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1巻
1-1
序章 四十路の転生
プロローグ 何が起こった?
「誠に申し訳ありません!」
輝く金髪の美女が謝罪の言葉を口にする。
おっさんは戸惑いつつ尋ねる。
「とりあえず頭を上げてもらって……説明をお願いします。なぜ、俺はこんな所にいるのですか?」
おっさんの名前は、霧島憲人。
ブラック企業に勤める四十二歳である。
帰宅途中、交差点で信号を待っていると、何者かに後ろから押された。それで車道に飛び出し、トラックに轢かれそうになった瞬間、意識が途絶え――
気がつくと、真っ白い空間にいる。
そうして今、女性に頭を下げられていた。
女性は頭を上げると、申し訳なさそうに告げる。
「空間に歪みができ、それを直そうとした際に、力が暴走してしまったようなのです。その力が霧島さんの体に当たってしまい……結果として、霧島さんはトラックに轢かれてお亡くなりになりました」
それから女性は、自分が何者であるかをおっさんに明かした。
彼女の名前は、セレスティナ。
いくつかの世界を管理する女神であるという。
おっさんは衝撃的な展開に混乱しつつ質問する。
「……つまり、俺が死んだのは間違いってことなんですよね。だったら、生き返してもらうことは可能ですか?」
すると、セレスティナは首を横に振る。
「……申し訳ありませんが、霧島さんが亡くなった瞬間は大勢の方に見られています。そうなってしまうと、取り消すことは不可能なのです」
女神といえど、多数の人間の記憶を消すことはできないらしい。
セレスティナは苦しげにそう説明すると、その代わりとして、彼女が管理する世界の一つに転移させるというアイデアを提案した。
さらにおっさんには、望んだスキルを授けるという。
それを聞いて、おっさんはぴくりと反応した。
おっさん、本を読むのが好きで、いわゆる異世界転生物のラノベを何冊も読んでいる。
彼は少し興奮しながら確認する。
「女神様の言う世界とは、どんな所ですか?」
「霧島さんの世界で考えると、文明の基本的なレベルは欧州の中世に近いでしょうか。そうでありながら、剣と魔法が支配する世界と考えていただけたら良いかと……」
おっさんは笑みを浮かべた。
(はい来た、テンプレですね。どちらにせよ、元の世界には戻れないのだから、ここはもう腹をくくろう)
彼はいったん気持ちを落ち着かせ、さらに質問する。
「もう少し聞かせてもらっても?」
「もちろん。霧島さんに納得してもらえるまで、説明させていただきます」
「剣と魔法の世界と言っていましたけど……その世界では、人と人とが争っていたりするんですか?」
おっさん、ファンタジーは好きだが、争い事は得意ではない。戦争のようなものには巻き込まれたくないと考えたのだ。
セレスティナが答える。
「霧島さんがいた世界以上に、争いが絶えない場所かもしれませんね。ただし、基本的には人と人の争いではなく、魔物との戦いが大半です」
(……魔物と来たか。まあ何となく想像していたが)
彼はいったん黙って考え込むと、質問を重ねる。
「……女神様の世界に転移したら、俺には何かやらなければならないことがありますか?」
通常、この展開には使命が付き物だ。
世界を救えだとか、魔王を倒せだとか。
おっさんの懸念に、セレスティナは首を横に振る。
「私のミスで転生することになったというのもありますので、自由にしていただいて構いません。それで、霧島さんに行っていただく場所というのは――」
異世界セレスティーダ。
魔物があちこちにはびこり、剣と魔法によって独自の秩序が作られているという、不思議な世界である。
それからおっさんは、いろいろ考えた。
四十路からの異世界転生。
どんなふうに生きるべきか。そしてどんな能力が必要なのか。
セレスティナは急かすことなく、そんなおっさんを待っているのだった。
1 スキルを選ぶ
俺、憲人は頭の中を整理してから、女神様に尋ねることにした。
「俺が望むスキルをくださるとのことですが……個数に制限はありますか?」
「霧島さんには、不便のないようにするつもりですが……そうですね。あまりに規格外の能力を持って目立つのも大変でしょうから、十個まででお願いします」
俺は頷きつつ思案する。
十個に制限するといっても、それでも多すぎるくらいだろう。とはいえ、適当に決めてしまうと良くない。
俺は再び女神様に尋ねる。
「能力に制限はありますか? こういうのはいけないとか」
「影響が著しいものに関しては、制限を設ける場合もありますね」
いくらか制約があるとはいえ、随分と自由度が高そうだ。
「……わかりました」
俺はそう返事をすると、この世界を生き抜くために必要なスキルが何か考えた。
◇
しばらくして、何となく考えがまとまった。
「言葉を話せないと詰むので、【異世界言語】をください」
「それは元々与えるつもりでしたが……」
困惑げに口にする女神様に、俺は言う。
「女神様が言っているのは、人族の言語だけですよね、きっと?」
「ええ」
「俺が欲しいのは、すべての言語です」
「すべての言語? それはどういう意味でしょうか?」
