淡々忠勇

香月しを

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淡々攻防

土方・10

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「副長!」

 山﨑の声がやけに近くに感じる。部屋の中は急に明るくなり、目の前に原田の心配気な顔が見えた。
「大丈夫かよ、土方さん」
「…………大事ない」
「腕を斬られたんだ。血ぃ止めようぜ」
「大丈夫だろ?」
「副長、ちょっと腕を貸して下さい。手当てしますから」
「いいって!」
「良くないですよ。刀傷を何だと思ってるんですか。さあ」
「浪士どもは……?」
「原田さんが頑張ってくれましたよ」
「な~んだ、じゃあ、ご褒美やらなくっちゃな」
「そういう事! けど、それぁあんたの傷が治ってからの話だ。山﨑さんよ、そんなに深くはねぇだろ?」
「ええ。血が出た割には浅いようです。良かったですね副長。これならすぐに動けるようになります。」
 部屋の中には、ゴロゴロと浪士が倒れていた。その中で自分も尻餅をついている事がおかしくて、ふっと笑う。舌打ちをして、腰をあげようとすると、二人が慌てたようにそれを制した。
「……なんだよ」
「まだ動くなって! 重症じゃねぇけど、刀で斬られたんだからよ」
「いつんなったら動いていいんだよ」
「え? あ~、いつになったらだ? 山﨑さん」
「副長、斎藤さんのところに行きたいんですか?」
「…………」

「足枷を外してあげたいんですね。では、一緒に参りましょう。その腕では、痛むでしょうから、山﨑が外します。鍵を……」
 差し出された手の平に少し重みのある鍵を載せた。再び腰をあげようとすると、今度は原田が肩を貸してくれた。怪我をしていない方でしがみ付く。歩き出そうとすると、原田の腕が腰にまわり、支えてくれようとしたので思わず笑ってしまった。
「原田、俺ぁ足を斬られたわけじゃねぇんだぜ? 一人でも歩けるよ」
「お? あぁ、そうか。ん~? でも、なんかフラついてねぇか? もしかすっと熱が出るのかも」
「……熱?」
「傷が浅いとは言っても、あれだけの血が出ましたからね。今夜あたり出ますよ、副長」
 前を歩いていた山﨑が振り返りながら言う。手ぬぐいでしっかり縛ってある腕に触れた。赤い染みは、少しずつ大きくなってきているような気がする。
「面倒臭ぇの」
「その、面倒臭い原因を作った人間を今から懲らしめますから、声をかけるまで出てこないで下さいよ」
「……へ?」
「副長がそんな傷を作ってしまったのは、少なからず斎藤さんにも原因があります。体の不調を隠して仕事をするとどうなるか、今のうちに教えておかないと、今後同じような間違いを繰り返すに違いありませんから」
「……教えるって……何を……?」
「まぁ、声をかけるまで、待っていてください」

 山﨑は、怒っていた。自分自身にも腹を立て、斎藤にも腹を立てているようだ。こうなった時の山﨑を止められる者は、どこにもいない。俺は黙って頷くしかなかった。

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