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壊れた音
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「あたしね、眞音のことが好きなの」
誰もいない教室で、白いカーテンが茜空を背景に舞った。秋風が、奏一に秘密を打ち明けた彼女の長い髪を揺らす。
高校2年の夏の終わり。相談したいことがある、と彼女に持ちかけられたのは昼休みのこと。特別仲が良かったわけではないが、同じクラスの生徒として当たり障りのない付き合いをしていた。
放課後教室で待っていてほしい、と言われて奏一は素直に応じた。彼女の口から眞音の名前が出た時、奏一は自分が相談相手に選ばれた理由を悟った。
眞音は奏一と一番仲の良い友達だった。知り合ったのは中学の時、県の弦楽コンクールでだ。眞音は、参加者の中で一際輝いてた。奏一には、そう見えた。彼がバイオリンソロ部門で優勝しなかったことに、本人よりも奏一の方が愕然としていた。
コンクールの後奏一から話しかけ、二人は意気投合した。学区は離れていたが、休みの日には楽器を持ち寄って一緒に演奏したり、日が暮れるまで夢中で話し込んだりした。そんなふうに、自分と同じ熱量で音楽を語れる友人を、奏一は初めて得た。示し合せるまでもなく、二人は音楽科のある高校へ一緒に進学し、晴れて学友となった。
眞音を好き、といった彼女――瑠璃は、ピアノ専攻の生徒だ。
「奏一は眞音と仲良いでしょ。協力、してほしいんだ」
恥らうように上目遣いで奏一を伺う瑠璃、奏一に断る理由はない。
「いいよ」
そう答えると、瑠璃はぱっと表情を明るくして両手を胸の前で組んだ。
「ありがとう!」
そんなきらきらとした期待に応えられる自信のなかった奏一は、思わず身を引く。
「でも、具体的に何をしたらいいんだ」
瑠璃は乗り出しそうな勢いを改めて、一つ息をついた。
「あのね、あたし、告白しようと思うの」
「うん。それで」
「奏一には、眞音を呼び出してほしいんだ」
なんだそんなこと、と奏一は内心拍子抜けしていた。それが顔に出ていたのか、瑠璃は少し眉をひそめた。
「そこは大事なとこなの。だって、もし、眞音にその気がなかったら……あたしの呼び出しじゃ、来てくれないかもしれないでしょ」
だんだん声の力を失いながら、瑠璃は言った。
「眞音はそんなやつじゃ」
「そうかもしれないけど!」
友人の名誉のために奏一が付言しようとしたら、瑠璃は大きな声でそれを遮った。一呼吸置いて、落ち着きを取り戻すかのように瑠璃はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも、だって恐いんだもん。もし、眞音が来なかったら?勇気を出して告白しようとしたのに、その機会を失くして……もう一度チャレンジする勇気なんできっと出ないよ。もしダメだったとしても、それは、ちゃんと想いを伝えてからじゃないと……もうどうしようもないんだもん」
最後の一言は泣きそうになっていた。
奏一は思わず、ごめん、と呟く。瑠璃は小さく頭を振った。
「ううん。あたしのほうこそ、なんかごめんね。余裕なくって」
そう言って弱く微笑む。
「眞音って、恋愛とか興味なさそうでしょ。だから、気持ちは言わないでおこうって、思ってたの。でもダメなんだ」
「駄目、なのか」
奏一には、彼女に掛ける言葉が見つからない。おうむ返しに訊ねてみたが、瑠璃はそれには答えなかった。
「そういえば奏一も、興味なさそうだよね」
「え?」
「恋とか愛とか、そういうの」
興味がないというより、わからないというほうが正しかった。正直にそう口にすると、瑠璃は翳りのない笑顔を見せる。
「そっか。でもそれじゃ、あたしの方が一歩有利かな」
「どういうこと」
彼女が気を取り直したのには安堵した奏一だが、言わんとすることが分からず怪訝な顔をする。すると瑠璃は、今度は少し優越感さえ伺わせる微笑を奏一に向けた。