「俺がこれから行くことになる世界には、人族以外に様々な種族がいると思うんです。そういう存在とも交流できるようにしておきたいので」
女神様は納得したように頷く。
「ああ、そういうことですか。わかりました。特に問題はありませんので、そのようにします」
これで一つ目のスキルは決まった。
転生物のラノベを読んできた経験上、言葉の問題は何よりも大切だと思ったのだ。人族以外の種族とも、いろいろ関わることになりそうだし。
続けて俺は言う。
「二つ目ですが、物の持ち運びのために【アイテムボックス】が欲しいです。容量は決まってなく、中に物を入れると、その物の時間が停止するようなやつが良いですね」
これも定番のスキルだと思ったのだが、女神様は困ったような顔をする。
「ええっと。【アイテムボックス】というスキルはあります。似た機能を持つアイテムもありますが……容量制限がないのと、時間停止の両方を備えるスキルやアイテムはないんですよね。セレスティーダでは初となりますが……まあ良いでしょう。ただしトラブルを避けるために、見せびらかしたりしないようにお願いしますね」
「わかりました」
「他のも決まりましたか?」
慌ただしく促してくる女神様に、俺は告げる。
「三つ目は、【鑑定】が欲しいです」
「問題ありません。そのスキルは、職人や各ギルド員は持っていますね」
俺は「ギルド」という単語を聞いて、つい反応する。
「ギルドってやっぱりあるんですね」
「ええ。やっぱりと言うと?」
「俺の読んでた本で、よく出てくる設定だったんです」
「それだったら、説明は特にはいりませんか?」
俺は、話を進めようとする女神様に尋ねる。
「ギルドに入ると、そのギルド証が身分証になったりするんですよね? あとは、お金を預けたり引き出せたり」
「概ねその通りです。ギルドによって、ギルド証のデザインが異なるんです。ギルドに入るたびに、複数のギルド証を得ます」
「そっちのパターンですか」
「そっちのパターン?」
「俺が読んでいる本では、複数のギルド証があるパターンと、一つにまとまるパターンがあったんです」
「なるほど」
頷く女神様に、俺は【鑑定】を選んだ理由を説明する。
「少し話が逸れてしまいましたが、戻しますね。【鑑定】が欲しいと思ったのは、俺が住んでいた日本とは、名前や形が違う物があると思うんですよ。見覚えがある食べ物であっても、食べられるかどうかわからないと不安ですし」
「そうですね。では、【鑑定】を授けましょう」
「未知の食材とか道具とか……この歳ですが、期待が膨らみます」
いろいろ想像して楽しみにしていると、女神様は笑みを浮かべる。
「期待されると嬉しく思います。他には?」
俺は一息ついて答える。
「……四つ目は、【生産】スキルですね」
「【生産】ですか」
「ええ」
「今までも地味な感じでしたが、それに輪をかけて普通ですね」
女神様的には、このスキルはそういう認識らしい。俺は、【生産】がいかに優れたスキルであるか説明する。
「そうでもないと思いますよ? どんな場所で生きるのであれ、手に職がないと食べていけませんから。このスキルがあるだけで随分楽になると思います」
それから俺は【生産】で何ができるか説明した。
「スキルで武具を作ることもできるでしょうし、極端に言えば家も作れるんです。この能力を用いて商売して生きていくことができますしね」
「なるほど。わかりました、そのスキルも付けます」
あとはどうしようかな。
そうしてすぐに、俺は次に欲しいスキルを告げる。
「五つ目は、【錬金】ですね」
「【錬金】?」
「ええ。これも生活を潤すためのスキルになるのかな?」
「と、言うと?」
「薬を作って売買できるかなと思ったんですよ。それに旅に出たりすると、急な怪我や病気が怖いので、ある程度自作できればいいかなと」
ちなみに俺にとって【錬金】は、金属を生み出せるほか、薬や調味料を作れるスキルというイメージだ。
セレスティーダでもその認識で問題ないらしい。
「わかりました、【錬金】ですね。このスキルは薬師ギルドの職人が全員持ってますし、薬の売買も薬師の専売ってわけではないですしね。商店の人も【錬金】を持ってることがあります。薬師ギルドの職人が作った物のほうが効果が高いってだけです」
そこで、俺はふと思いついて尋ねる。
「薬や調味料以外の物を【錬金】しても大丈夫なんですか?」
「薬や調味料以外の物?」
首を傾げる女神様。
「ええ、金属とか宝石とか」
「……そうですね。金を作ろうとしたり、不老不死の研究をしたりしないのであれば、自由に【錬金】を使っていただいて大丈夫です」
俺は女神様の返答に安堵すると、次のスキルの話に移る。
「六つ目は、【全属性魔法】のスキルが欲しいです」
「全属性ですか!?」
「はい、全属性です」
これまでとは打って変わって、女神様は驚いた様子を見せる。
「うぅーん。全属性とおっしゃいますが……具体的に、どんな属性の魔法が欲しいとかありますか?」
「火、水、風、土、氷、雷、光、聖、闇、無、治癒、精霊、従魔術、時空間、付与あたりですかね」
「………」
絶句してこちらを見てくる女神様。
しばらく待ってみても、女神様はそうしたままだったので、俺は恐る恐る声をかける。
「あの?」
