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7章 それぞれの歩み

73.広がる暗雲と噂話

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 ガーランド国はオカシイ。

 国王は、口を閉ざし、耳を塞ぎ、王妃を伴い監禁される事を望み国王として機能せず。
 司法に関わる者は、魔人を封じ続けた血脈を害することを嫌い、罪を犯した王子や王女を裁こうとはせず、ただ放置するだけ。
 宰相の間違いを指摘し、願いを拒絶し、機嫌を損ねれば、罪を捏造され裁かれるのだから、誰も彼には逆らわず顔色を窺っていた。

「なぜ……ルデルス国へ賠償金を支払う必要等あるのですか!!」

 叫ぶのは経理部署を預かる文官。
 文官長は瞳を閉じ、苦悩の顔で首を横に振り、言葉だけは強く命令調で伝えられた。

「黙れ、決定事項だ」

 魔導師長を捕らえてからは、命令系統は精霊ギルドの長が預かり王宮の彼方此方に盗聴魔法が設置され、罰を受ける者が増え続け、王子、王女を罰することが出来ぬ司法関係者は、代替え行為のように捏造された罰を執行し続ける。

 ガーランド国は間違っている。
 元々歪な政治形態を保っていたが、それでも平和だった。

 誰もが思っているが口にはできない。
 それでも民の噂までは、宰相もどうにもできなかった。

 宰相が行う罪の捏造の噂が水面下で広まり始めれば、5の真実に、10も20も嘘の捏造話が盛られ、それが新たな噂を生んでいた。

「聞いたか? 宰相を悪く言っていた家具職人のザンテが騎士から罰を受けたそうだ」

 実際は家具を運ぶ途中ぎっくり腰を起こし、騎士が助けていただけなのだが、噂と言うものは何処までも無責任で、宰相は気に入らなければ民にまで手を出すと広がりだし、それが新たな噂を読んでいた。

 国王様は何時お戻りになる?
 聖女様が魔人を解放したって本当なのか?
 封じられていた魔人は、なぜ恨みを晴らさない?
 封印が解かれたと言うのは宰相の嘘なのでは?
 魔人がいなくなったら、王位を望んだそうだ。
 他の王位候補者を蹴落としてまでな。
 誰が一番得をするのか……。
 王子、王女も彼に誑かされたのでは?
 聖女殿はもう殺されているのでは?
 いや、オルコット公爵を殺され復讐を狙っているとか。

 ガーランド国は長い年月平和だった。

 王族の中で問題が起ころうと、ソレは王族と言う手の届かない場所での問題。 民の平和は守られていたからソレで十分と考える者は大半だった。

 だが、今は違う……。
 王子、王女の行動が民を傷つけた。

 本当に?

 そうなる事を知っていたかのように宰相が王位を求め、短期間でライバルとなるものを排除し服従させていった。

 近々、宰相は王の地位と権力を得るのだと言う。

 人々は不安を感じていた……。 王宮に、薄暗い暗雲が立ち込めているように、王都に霞が掛かったように誰もが不安を覚え始め、それは新たな噂の種となり広がっていく。





「父様!!」

 呼べば、鮮やかな蜂蜜色の髪がふわりと風に揺れ、汗を光らせ、嬉しそうに微笑みながら私へと視線を向けた。 その正面と右側、左斜め後方では、勢いよく剣の柄部分で殴られ、突かれ、足でけり倒される見習い騎士達。

 一応騎士団長の地位も持つ父様だけれど、王都にいる時は文官系の仕事の方が多かったように私は記憶している。 ここに来てからは若い騎士見習いたちの訓練に付き合っている事が多く、私は父様に会うまで結構な距離を走る羽目になった。

 私が古城に来て5日目の出来事だった。

「やれやれ、年寄りの事も考えて下さいよ。 お嬢ちゃん」

 息を切らし追いかけて来たのはミカゲ先生。 魔導医師と言う役職だけど、結局のところ医療特化の魔導士な訳で、父様は彼を通信具として便利に使っているらしい。 信頼とか尊敬とか敬意とかそんなものが二人の間にあると思った私の憧れを返せ!!

 ではなく、

「先生は運動をすればいいと思うの!!」

 なんていうけど、今の私はヴェルの欠片を体内に増やされた事で、運動もせずに身体能力が向上しているのだから、ズルをしておいて偉そうに言う話ではない。

「パパのカッコいいところを見に来たのですか?」

 嬉しそうに言いながら、次々に背後から襲いかかってくる見習い騎士達を確実に1撃で沈めていく父様。

「ちょ、父様、手加減忘れてる!!」

「手加減をすると時間がかかるじゃないですか」

 の声で、飛び掛かってくる見習い騎士の足を引っかけ、頭上から肘を落として大地に体格の良い成人男性を叩きつけるから、私は顔を覆い軽く唸るミカゲ先生に同情してしまう訳だ。

「娘の責任として手伝います……」

 って、感じでケガの治療を先生と2人で始めながら、私は父様に汗臭いからあっちいけと動作で抱っこを拒否しながら話しかける。

「父様……エミール・グルゴリエ宰相が、簡易的な継承式を行うって本当?!」

「エリアルをもう少し気合を入れて探すと思ったのですが、ずいぶんとこらえ性がありませんでした」

 笑いながら父様は、私に治療を求める軽傷の騎士見習いたちをつばでも付けて治しなさいと蹴散らしていた。

「ここでの父様は、ずいぶんと楽しそう」

「それは、お嬢がいるからですよ。 お嬢がいないときは荒んでいましたからね~。 する必要のない魔力測定とケガレ測定をしている時など、そりゃぁ酷いものでしたとも」

「ミカゲ!! やめて下さいよ。 私は尊敬されるパパでいたいんですから!!」

 私は苦笑する。

「あぁ、そんな呆れた顔をしないでください。 これでも頑張っているんですから」

 そう拗ねたように言いながらも父様は笑っている。

「あんたらは本当、親子だな。 そう言う表情の時、よく似ている」

 言われて私達は頓狂な感じでお互いの顔を見合わせ、そしてやっぱり笑ってしまうのだ。

「だが、そうじゃない!!」

 自分の意識に私は軌道修正をかける。

「何とかしないと!!」

 ふんすっと拳を握れば、ワシワシと父様に頭頂部を撫でられた。

「大丈夫ですよ。 ちゃんと何とかしていますから」

「それは、どういう事?」

 聞けば、父様は両腕を広げて見せる。

「汗臭いからヤダ」

「なら、お話は汗を流してくるまで待っていてください」

 私は、王都の民が感じている不安等全く知る事なく、どこまでも穏やかで平和な日々を送っていて……。 全てを放棄し、このままここで平和に暮らせないだろうか? なんて……絶対不可能な夢を見てしまうのだ……。



 不可能……そう、穏やかな幸福は夢のように儚い。

 宰相エミール・グルゴリエは、私が魔人を解放し、取り逃がし、国を不安へと陥れた罪を問われており、その責任を宰相はオルコット公爵家の当主代理として動いている叔父様に要求しているのだから。
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