブテナ国へ攻撃指令であった。

 当然、攻撃指令を出しながら派兵も後詰めも出さぬ。
 カイエン軍五、六百程度でオルブテナ国へ侵攻しろと言うのであるから無茶ぶり甚だしい。
 
 しかし、募兵等の準備に時間をかけて攻めなければ、命令に背いたと処罰があろう。
 さりとて、攻めてばかりでオルブテナ国の領土を一つも落とせねば、イタズラに兵を消費した無能として処罰間違いなし。

 やはり、リーリルとサニヤをルーガの元へ密に送って置いて良かったとカイエンは思う。
 これで処罰が来たとしても、リーリルとサニヤは戦争のゴタゴタでいずこかに逃げてしまったと言い訳ができよう。

 そんな事を考えて、半ば失敗を前提にするカイエンであるが、果たして失敗するとも言い難い状況に変わり始める。

 と、言うのも、格安で構わないから雇って欲しいと言う傭兵がどんどんとやって来たのだ。
 なぜかというと、ハーズルージュの領主カイエンは少ない兵数で敵を破った名将と噂が流れ、兵数が少ないなら人手が欲しいはずだと、どこも雇ってくれないような弱小の傭兵団が門を叩いたのである。
 それに、傭兵というものは自分の命が第一。優秀な指揮官の下で安全に戦いたいという考えなので、カイエンに雇われたがったのだ。

 だが、傭兵団の中にはそのような打算的な理由でやって来る者以外にも居た。
 その傭兵団は新興で、リューネルの町からやって来たとカイエンへ語る。
 リューネルの町と聞いたカイエンはハッとした。

 その町は、何を隠そう十年近く前にカイエンが領主を務めた町だ。
 あの飢饉の折りにカイエンが備蓄庫を開いた町で、カイエン左遷の原因の町である。

 彼らは語った。
 俺の親は変わらずカイエン様の事を感謝してる。噂が流れてきた時、親達は皆口を揃えて、仕えるならカイエン様の下がええと言うのだと。
 この中には飢饉の時にカイエン様が助けてくれた事を覚えてる奴も居る。
 だから、カイエン様に雇って欲しくてやって来たのだ。と。

 さらにカイエンの名を慕ってやって来たのは傭兵だけでは無い。

 例えば、南の大盗賊などと言われた山賊の集団がカイエンに雇って貰うためにやって来たのだ。
 頭領はシュエン・ゲールと言い、かつては腕の立つ兵士であったが、あまりに高慢な領主に腹を立てて斬り殺してしまったという男である。
 その後は主殺しの罪で追われ、逃げに逃げた先が山賊と言う経歴だ。
 無精髭とぼさついた髪、太い腕と、まさに山賊の頭領と言う風体であるが、カイエンが快く迎えると、見ろ、人を見た目で判断しないぞと部下に言いながら大層喜ぶ。
 彼はカイエンの人徳を聞き付け、仕えるべき人を見付けたりと、部下の山賊を連れてやって来たのである。

 他にも、ロイバック・ロイマンという、身なりを整え、髪も香油で撫でつけている壮年の男もカイエンへ訪ねてきた。
 カイエンはその名を聞いたとき、何かの冗談かと思ったのであるが、このロイバックと言う男、昔はマルダークの将軍だった男なのである。
 貴族の腐敗に嘆き悲しみ辞任。
 仕えるべき主を探して何年も諸国を放浪していた所、カイエンの勇名を聞き及び馳せ参じたのだ。

 長い髭とボロボロのローブを着たハリバー・ローズリーと言う老人もやって来た。
 最初見たとき、おとぎ話の魔法使いでは無いかと思うほどの風貌であるが、彼は長い間隠居し、様々な本から軍略を読み解き、近くで戦争があれば山に登って用兵を学び、そして、ついに戦争の妙を理解したのだという。
 後はそれを実戦で試したいと言うのである。
 普通の人なら何の冗談だ浮浪者めと言うところであろうが、カイエンは彼を兵舎へ連れて行き、実際に兵を動かすように言った。
 
 兵達はいきなり現れた浮浪者の如き老人の指示を適当に聞きながら動くのであるが、やはりその動きはあまりにも遅い。
 すると、ハリバーは兵の一人を建物の裏手へ連れて行くと、赤い染料を自分の服やナイフにまぶし、兵を置いて戻った。
 戻ってきたハリバーの姿を見た兵達はギョッとする。
 そんな兵達へハリバーは「俺は指揮者としてお前達の事をカイエン様より今だけ任されている。お前達の命も任されているのだぞ」と脅しつけたのである。

 気の違った頭のおかしい老人に目を付けられたくないと思う兵達はハリバーの指示を忠実に聞いたのであった。

「如何でしょう」とハリバーが聞くと、カイエンは彼を面白い人だと思う。
 また、用兵の話を振って見れば、基本を抑えた上で理論的な応用も話すので、彼を使える人間だと思ったので雇う事にした。
 