「自分一人で胸に秘めておくには大きすぎる気持ちを歌う曲って、少なくはないと思うよ。表現者として損してるってこと」
誰もいない教室で、白いカーテンが茜空を背景に舞った。秋風が、奏一に秘密を打ち明けた彼女の長い髪を揺らす。
高校2年の夏の終わり。相談したいことがある、と彼女に持ちかけられたのは昼休みのこと。特別仲が良かったわけではないが、同じクラスの生徒として当たり障りのない付き合いをしていた。
放課後教室で待っていてほしい、と言われて奏一は素直に応じた。彼女の口から眞音の名前が出た時、奏一は自分が相談相手に選ばれた理由を悟った。
眞音は奏一と一番仲の良い友達だった。知り合ったのは中学の時、県の弦楽コンクールでだ。眞音は、参加者の中で一際輝いてた。奏一には、そう見えた。彼がバイオリンソロ部門で優勝しなかったことに、本人よりも奏一の方が愕然としていた。
コンクールの後奏一から話しかけ、二人は意気投合した。学区は離れていたが、休みの日には楽器を持ち寄って一緒に演奏したり、日が暮れるまで夢中で話し込んだりした。そんなふうに、自分と同じ熱量で音楽を語れる友人を、奏一は初めて得た。示し合せるまでもなく、二人は音楽科のある高校へ一緒に進学し、晴れて学友となった。
眞音を好き、といった彼女――瑠璃は、ピアノ専攻の生徒だ。
「奏一は眞音と仲良いでしょ。協力、してほしいんだ」
恥らうように上目遣いで奏一を伺う瑠璃、奏一に断る理由はない。
「いいよ」
そう答えると、瑠璃はぱっと表情を明るくして両手を胸の前で組んだ。
「ありがとう!」
そんなきらきらとした期待に応えられる自信のなかった奏一は、思わず身を引く。
「でも、具体的に何をしたらいいんだ」
瑠璃は乗り出しそうな勢いを改めて、一つ息をついた。
「あのね、あたし、告白しようと思うの」
「うん。それで」
「奏一には、眞音を呼び出してほしいんだ」
なんだそんなこと、と奏一は内心拍子抜けしていた。それが顔に出ていたのか、瑠璃は少し眉をひそめた。
「そこは大事なとこなの。だって、もし、眞音にその気がなかったら……あたしの呼び出しじゃ、来てくれないかもしれないでしょ」
だんだん声の力を失いながら、瑠璃は言った。
「眞音はそんなやつじゃ」
「そうかもしれないけど!」
友人の名誉のために奏一が付言しようとしたら、瑠璃は大きな声でそれを遮った。一呼吸置いて、落ち着きを取り戻すかのように瑠璃はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも、だって恐いんだもん。もし、眞音が来なかったら?勇気を出して告白しようとしたのに、その機会を失くして……もう一度チャレンジする勇気なんできっと出ないよ。もしダメだったとしても、それは、ちゃんと想いを伝えてからじゃないと……もうどうしようもないんだもん」
最後の一言は泣きそうになっていた。
奏一は思わず、ごめん、と呟く。瑠璃は小さく頭を振った。
「ううん。あたしのほうこそ、なんかごめんね。余裕なくって」
そう言って弱く微笑む。
「眞音って、恋愛とか興味なさそうでしょ。だから、気持ちは言わないでおこうって、思ってたの。でもダメなんだ」
「駄目、なのか」
奏一には、彼女に掛ける言葉が見つからない。おうむ返しに訊ねてみたが、瑠璃はそれには答えなかった。
「そういえば奏一も、興味なさそうだよね」
「え?」
「恋とか愛とか、そういうの」
興味がないというより、わからないというほうが正しかった。正直にそう口にすると、瑠璃は翳りのない笑顔を見せる。
「そっか。でもそれじゃ、あたしの方が一歩有利かな」
「どういうこと」
彼女が気を取り直したのには安堵した奏一だが、言わんとすることが分からず怪訝な顔をする。すると瑠璃は、今度は少し優越感さえ伺わせる微笑を奏一に向けた。
「自分一人で胸に秘めておくには大きすぎる気持ちを歌う曲って、少なくはないと思うよ。表現者として損してるってこと」
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