『六法全書(つるぎ)を抱いて、泥濘を歩け』こってりざまぁ特化型

『六法全書(つるぎ)を抱いて、泥濘を歩け』

沈丁花の匂いは
いつも夜に濃くなる

息を殺して生きてきた女の
肺の奥まで
遠慮なく入り込むみたいに

 

「主婦の分際で」

その言葉は
刃物じゃなかった

もっと鈍い
濡れた砂袋みたいなもの

毎日
顔に叩きつけられ
呼吸を奪われ
それでも彼女は倒れなかった

 

泥濘の中で
誰にも見えない場所で
彼女は
ページをめくっていた

六法全書

重たい
分厚い
無機質な紙の束

けれどそこには
感情の代わりに
条文があった

怒号の代わりに
論理があった

 

愛という名の搾取
家族という名の支配
思いやりという名の強制

すべてを
一行ずつ
剥がしていく

 

「家族だろ?」

その言葉が
初めて
空虚に響いた夜

彼女は知った

家族は
盾にはなっても
免罪符にはならない

 

泥濘は冷たい

足首を掴み
膝まで飲み込み
「どうせ無理だ」と囁く

けれど彼女は歩いた

一歩
また一歩

法は奇跡を起こさない
だが
嘘を暴く

法は感情を救わない
だが
事実を積み上げる

 

そして
積み上げられた事実は
やがて

静かに
崩壊を始める

 

顔色を失う男
声を荒げる義母
「こんなはずじゃ」と繰り返す背中

それらはもう
彼女を縛る鎖ではない

ただの
結果だ

 

彼女は叫ばない

勝ち誇らない

ただ
清算する

 

復讐は炎ではない

復讐は
計算だ

 

六法全書を抱え
泥濘を歩け

足は汚れてもいい
ヒールは沈んでもいい

それでも
止まるな

泥が乾けば
それは
ただの土になる

 

夜空の下

桜の蕾は
破裂寸前で震えている

彼女は深く息を吸う

初めての
酸素

誰の許可もいらない
空気

 

六法は
殴るための鈍器ではない

だが

必要なら

剣になる

 

泥濘を越えた女の背中は
誰よりも静かで

誰よりも
強い


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