女神様はため息交じりに言う。
「……本当に、ほぼ全属性ですね」
「ほぼですか? 何となく想像できていましたが……ちなみに、他にはどんな属性があるんですか?」
「魔物が主に持ってる毒と、奴隷紋ですね」
「やっぱりかぁ」
「やっぱりって。わかってたんですか?」
「読んできた本から、大体想像できるんですよ。本では奴隷が出てきたりしましたが、奴隷紋はいらないですね。奴隷は、俺が暮らしていた所では馴染みのない文化ですし。毒もね、出てくる設定の物語はあったものの何となく忌避感があって……」
すると、女神様は笑みを浮かべる。
「避けてほしい属性を避けてくれてますね。うーん、それでもはっきり言って、セレスティーダの中で稀有な存在になりますよ?」
「そこはまあ、自衛の手段として必要なんで……魔物とかを倒しやすくするためですし」
「言いたいことは理解できますけど……しかし、うぅーん……」
「……だめですかね?」
「わかりました。ですが、できる限り自重してください」
「ええ、わかってます。自分に降りかかる火の粉を払うために欲したスキルですから、それ以外に使うつもりはありません。そもそも剣で戦えと言われても、何もできない気がするんです。これまで剣を持ったことすらないですし。せっかく異世界に来たのに、悪者に捕まっていいように使われる未来しか見えませんよ……」
いやホントに、そうだと思うんだよな。
気を取り直して、俺は次のスキルをお願いする。
「七つ目は、【調理】スキルです」
「これはまた、何と言うか……普通ですね」
そう言って、首を傾げる女神様。
神様に対して失礼かもしれないが、可愛い仕草だと思ってしまった。
俺は苦笑いして答える。
「まあ、はい」
「これにした理由を尋ねても?」
女神様が訝しげに見てくる。
こんな視線を向けられるのは、今まで求めてきたスキルがよくわからない感じだったから仕方ないのか。
そう反省しつつも、俺はさらりと告げる。
「まあ、単に自炊するためですね」
「は? それだけですか?」
女神様は信じられないらしいが、本当にそうなのだ。いや自炊のためのこのスキルは、俺にとって結構重要だった。
俺は女神様に向かって答える。
「ええ、それだけです。これから行く世界には俺にとって未知の食材があると思うので、自分で調理して食べてみたいんです。そのために【錬金】や【鑑定】も望んだので」
「え? 【錬金】や【鑑定】がなぜ関係するのですか?」
女神様はますます混乱してしまったようだ。
俺は説明する。
「ああそれは、【鑑定】で食材を探したり、【錬金】で調味料を作ったりしようと思っているんです」
「なるほど……それだったら、特に影響が少ないと思うので付けます」
疑ったわりに、女神様はあっさりと納得してくれた。
スキルを選んでるだけなのに、だいぶ時間がかかってるな。
でも、あと少しだ。
俺は女神様に次のスキルをお願いする。
「八つ目は、レベルやスキルの成長率を二十倍とかにする、【成長率上昇】スキルですね」
「…………」
目を見開いて凝視してくる女神様。
調子に乗りすぎたか。
そう思って冷や汗をかきながら聞いてみる。
「……何か引っかかりますかね?」
「さすがに倍率が高すぎるので、下げさせてもらいます」
どうやら【成長率上昇】自体は大丈夫らしい。
俺は内心ホッとしながら、さらに尋ねる。
「何倍までなら可能ですか?」
女神様は考え込み、やがて口を開いた。
「……せいぜい五倍までですね。これでもかなりおまけして、です」
「わかりました、それでお願いします」
俺的には、多少でも上がりやすくなれば助かるな~程度の気持ちで提案したので、五倍でも万々歳だ。
女神様の気が変わらないうちにさらっといこう。
次のスキルは自分自身の能力としてでなく、物として頼むことにした。
「では、九つ目ですが、地球とセレスティーダの知識を、すべて閲覧できるスキルを備えた物をお願いします」
「!!」
女神様は驚愕の表情のまま固まってしまった。
しばらしくてハッとしたように我に返り、慌てて口を開く。
「な、何、何を言ってるのですか!」
ちょっとお怒り気味の声色になってるな。
「何をって言われましても。必要なので希望を言ったのですが……」
「どう必要なのですか!」
女神様の目は若干据わっている。
「いや、例えばですが……調理レシピとか鍛冶レシピとか錬金レシピとか? あとはセレスティーダの地図? スキルだけあっても、スキルの使い方や物の作り方がわからないと何もできないし、異世界で迷子になって餓死するとか嫌すぎるので」
俺の言い分を聞いて、女神様も少しは納得してくれたらしい。
女神様はさっきまでの怖い雰囲気をようやく解いてくれた。
「……地球の兵器の情報には手を出さないと?」
女神様の心配はそこだったようだ。
俺は首を横に振って告げる。
「出しませんねぇ。少なくとも、兵器に手を出すつもりはないです。いっそ、そうした情報に手を出せないように、凍結してもらっても結構ですよ? でも、銃には手を出すかもしれません」
「銃に手を出すとは?」
これの返答に、俺はちょっと照れつつ答える。
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