『「家事しないなら結婚のメリットないじゃん」と言った俺が、全部失った話』

「家事しないなら結婚のメリットないじゃん」

あの夜の俺は、
それを“正論”だと思っていた

冷えた惣菜の蓋に映る顔
少し歪んでいたのに
気づかなかった

音のない食卓で
箸が置かれた
たったそれだけの音が
境界線だったのに

---

会社では、
数字がすべてだった

結果を出せば、正しい
誰より稼げば、上に立てる

そう信じていた

だから
“役に立つかどうか”で
人を測ることに
迷いはなかった

---

「リストラ対象だ」

その一言は、
数字じゃなかった

評価でもなかった

ただ、
俺という人間が
要らないと言われただけだった

---

ベンチの冷たさ
カップ麺の湯気
ぬるくなったスープ

誰にも見られていないのに
ずっと、見られている気がした

ポケットの中で震える名前

“今日遅い?”

それにすら
答えられなかった

---

家にいるのに
家の中が分からない

どこに何があるかじゃなくて
何が起きているのかが
分からない

終わらないこと
待ってくれないこと
積み重なること

それを
誰か一人が
黙って引き受けていたこと

---

「メリットなくない?」

あの言葉は
相手に向けたものじゃなかった

自分の居場所を
自分で削っていた

音もなく
少しずつ

---

役に立たないなら
いなくてもいい

そう言ったのは俺だ

だから
いなくなるのは
当然だった

---

一人の部屋は静かだ

音がしないわけじゃない
生活の音はある

けれど
誰にも届かない音だ

---

弁当を詰める手
慣れてきた動き

焦げない火加減
無駄のない段取り

できるようになったことは
増えた

でも

それを
誰も見ていない

---

「メリット」じゃなかった

あれは
役割でも
条件でもなかった

ただ

同じ場所で
同じ時間を
回していくことだった

---

あのとき
箸を置いた音の意味を

今なら分かる

でも

その音は
もう二度と戻らない

---

それでも

今日も
火をつける

誰のためでもなく

自分が
いなくならないために

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