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重なる音
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一、二週に一度は合わせるようになって二ヶ月ほど経った頃、二人合奏の合間に貴史が切り出した。
「奏一くん。どうかな、この曲の、出来具合は」
どことなくかしこまって問われたことに奏一は内心首をかしげたが、正直に答える。
「そうですね。当初思っていたよりも、ずいぶんハイレベルな挑戦ができていると思う。俺は今までちゃんとしたデュオはやったことがなかったのですが、誰かと、ここまで詰めて音楽ができるとは思わなかった。そういう意味では、満足しています」
「うーん……それは、演奏自体には、まだ満足していない、ってことかな」
「演奏自体を、否定しているわけではないです。でも、満足してしまったらそこでお終いだ、と、思うので。……どうして、そういうことを聞くのですか?」
奏一の中で何かが引っ掛かった。まだまだ高みを目指していける、と思っていたのは自分だけだったろうか。貴史は、これ以上付き合えないとでもいうのだろうか。急に不安になって顔が曇った。それを否定するかのように、貴史は慌てて取り繕う。
「いや、ごめん、合奏がいやになったとかじゃあないんだよ。ただね、せっかくここまで練習してきたんだから、僕ら二人の中で閉じ込めておくのはもったいないような気がしてきてしまってね」
「……と、いうと」
「うん。僕の知り合いに神父さんがいることは話したと思うんだけど、その人の教会が来月半ばにチャリティコンサートをするらしいんだ」
貴史とは、音楽以外の話もするようになっていた。彼が大学の外で持つ音楽のつながりは、ともすれば自分の技術に焦点の当たりがちな奏一にとって眩しいばかりだった。彼は、自分がこの先どう音楽と関わっていくのか、きちんと考えている。ただ音楽が好きで、それだけのために楽器を弾いてる奏一とは違って。
「毎年僕に誰か紹介してくれないかって声がかかるんだけど、今年は、僕自身が演奏してみたいと思って、……つまり、きみと作っているこの『ロマンス』を、誰かに聴いてもらいたいと思ったんだ。勿論、知人には奏一くんの答えを待ってから話をするつもりだから、いやなら断ってくれていいんだ。でも、僕は、演奏してみたいと、思ってる。きみは……どうかな?」
問われても、奏一はすぐに答えられなかった。本来的には、人前で演奏する機会は、勿論あったほうがいい。ましてや教会でのコンサートなど、望めばすぐにできるというようなものでもない。誰の評価も得ず、独りよがりに弾き込むのは音楽の正しい姿ではないと奏一は思っている。思ってはいるが、このレーガーの『ロマンス』に関しては別だった。
もともと、奏一はこの曲を自分の為に弾いていた。他の誰かに聴かせる為ではない、だが、己の技術の向上の為でもなかった。そういう意味では、自分の為に弾いていたという言い訳も半ば誤りだ。この曲は自分にとって、誰かと共有するものではなかった。思いもかけず貴史とデュオを組むことにはなったけれど、それは相手が貴史であったから許されたのであってーー本来ならこの『ロマンス』の世界に、他の誰かが介在する余地はないも同然だった。
そういう事情が、自分だけの都合だということは理解している。貴史は奏一がいやだと言えばそれを呑むだろう。理由も言いたくないといえば、追求するようなことはしないと思う。だけれども、それはデュオを組むパートナーに対して失礼だとも感じた。
人前で弾いてみたいと思うのは、その曲の仕上がりにある程度まで満足していて、それが人からどのような評価を受けるか知りたいからだ。音を奏でるものの純粋な欲求だ。
そしてそれは、貴史が奏一と作り上げている『ロマンス』に満足しているということでもある。そのこと自体は単純に嬉しかった。だからこそ、できることなら、貴史の提案に是と答えたかった。
同時に、自身に不安を覚えていた。不安定な気持ちのまま舞台に立ったところで、貴史の求める「今の自分たちの最高の演奏」ができるかどうか。奏一には、自信がなかった。
長い間奏一が黙していると、貴史はそっと身を引いた。
「あぁ、ごめんね、なんだか考え込ませてしまって。強制なんかじゃないし、今すぐに答えを出さなくてもいいんだ。来週までに返事をくれたらいいから、考えておいてくれるかな?」
