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「ここで一万歩引いたとして父が勝手に調えた婚約を私が認めたとしましょう」
「ああ僕達は愛する――――」
「それ以上は結構です」

 ヤスミーンは一瞬喜色を湛えたエグモンドを一喝する。

「私は不承不承でしたけれどもです。婚約を交わした際に貴方様へ申しましたわよね。と」
「それがどうしたの?」

 エグモンドは全く気付かない。

「私の貴方様へのただ一つの願い。ですがそれさえも聞いては貰えませんでしたわ」
「え? だって僕達はまだ結婚……」
「だまらっしゃい!! 私の補佐として仕事を覚える為の同居初日に女性を伴うのがどういう意味なのかまだ気づいてはいないのですか」

「で、でもエリーゼは僕の従妹で幼馴染で、そ、その身体も弱くて……ね。僕がいなければ可哀想な女の子……」
「では質問を変えましょう。その可哀想な女の子と婚約者の屋敷で同居をする意味はなんでしょう」
「ああ、その事だったら直ぐには無理だけれど将来的には三人で仲良く? うんヤスミーンとエリーゼを分け隔てなく僕は愛する自信はあるからね。そうして三人で仲良くして追々沢山の家族に囲まれて――――」

「下衆だな」
「嫌ですわ愛人と同居だなんて」
「恥時らずだな、一体侯爵家はどの様な教育をしていたと言うのだ」
「本当ですわ。私ならばこれ以上恥を晒す前に対処いたしますわね」

「な、何? 一体何を言って……」

 エグモンドの下衆発言に周囲より揶揄する言葉が囁かれ始めれば、流石にKYな彼自身何時までも空気が読めないままとはいかなくて周囲をきょろきょろと見まわしていく。

 当然助けを乞う様なエグモンドの視線を受け取る者はいない。

 皆彼の視線を感じ取ればだ。

 サッとその視線を逸らしていく。

「エグモンド様、貴方のエリーゼ嬢の扱いは愛人と同義なのです」
「違う!! 決して僕は彼女を愛人だとは思って……」
「では婚約者だった私がまさかの愛人なのですか?」

 これにはヤスミーンもほんの僅かなりともだが驚きが隠せない。

 本当に何処までも彼女の想像の斜め上を貫いていくのだと感心するばかりである。

 しかしその言葉で周囲は完全にアウトだと判断した。


 それはそうだろう。

 エリーゼは一介の男爵家の令嬢。

 それに引き換え婚約者であったヤスミーンは将来の女公爵であると同時に現国王の姪孫でズバリ王族に連なる者。

 ぶっちゃけ王位継承権も持っている。

 そんなヤスミーンを相手に正妻ではなく愛人と同義とも取れる発言に王室を冒涜したとまで騒ぐ貴族もいる。

 しかしエグモンドは何処までもKYであるだから――――。

「ち、違うよヤスミーン。僕は妻や愛人の垣根を越えて平等に愛し合いたいんだ!!」

「はあ、もうよろ……」
「ヤスミーンいいかな」
「はい殿下」

 頭を抱えたくなる気持ちを押し込めてヤスミーンは馬鹿な男へ説明しようとした矢先に隣に至王太子は声を掛けそうしてエグモンドへと問い掛ける。

「君は一体何の権利があって私の大切な従妹姪を傷つけるのだ。事と次第によってはただでは済まさない」

 その声は一見冷静にも思えるが王太子の傍近くにいる者達ならば直ぐに理解した。

 王太子が激怒していると――――。
 
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