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第5章 すべては君を手に入れるための嘘

4 運命は残酷に

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「ねえ、コンツェット」
 ソファに座り、ワイングラスを傾けるコンツェットの背後から、エリスが腕を回し抱きついてきた。
 エリスの身体から官能的な香りが漂う。エリスの格好は湯上がりの火照った身体に、バスローブをまとっただけの姿だ。
 彼女の自慢である緩やかに波打つブロンドの髪が、コンツェットの肩にはらりと落ちる。
「パーティで突然いなくなったけれど、どこに行っていたの?」
 エリスの甘ったるい声が落ちたと同時に、ふう、と耳朶に息を吹きかられた。
「急遽、大佐に呼ばれ席を外しておりました」
 事務的な返答にも気分を害した様子も見せず、エリスはあら? と整った眉をあげた。
「お父様に? それは婚約者である私を会場に一人置き去りにして、寂しい思いをさせるほど重要な用件だったのかしら?」
「申し訳ございません」
 真面目な顔で謝罪の言葉を口にするコンツェットに、エリスは相変わらず堅いのね、と肩をすくめる。
 大佐に呼ばれたというのは嘘であった。だが、当のエリス自身、絶えず寄ってくる招待客に囲まれ楽しそうに談笑をしていた。
 まるで、エリスの周りだけ大輪の花が咲いたように華やかだった。
 おそらく、その時のエリスはコンツェットのことなど欠片ほども気にかけていなかったはず。
「いいわ、お父様に呼ばれたのならしかたがないもの」 
 磨かれ赤色に塗られたエリスの爪先が、コンツェットの鎖骨をなぞる。
「気づいていた? あの場にいた誰もがあなたに注目していたことを。みんなあなたの美しさに息を飲んでいた」
 誰にどう見られているかなど興味はない。けれどエリスは違う。
 彼女にとって自分は見栄えのいい装飾品でしかない。彼女をよりいっそう引き立たせるための自慢の飾り物。
「あなたはさらに出世するわ。軍のトップに立つのも夢ではなくてよ。いいえ、あなたはそうならなくてはいけないの」
 エリスは唇をコンツェットの耳元に近づけた。
「私に愛されている限り、あなたの将来は約束されたも同然。私のためにも頑張って」
「承知しております」
「もう、素っ気ないのね。もうすぐ私はあなたの妻になるのよ」
 エリスはするりとソファの前へと移動すると、艶やかな笑みを浮かべ、コンツェットの手からワイングラスをとり赤い液体を口に含んだ。
 ゆっくりとエリスの唇がコンツェットの唇に重ねられ、口移しでワインをコンツェットの喉に流し込む。
「愛しているわ、コンツェット」
 すとんとコンツェットの膝の上に座ったエリスは、熱く潤んだ瞳で顔を上向けた。
「あなたの青い炎のように揺れる危険な瞳、刃のように放たれた気。ぞくぞくしたわ。一瞬で私はあなたの虜になった」
「エリス様のお言葉がなければ、私はあの時、死んでおりました。私がこうしていられるのもエリス様のおかげです」
「そうよ。あの時、お父様の部下に殺されそうになったあなたを救い、お父様に助けてあげてと必死でお願いしたのは私」
 エリスの手がコンツェットのシャツのボタンを、ひとつひとつ外していく。
「そして、あなたは一気に軍の上層まで駆け上がっていった。お父様もあなたがここまで昇りつめてくるとは予想もしなかったって言っていたわ。あなたは私に相応しい最高の男。あなたは私だけのもの」
 シャツのボタンを外し、あらわになったコンツェットの、引き締まった胸元に、エリスは指先を這わせ唇を寄せる。
 正直、そんな気分になれなかったが、エリスの瞳はこの先の展開を望むように期待に満ち、はやくと誘っていた。
 コンツェットはエリスを抱き上げベッドへと連れていく。彼女の身体をベッドに投げ出し、覆い被さった。エリスの金色の髪がシーツの上に波のように広がる。
 乱暴に扱われて一瞬、驚いた顔をしたものの、エリスは口角をつり上げ、蠱惑的な笑みを浮かべた。
 エリスの唇にコンツェットは己の唇を重ねる。
 ファンローゼ!
 ファンローゼ……!
 なぜだ。
 なぜ今頃、現れた。
 俺は君のことをあきらめた。
 忘れようと努力してきた。
 なのに──。
 コンツェットは片頬を歪め、窓の向こう、夜空に浮かぶ月を見上げる。
「く……っ」
 なぜ、運命はこうも残酷なのだ。

 ベッドから降りたコンツェットは、意識を失うように眠ったエリスをかえりみることなく窓際のテーブルに歩み寄り、ワイングラスを手にとる。
「私です」
 そこへ、まるで見計らったかのようなタイミングで、扉の向こうからの声に、コンツェットはああ、と答える。
 一人の男が部屋へと入ってきた。
 エスツェリア軍の制服を着た若い男だ。先日、リンセンツの町を一緒に歩いていた男、ロイであった。
「〝キャリー〟からの報告が入りましたのでお伝えに参りました」
 ロイはベッドでぐったりと眠るエリスを一瞥する。
「続けろ」
 コンツェットは手にしていたグラスの中身を一気に飲みほした。
「いよいよ、反エスツェリア組織壊滅のために動くと」
「そうか。奴らの居場所を突き止めたか」
 空になったグラスをテーブルに置き、コンツェットは窓の外を見上げた。
 ことさら月の明るい晩だ。
「よいのですか?」
「何がだ?」
「大切な女性ひとがあの組織〝時の祈り〟にいるのでしょう?」
 しかし、コンツェットは否定も肯定もしなかった。
 コンツェットとファンローゼが幼なじみだということは、ごく一部の者しかしらない。三年前あの場にいた者と大佐のみだ。
 おそらく、ロイは昨夜自分がファンローゼと部屋にいたのを見たのだ。そして、自分たちの関係を知った。
「彼女を組織から連れ出す手はずを整えますか?」
 コンツェットは口元を薄くゆがめた。
「おまえには関係ない」
「申し訳ございません。さし出がましいことを申しました」
 ロイは軽く一礼すると、コンツェットに背を向け扉に向かって歩く。
 ドアに手をかけたロイは、一度だけコンツェットを振り返る。
「私に手伝えることがあれば、いつでも仰ってください」
 それだけを言い残し、ロイは部屋から退出した。
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