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第八章 今度こそ絶対逃げ切ってやる
捨てれるわけないじゃない
しおりを挟む糞女神の呪いから逃げる――
それは同時に、アレクからも逃げることができるってこと。
だから、私は逃げることを優先にして魔術を極めていた。だって、初めから私がアレクに勝てるとは思っていなかったしね。人外に域に達している天才に凡人がいくら頑張っても勝てるわけないでしょ、時間かけてもね。せいぜいできるのは、意趣返しだけよ。
でもね……その過程であることを思い付いたの。それが実現できたら、私でも糞女神やアレクを出し抜くことができる。それどこか逆転できる。
どんな魔法書にも記されてはいない魔法。古代魔法に精通しているカインでさえ知らない魔法。知らなくて当然、その魔法はこの世界には存在しないから。なぜなら、私が一から作り出した魔法だから。
私が幾度となく転生を繰り返し練り上げた魔法――
できれば使いたくはない。一度しか使えないから。そして、一度発動したら止める術はないの。
最悪なのか幸いなのかわからないけど、もう発動条件は満たしているわ。アレクも糞女神も知らなかったでしょうね。糞女神の呪いのせいでアレクに殺される度に、私の魔法は完成していくのよ。そしてとうとう、前回の私の死で遂に完成したの。
今世で糞女神からの呪いも解け、使うことはないと考えていたのにね。皮肉なものねと思っていたら、苦笑しか出てこなかった。そんな私に、カインは訝しげな表情で訊いてきた。
「なぜ、笑うんだ?」
カインはわからないでしょうね。
「別に、それはどうでもいいことでしょ。それより、質問の答え聞いてないんだけど」
「……決まっているだろ。俺はマリエールがいればそれでいい」
「他の人を排除しても?」
「好きな女を手に入れるためなら、誰でもしていることだろ?」
褒められたことではないけど、好きな人を手に入れるために他者を騙すことはある。でも、カインの場合は限度が超えてるわ。
「確かにね……でも、貴方の場合は、力ずくで排除しているわね。最悪、殺すこともいとわない」
「察してくれて、離れてくれれば俺は何もしないさ」
相変わらずの上から目線。それで無茶振りすぎる。
「……前から思ってたけど、貴方何様なの? ほんと不愉快だわ。世界は自分中心で回ってると思っているの?」
「まさか、そんなことは思ってないよ。でも、配慮はすべきだろ? 俺たちはこの世界に散々迷惑をかけられた」
まだ勇者に選ばれたことを根に持ってるのね。そもそも、アレクは勇者になることを拒否していた。なりたくないものに無理矢理ならされ、アリエラから引き離された。彼は元々アリエラの護衛騎士だった。
アリエラとアレクの人生は、アレクが勇者になった瞬間からすれ違い始めた。結果、ボタンを掛け違うことになったの。そして、今も掛け違ったままでいる。まだボタンはあるのにね。
人が過去を変えることができないように、そのボタンはもう掛け直すことはできない。
掛け直すことはできないなら、ボタンさえなくなればいいんじゃないかな。そうすれば、もう誰も苦しむこともないもの。かつて愛した人が、これ以上闇堕ちする姿を見ることもない。
「……確かに、そうね。でもね、この世界で私たちは生きていく。生きていかなければならない。この世界に住む人たちに、私たちの負を押し付けていいわけじゃないのよ。私は全てを捨てたら楽になった……大事な居場所を見付けることもできた。久し振りだよ、なにも考えずに笑えたの」
「捨てた中に、俺も入ってるんだろ?」
そう問い掛けてくるカインの声は、とても低いのに弱々しいもののように聞こえた。私は静かに首を横に振る。
「距離は置いてたけど、捨ててはいない……捨てられるわけないでしょ。こんなに、魂で強く繋がっていたのに」
そう言いながら、私はカインの間合いに入る。そして、カインの前に立った。立ち竦むカインに私は微笑みかけた。
私からカインに触れたのはいつぶりだろう。私の両掌に伝わるカインの体温が心地よい。固まっているカインは、まだ勇者になる前のアレクを思い出す。
発する言葉が見付からないカインの代わりに、私は静かに告げた。
「……だから、私が私を捨てるわ」
カインが慌てて私を止めようと抱き締め止めようとしたけど、もう遅い。
この魔法は一度発動したら神でさえ止められないのだから――
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