好きだと言わずにいられない。

古城乃鸚哥

文字の大きさ
4 / 18
重なる音

3

しおりを挟む
 一、二週に一度は合わせるようになって二ヶ月ほど経った頃、二人合奏の合間に貴史が切り出した。
「奏一くん。どうかな、この曲の、出来具合は」
 どことなくかしこまって問われたことに奏一は内心首をかしげたが、正直に答える。
「そうですね。当初思っていたよりも、ずいぶんハイレベルな挑戦ができていると思う。俺は今までちゃんとしたデュオはやったことがなかったのですが、誰かと、ここまで詰めて音楽ができるとは思わなかった。そういう意味では、満足しています」
「うーん……それは、演奏自体には、まだ満足していない、ってことかな」
「演奏自体を、否定しているわけではないです。でも、満足してしまったらそこでお終いだ、と、思うので。……どうして、そういうことを聞くのですか?」
 奏一の中で何かが引っ掛かった。まだまだ高みを目指していける、と思っていたのは自分だけだったろうか。貴史は、これ以上付き合えないとでもいうのだろうか。急に不安になって顔が曇った。それを否定するかのように、貴史は慌てて取り繕う。
「いや、ごめん、合奏がいやになったとかじゃあないんだよ。ただね、せっかくここまで練習してきたんだから、僕ら二人の中で閉じ込めておくのはもったいないような気がしてきてしまってね」
「……と、いうと」
「うん。僕の知り合いに神父さんがいることは話したと思うんだけど、その人の教会が来月半ばにチャリティコンサートをするらしいんだ」
 貴史とは、音楽以外の話もするようになっていた。彼が大学の外で持つ音楽のつながりは、ともすれば自分の技術に焦点の当たりがちな奏一にとって眩しいばかりだった。彼は、自分がこの先どう音楽と関わっていくのか、きちんと考えている。ただ音楽が好きで、それだけのために楽器を弾いてる奏一とは違って。
「毎年僕に誰か紹介してくれないかって声がかかるんだけど、今年は、僕自身が演奏してみたいと思って、……つまり、きみと作っているこの『ロマンス』を、誰かに聴いてもらいたいと思ったんだ。勿論、知人には奏一くんの答えを待ってから話をするつもりだから、いやなら断ってくれていいんだ。でも、僕は、演奏してみたいと、思ってる。きみは……どうかな?」
 問われても、奏一はすぐに答えられなかった。本来的には、人前で演奏する機会は、勿論あったほうがいい。ましてや教会でのコンサートなど、望めばすぐにできるというようなものでもない。誰の評価も得ず、独りよがりに弾き込むのは音楽の正しい姿ではないと奏一は思っている。思ってはいるが、このレーガーの『ロマンス』に関しては別だった。
 もともと、奏一はこの曲を自分の為に弾いていた。他の誰かに聴かせる為ではない、だが、己の技術の向上の為でもなかった。そういう意味では、自分の為に弾いていたという言い訳も半ば誤りだ。この曲は自分にとって、誰かと共有するものではなかった。思いもかけず貴史とデュオを組むことにはなったけれど、それは相手が貴史であったから許されたのであってーー本来ならこの『ロマンス』の世界に、他の誰かが介在する余地はないも同然だった。
 そういう事情が、自分だけの都合だということは理解している。貴史は奏一がいやだと言えばそれを呑むだろう。理由も言いたくないといえば、追求するようなことはしないと思う。だけれども、それはデュオを組むパートナーに対して失礼だとも感じた。
 人前で弾いてみたいと思うのは、その曲の仕上がりにある程度まで満足していて、それが人からどのような評価を受けるか知りたいからだ。音を奏でるものの純粋な欲求だ。
 そしてそれは、貴史が奏一と作り上げている『ロマンス』に満足しているということでもある。そのこと自体は単純に嬉しかった。だからこそ、できることなら、貴史の提案に是と答えたかった。
 同時に、自身に不安を覚えていた。不安定な気持ちのまま舞台に立ったところで、貴史の求める「今の自分たちの最高の演奏」ができるかどうか。奏一には、自信がなかった。 
 長い間奏一が黙していると、貴史はそっと身を引いた。
「あぁ、ごめんね、なんだか考え込ませてしまって。強制なんかじゃないし、今すぐに答えを出さなくてもいいんだ。来週までに返事をくれたらいいから、考えておいてくれるかな?」
 わかりました、と奏一は絞り出すように答えて、結局その日の二人合奏もそれでお開きになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

処理中です...