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60 久々に兄との対面です

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 こんな所で、落ち着いて話もできないから、私たちは一旦家に戻ることにした。

 車中は、かなり空気が重かったよ。全員無言でピリピリしてたし。何かあると困るから、こっそりとお祖父ちゃんを呼んでおくことにした。

「神崎君が、一葉さんの実の兄なのは本当ですか?」

 長い沈黙の後、口を開いたのは陽平さんだった。その表情は無表情に近い。私はハラハラしながら、隣に座る陽平さんを見る。

 だって、陽平さんは私の元家族のことを知ってるから……兄さんを責めるかもしれない。良い感情を持ちはしないよね。ましてや、そんな人物に自分の研究を託すなんて、普通は考えない。それが、私はとても悲しかった。だからといって、兄を責めるのは違うと思う。

「はい。一葉は俺の実の妹です」

 兄さんの声は固い。

 緊張のせいか、私の病気のことを知ったからなのか、たぶん両方よね。

「陽平さん!! 兄さんは絶縁したあの元家族とは違うわ!! だからーー」

「神崎君を非難するつもりも、喧嘩するつもりはないよ。少なくとも、愛情がなければ、一葉さんにセカンドオピニオンを受けさせようとはしないし、あんな風に取り乱して抱き締めたりはしないよね」

 私の言葉を遮り、陽平さんは言った。優しい目で。

 その目を見て、私はホッと胸を撫で下ろす。大切な人が言い争うのは見たくないから。

 同時に兄さんは気付いただろう。私が元家族のことを話していることに。兄さんはリビングのソファーに座るお祖父ちゃんに視線を向ける。お祖父ちゃんは小さく頷いた。

「こんな偶然があるなんて、さすがに考えもしなかったよ。まさか、一葉さんの兄とはね」

 陽平さんが小さく息を吐き出す。

「俺も知りませんでしたよ。まさか、一葉がこの病を患っていて、ましてや、山中先輩が一葉の婚約者だったなんて」

 兄さんも陽平さんと同じように、小さく息を吐き出した。

「だから、さっさと一也に話しておけって言っただろ、一葉」

 ずっと黙って話を聞いていたお祖父ちゃんが、私に向かって言った。

 その台詞を聞いて、陽平さんと兄さんは私に視線を向けた。別に悪いことをしたわけじゃないのに、なんか責められるみたい。

「だって……なかなか、言うタイミングがつかめなくて……」

 なんか、言い訳がましくなっちゃった。

「ただたんに、言いたくなかっただけだろーが」

 そんな私を、お祖父ちゃんはバッサリと切った。

「それは、どういう意味だ? 一葉」

 兄さんが厳しさと悲しみが混じった声で詰問する。その目は傷付いているように見えた。

 そんな目をさせたいわけじゃない。ただ……言い出せなかったのは本当。お祖父ちゃんが『言いたくなかっただけだ』と言われても、反論なんてできない。

「……」

「一葉、まさか、俺があの毒親たちに言うとでも思ったのか?」

 言葉がでない私に、兄さんが重ねて詰問してくる。

 その台詞は私が考えてもいないものだった。だから、私は反射的に反論する。勢いよすぎて、思わず両手をテーブルに付き立ち上がってしまう。

「そんなこと、考えてもなかった!!」

「なら、なぜ?」

 真正面から兄さんに見詰められ、そう訊かれて、私はとても焦った。逃げ出したいけど、逃げられない。はなから、そんなことできないわね。

 兄さんだけでなく、陽平さんもお祖父ちゃんも私の言葉を待っているのがわかるから。

「……恐かったのよ。兄さんに病気のことを知られるのが」

 座り直し、口ごもりながらも私は答える。その声は思っていた以上に小さかった。でも、全員にちゃんと聞こえたようだ。

「どうして?」

「兄さん、医者だし。……それに、私が〈原発性非ヘイフリック症〉に掛かってると言ったら、絶対、今の仕事を辞めてここに来るよね?」

 私がそう尋ねると、兄さんはわずかに狼狽えた様子で答える。

「そんなことは……」

「ないって断言できないのは、肯定していると同じことだよ。兄さん、まだ私に対して後悔しているでしょ。どうして、骨折するまで行動が起こせなかったんだって」

「それは当然だろ!!」

「それは違うわ!! あの毒親たちがいたら、できるわけないじゃない!! 私知ってるんだからね。兄さんがお祖父ちゃんが来るまで付き添ったことと、私の見舞いに来たことが元親たちにバレて、激しい折檻をされたってことも!!」

 兄さんがお祖父ちゃんを見る。

 やっぱり、折檻されたんだ。

「お祖父ちゃんは言ってないわよ、一言も。兄さんが突然見舞いに来なくなって心配したから、退院後、兄さんの学校に行ったのよ。松葉杖付いてたからわかったわ。腕を折らなかったのは、勉強ができなくなるからでしょ。あの人たちらしいやり口よね」

 最後の台詞は侮蔑が滲んでいた。当時の悔しい思いが蘇る。

 まさか、私に知られているとは思っていなかった兄さんが言葉を失う。

 どんな言い訳をしても、兄さんから逃げてたことにかわりはない。そろそろ、ちゃんと向き合わないといけないよね……私も兄さんも。

 
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