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61 ちゃんと伝わったよね
しおりを挟む言葉を失った兄さんに、私は真剣な顔をしながら嘆願した。「……兄さん、もう、自分を責めるのは止めて」と。
「俺は……」
兄さんも色々と当時のことを思い出しているだろう。辛くて辛くて、苦しい表情をしていた。
「兄さんは精一杯、私を助けようとしてくれた。私を励ましてくれた。私はお祖父ちゃんやお祖母ちゃんのおかげで、あの毒親たちの呪縛から解放できたの。今度は、兄さんが解放される番だよ」
兄さんは私より、あの毒親たちと長くいた。逃げ出さずにね。私を護るために防波堤になってくれたの。そのせいで、兄さんに掛けられた呪縛は強固になってしまった。
実際、暴力も振るわれていたし。離れて暮らして自立しているのに、その呪縛は今も兄さんに巻き付いて動きを封じている。
私はそれを取り払いたかった。
そう。それが、私の切なる願いなの。
兄さんのことがとてもとても大切で、大事な家族だから、私は兄さんを救いたい。兄さんにも無条件に休める居場所を作って欲しい。私がそれで救われたように。
心から切に願う。
私がこの世から消えてしまう前にーー
「一葉……」
私を真っ直ぐに見詰める兄さんに微笑む。うまく微笑むことができてないけど。
それでも、伝えたいことがあった。
「私はもう大丈夫。兄さんに護ってもらわなくてもね。陽平さんがいるし、お祖父ちゃんもいる。日向や未歩ていう兄妹もできたの」
「だから、もう俺はいらないってことか……」
言い方が悪かったみたい。悲しくて、傷付いた顔をする兄さんに、私は慌てて首を横に振る。
「違うよ!! 今度は、私が兄さんの防波堤になるって言ってるの!! あの毒親たちのね。頼りないかもしれないけど、私の背を支えてくれる人がいるから、大丈夫。任せて」
私は自分の胸を軽く叩く。
そんな私を、兄さんは泣きそうな、眩しそうな感じで見た後、お祖父ちゃんと陽平さんに視線を移した。お祖父ちゃんも陽平さんも軽く、だけど、しっかりと頷いた。兄さんの視線が私に戻る。
「…………一葉、強くなったな。幸せだから、強くなれたんだな」
小さい声だったけど、はっきりと聞こえた。
「そうだよ。幸せだよ。すっごく幸せだから、強くなれたんだよ」
もちろん、私はにっこりと微笑みながらそう答えたよ。
「そうか……なら、よかった」
兄さんは呟くと席を立った。そのまま、リビングを出て行こうとする。
「兄さん!?」
慌てて私は止めた。今にも、消えてしまいそうだったから。
思わず上着を掴む私の頭を、兄さんは撫でながら言った。
「少し、風に当たってくるだけだ。心配しなくても、黙って帰ったりしないから」
私は兄さんの言葉を信じて、上着から手を離した。兄さんはもう一度、私の頭を撫でてから外に出た。
少し間をあけてから、お祖父ちゃんが兄さんの跡を追うように出て行った。
「……大丈夫だよ、一葉さん」
愛しい人の優しい声が耳元でした。
二人を見送り立ち尽くす私の背中を、陽平さんは後ろからそっと抱き締めてくれた。その温かさに、私は泣きそうになった。
ちゃんと伝わったよね……私の気持ち。
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