『臨月の私に離婚届を送ってきた単身赴任中の夫へ 〜浮気も財産隠しも調査済みです。「はい、喜んで」で全部いただきます〜』

『臨月の私に離婚届を送ってきた単身赴任中の夫へ』

臨月の腹を抱えた私に
あなたは愛ではなく
紙を送ってきた

白い封筒
薄くて
軽くて
けれど
八ヶ月分の孤独より
ずっと重かった

離婚届

まるで事務処理みたいな声で
あなたは言ったね

財産分与もする
慰謝料も払う
養育費も払う
だから書いて出してくれ

だから、だって

その「だから」に
あなたのすべてが詰まっていた

泣くと思った?
取り乱すと思った?
許しを乞うと思った?

残念

私はもう
あなたが誰と眠り
どこに金を隠し
どんな嘘で私を処理しようとしたのか
とっくに知っている

深夜に切られた通話も
減っていった生活費も
やけに丁寧になった言い訳も
ぜんぶ
証拠になった

あなたは知らなかったね

母になる女は
弱くなるんじゃない
もう
守るものを決めてしまった人間になるんだよ

だから私は言った

はい、喜んで

その一言は
服従じゃない
終わりの合図でもない

反撃の
口火だった

あなたはきっと
安心しただろうね
やっぱりこいつは従うって
泣いても最後は俺にすがるって

違うよ

私が差し出したのは
別れの紙じゃない

あなたが見落とした
私の時間
私の痛み
私の尊厳
その全部の請求書だ

あなたが捨てたつもりでいたものは
ゴミなんかじゃなかった

息をしていた
耐えていた
調べていた
待っていた

私と
この子の未来を守るために

あなたが凍りつく顔を見ても
もう
胸は痛まなかった

遅いんだよ

私が本当に凍えたのは
夜中にひとりで胎動を数えたとき
破水が怖くて眠れなかったとき
それでもあなたが
別の女に「もうすぐ片づく」と送っていた
あの瞬間のほうだった

だから今さら
震えるのは
私じゃない

泣くのも
私じゃない

私は産む
終わった愛じゃない
始まる命を

私は書く
離婚届じゃない
取り戻すための名前を

私は生きる
捨てられた妻としてじゃない
選び直した母として

聞こえる?

あなたが切り捨てたと思った人生は
ここでちゃんと
息を吹き返している

はい、喜んで

その言葉のほんとうの意味を
あなたはたぶん
一生かかっても知らない


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6
小説 127 位 / 219,281件 現代文学 6 位 / 9,163件

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