 こうして、急激に兵は増えた。

 そして、彼らの多くはカイエンの人徳に惹かれてやって来たのである。
 実を結んだのだ。
 カイエンが十年近く前に行った事が、ここに来て実を結んだのだ。

 そして、カイエンは一ヶ月、彼らを訓練した。 
 集まった歪な戦力を一人一人、カイエン流の戦いに慣れさせねばならない。
 そうせねば、陣は乱れ、乱れを敵に突かれ、兵は崩れるのだ。

 しかし、急激に増えた兵一人一人が連携するのは容易ではなく。
 山賊上がりは前へ出たがるし、傭兵は前へ出たがらないし、カイエンの正規兵はどうすれば良いのか分からずにオロオロするばかりであるし、開拓村の自警団上がりはそんな彼らへ怒鳴って喧嘩に発展する事もしばしばだ。

 頭を悩ませる問題に直面したカイエンへハリバーが「ちょっと良いですか?」と言う。

 そしてハリバーは、部隊をより小さな纏まりに分ける事を進言した。

 通常、部隊というものは散兵と密集陣形とで成る。
 散兵が弓矢を射かけて敵陣を崩し、あるいは騎兵による高機動で敵の虚を突いたり突進にて敵陣形を崩したりし、そこへ密集陣形の攻撃を行うのが主だった。
 しかし、ハリバーは密集陣形そのものを散兵によって構成するという話をしだしたのである。

 部隊を五人から十人で成る小さな集まり……通称小隊に纏め、それを十組でさらに一つ、合計五十人。
 それをさらに集めて構成させた大きな密集陣形を作るのだと言った。
 そして、カイエンの指示を順次に下達していきながら、小隊長が戦況に応じて指示を出して、その指示を上達させていくのだと言う。

 これにカイエンは顔をしかめた。
 なぜならば、戦場では神速を尊ぶもので、これでは迅速な動きが出来ない。
 特に、カイエンは押して退いての細やかな動きで相手を翻弄するのであるからして、誰かを挟んで命令などしては遅れるのだ。
 
 それに、傭兵ばかりの隊では、密集陣形にして指揮官が監督せねば兵の離脱を招きかねないのである。

 しかし、ハリバーは笑い、それではオルブテナ国の敵兵と同じように森を通りますか? と言うのだ。

 確かにその通りだ。
 結局、総指揮官を中心に密集陣形をとろうとすると、森の中などの密集陣形を取れない場所では陣すら作らずに敵へ進む事となるのである。

 これが、五人や十人の小さな集まりであれば、その集まりで陣形を作れる上、カイエンの声が届かずとも、その小隊の長が臨時指揮官として指揮をとることもできるのだ。
 
「それに、広い場所で陣を張ったならいつも通りカイエン様が指揮をなされば良いじゃ無いですか」とハリバーは言った。

 しかし、カイエンの号令によって皆で動く訓練と、各小さな隊ごとでの訓練で兵の訓練は二倍だ。
 傭兵が主として構成されるこの部隊で、そのような事をやっている暇は無いのである。

 それに対してハリバーは、小さな隊に関しては彼らの元々の組織で運用させればよろしいでしょうと言うのだ。
 だが、それでは逃亡の危険性が益々高まり、それどころか敵軍への寝返りも起こるのでは無いかとカイエンは思う。

 ハリバーは高笑いし、そもそも彼らは弱小傭兵団や山賊の誹りを受けた者達が、カイエン様の人徳を慕ってやって来たのであるからして、他に行き場の無い者達では無いですか。と言った。

 確かにその通りかも知れぬ。
 カイエンならば見捨てないだろう、期待を裏切らないだろうという連中の集まりなのだから、逃亡はしないかも知れない。
 それに、兵に逃げられる時は逃げられてしまうものだとカイエンは思った。

 なのでハリバーの意見を採用し、部隊を再編成する事にする。

 この再編成を行ったとき、やはりというべきか、兵達から不満が上がった。
 彼らにとって馴染みの無い新しい方針であったため、総指揮官であるカイエンが楽をしたいから指揮官をバラバラに分けたのでは無いかとか、指揮官をバラバラにしたら命令がごちゃごちゃになるのではないかと文句が出たのである。

 特に文句を付けたのはシュエンであった。
 彼はカイエンを今にも殺してやろうかと言う具合の表情であったが、しかし、カイエンがこんこんとその理由を説明した上でどうか信じて欲しいと言えば、一時だけ許してやると言って退く。

 これは舐めた真似をすれば寝首を掻かれかねない状況だとカイエンは考えながら笑った。
 しかし、あのような血気盛んな兵はムードメーカーになるのだから、居ても損は無いのだと思うのである。

 そうしてカイエンは軍備を整え、一ヶ月後にはオルブテナ国への攻撃を開始したのであった。

 
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