上 下
278 / 354
第五章 呪いが解けるまで楽しむ予定です

ガチギレです

しおりを挟む


「はぁ~~!? うっせーな。わざわざ面倒くさいことしなくても、いつも通りやりゃあいいだろーがよ」

 素直に提出してくれないとは思ってたけど、これはないわ……

 開口一番、そう吐き捨てたのは第一部隊の隊長さん。

 虎の獣人だからか、ガタイはとても良い。だけど、頭はとても残念だった。脳筋も極めればこうなるのね。勉強になったわ。

 でも、思ったより怖くないのよね。ケルベロスさんやヒドラさんの方が、断然怖かった。比べることができないくらい。この虎、隊長さんよね?

「そういうわけにはいきません!! 予算書を提出してください、隊長。今日中に!!」

 ニコさんも負けてはいない。子供と大人ぐらいに体格差があるけど、言うべきことは怯まずに告げる。こういう人が上司だと部下は幸せよねって、心底思うわ。そんな上司を自ら放棄するなんて、ほんと馬鹿よね。

「うっせーな!! いつも通りやれって言ってるだろーが!! 出したことにしてよ」
 
「できません。今日中に提出されないのなら、今年の予算はおりません!! それで、宜しいのですか!?」

 平行線の言い合いが続いている。これ、話し合いじゃないよね。

「あぁ!? そんなことしてみろ、腕をもいでやる」

 殺気を放ちながら、虎獣人はニコさんの胸ぐらを掴み上げる。足先が宙に浮いた。息苦しさからか、ニコさんの顔が赤く変色する。

「ニコさんから手を離してくれますか? 隊長さん。隊長ともあろう方が、脅迫ですか……レベル低くないですか? 色々な意味で」

 私は魔界に関わりがない。だから、口は出すまいと思ってたけど、ニコさんに危害を加えるなら話は別よ。

 ニコさんを掴む腕を掴み、私は言い放つ。【身体強化】の魔法を掛けた手でね。わずかに、虎獣人の手が緩む。

「はぁ!? うっせーな、部外者は引っ込んでろ!!」

 虎獣人は掴まれた腕をそのまま振り、ニコさんごと振り払うつもりだった。でも、それはできない。【身体強化】を全身に掛けたからね。ビクともしない。

「ニコさんを離しなさい。これ以上力を入れると、折れますよ」

 私は更に強く、虎獣人の腕を掴みながら命じた。

「人間風情が!! 舐めたことを抜かすな!!」

 雄叫びと同時に、虎獣人の覇気が格段に上がった。

 本当に、脳筋よね。

 私はわざと力を少し抜く。すると、虎獣人は私とニコさんを力任せに振り払った。吹っ飛ばされる私とニコさん。

 でもそれは、私が狙っていたことだった。だって、あのままだとニコさんが怪我する危険性があったからね。

 私はニコさんの背後に回り込み、その体を抱き止めた。激しく咳き込む、ニコさん。私はその背を撫でる。

「大丈夫ですか? 呼吸、元に戻ってきましたね、ニコさん。あ……首、少し痣になってますね、ほら、これで綺麗になりましたよ」

 ニコさんの首元に【回復魔法】を掛けた。

「私のことはいいです!? マリエールさんこそ、怪我はありませんか!?」

 私の両腕を掴み、確認するニコさん。本当に良い人だ。人じゃないけど。

「てめぇら!! 俺を無視するんじゃねぇ!!」

 あ~~脳筋が怒鳴ってるわ。あれで、隊長なんて、よっぽど人手不足なのね。神獣様が牙を剥き出しにしている時点で引かないなんて、馬鹿としか言いようがないわ。状況を正確に判断できないのは、隊長としては失格なんじゃない?

 全く。面倒くさいけど、こんな脳筋相手には、言葉よりも拳の方が有効だからね。行くとしますか。

「神獣様、ニコさんをお願いします。少し遊んできますわ」

「なっ!? 何を言ってるんですか!! マリエールさん、危ないです!!」

 慌てて、ニコさんは私を止めようとする。

「大丈夫。ケルベロスさんやヒドラさんに比べて、遥かに弱いと思うから。それじゃあ、行ってきますね」

 でも、油断はしない。どんなに脳筋でも、一部隊の隊長をしてるんだからね。

 あんまり待たすと、隊長さん突っ込んで来そうだわ。こっちを、殺気丸出しで睨んでるしね。いつの間にか、観客増えてるし。プライドをへし折るにはいい舞台よね。

「マリエール」

 厳しい声で、神獣様が私の名を呼ぶ。いつもとは違う雰囲気。

 もしかして、怒ってる? 勝手なことをしたから?

「……我慢できませんでした。申し訳ありません」

 素直に謝る。私のことを大事に思ってくれてるから、怒ってるんだってわかってるから。

「全く……止めても無駄だとわかってはいるが、無茶はするな。こやつのことは心配しなくてよい」

「はい。行ってきます」

 私は鍛錬場の中央で待つ虎獣人に視線を向けた。

「神獣様!!」

 背後でニコさんの悲鳴が聞こえる。

「ニコよ、心配する気持ちはよくわかる。人間が獣人に、それも上位種の虎獣人に勝てるとは誰も思うまい。だが、マリエールは強いぞ。黙って、見ておれ」

 神獣様、最高のエールだよ。ありがとう。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,327pt お気に入り:11,875

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,085pt お気に入り:107

妹は聖女に、追放された私は魔女になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:2,447

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,748pt お気に入り:6,431

なんで元婚約者が私に執着してくるの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:12,783pt お気に入り:1,874

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,208pt お気に入り:1,568

新妻よりも幼馴染の居候を優先するって、嘗めてます?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:10,486pt お気に入り:160

処理中です...