わかりました、と奏一は絞り出すように答えて、結局その日の二人合奏もそれでお開きになった。
「奏一くん。どうかな、この曲の、出来具合は」
どことなくかしこまって問われたことに奏一は内心首をかしげたが、正直に答える。
「そうですね。当初思っていたよりも、ずいぶんハイレベルな挑戦ができていると思う。俺は今までちゃんとしたデュオはやったことがなかったのですが、誰かと、ここまで詰めて音楽ができるとは思わなかった。そういう意味では、満足しています」
「うーん……それは、演奏自体には、まだ満足していない、ってことかな」
「演奏自体を、否定しているわけではないです。でも、満足してしまったらそこでお終いだ、と、思うので。……どうして、そういうことを聞くのですか?」
奏一の中で何かが引っ掛かった。まだまだ高みを目指していける、と思っていたのは自分だけだったろうか。貴史は、これ以上付き合えないとでもいうのだろうか。急に不安になって顔が曇った。それを否定するかのように、貴史は慌てて取り繕う。
「いや、ごめん、合奏がいやになったとかじゃあないんだよ。ただね、せっかくここまで練習してきたんだから、僕ら二人の中で閉じ込めておくのはもったいないような気がしてきてしまってね」
「……と、いうと」
「うん。僕の知り合いに神父さんがいることは話したと思うんだけど、その人の教会が来月半ばにチャリティコンサートをするらしいんだ」
貴史とは、音楽以外の話もするようになっていた。彼が大学の外で持つ音楽のつながりは、ともすれば自分の技術に焦点の当たりがちな奏一にとって眩しいばかりだった。彼は、自分がこの先どう音楽と関わっていくのか、きちんと考えている。ただ音楽が好きで、それだけのために楽器を弾いてる奏一とは違って。
「毎年僕に誰か紹介してくれないかって声がかかるんだけど、今年は、僕自身が演奏してみたいと思って、……つまり、きみと作っているこの『ロマンス』を、誰かに聴いてもらいたいと思ったんだ。勿論、知人には奏一くんの答えを待ってから話をするつもりだから、いやなら断ってくれていいんだ。でも、僕は、演奏してみたいと、思ってる。きみは……どうかな?」
問われても、奏一はすぐに答えられなかった。本来的には、人前で演奏する機会は、勿論あったほうがいい。ましてや教会でのコンサートなど、望めばすぐにできるというようなものでもない。誰の評価も得ず、独りよがりに弾き込むのは音楽の正しい姿ではないと奏一は思っている。思ってはいるが、このレーガーの『ロマンス』に関しては別だった。
もともと、奏一はこの曲を自分の為に弾いていた。他の誰かに聴かせる為ではない、だが、己の技術の向上の為でもなかった。そういう意味では、自分の為に弾いていたという言い訳も半ば誤りだ。この曲は自分にとって、誰かと共有するものではなかった。思いもかけず貴史とデュオを組むことにはなったけれど、それは相手が貴史であったから許されたのであってーー本来ならこの『ロマンス』の世界に、他の誰かが介在する余地はないも同然だった。
そういう事情が、自分だけの都合だということは理解している。貴史は奏一がいやだと言えばそれを呑むだろう。理由も言いたくないといえば、追求するようなことはしないと思う。だけれども、それはデュオを組むパートナーに対して失礼だとも感じた。
人前で弾いてみたいと思うのは、その曲の仕上がりにある程度まで満足していて、それが人からどのような評価を受けるか知りたいからだ。音を奏でるものの純粋な欲求だ。
そしてそれは、貴史が奏一と作り上げている『ロマンス』に満足しているということでもある。そのこと自体は単純に嬉しかった。だからこそ、できることなら、貴史の提案に是と答えたかった。
同時に、自身に不安を覚えていた。不安定な気持ちのまま舞台に立ったところで、貴史の求める「今の自分たちの最高の演奏」ができるかどうか。奏一には、自信がなかった。
長い間奏一が黙していると、貴史はそっと身を引いた。
「あぁ、ごめんね、なんだか考え込ませてしまって。強制なんかじゃないし、今すぐに答えを出さなくてもいいんだ。来週までに返事をくれたらいいから、考えておいてくれるかな?」
わかりました、と奏一は絞り出すように答えて、結局その日の二人合奏もそれでお開きになった。
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