妖のツガイ

えい

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影派

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 影派の発祥は二千年ほど前に遡る。位も弟子持たない一介の仙人であった影は各地を旅する流浪者だった。今でこそ、仙は仙が育て一人前になるまで面倒を見るという師弟式が主流であるが、その頃は藍仙郷の前進はあるものの、師がいなくとも仙骨があればそれはもう仙人だった。影は野生の仙人の代表格であり、各地を旅し、妖魔を倒し、人々を助けるいわば英雄としての一面が強い。
 仙人としての力をひけらかすものも多くいる中、影は常に人に寄り添った。
 ――仙としての力を人の為に使え。驕り高ぶるな。
 影派は影の教えに沿った仙人の集まりである。そのため、影派は藍仙郷に引きこもることはほとんどなく、常に人間を見ていた。
 銀之丞と希助が影の命で西南へと向かったのは10日ほど前のことだ。まず2人は件の妖について情報収集をした。砂漠地帯も多い過疎地で、かつ村々も散らばっている場所での人探しは骨が折れた。それに妖だ。ずっとそこにいるとも限らない。
 ほとんど何も手がかりがないまま3日過ぎた後、妖に村を滅ぼされたという人々が流れてきた。それを辿り西へ行き、妖の微弱な気配を辿って南へ行った。それだけで5日は経った。
 たどり着いた辺境の町。辺境にしては異様なほど人が多くいた。妖が人に紛れることはしばしばあるが、その人物はここにいるはずのない姿をしていたので、銀之丞と希助は簡単に妖だと判断することができる。しかし、その妖も瞬時に敵意を感じ取ったのか、静かに、そして冷静に刀を振りかざした。
 銀之丞は大ぶりの刀で攻撃を受け、その反動で後ろへと跳ぶ。希助は術を編んで影の中に捉えようと地面に刀を突き刺すが遅かった。妖は跳躍して逃れる。
 気がつけばあれほどいた人影が消えている。ガランとした、町の中で一匹の妖と対峙していた。
 
「ここまですばしっこいとは聞いてねぇぞ、蓮坊」
「疾いだけではない。力もある。蓮の複製と聞いていたが、妙だな。一度立て直そう」
 
 銀之丞が舌打ちする。
 蓮の姿を模した妖は、にっと笑って刀を投げた。その刀は銀之丞の肩を掠る。希助の影渡りで逃げることが出来たものの、刀を掠った肩はみるみるうちに変色した。
 
「人間であれば致死量だ。銀、仙でよかったな」
「くそ。仙だってこりゃ長引けば辛ぇし、普通に死ぬだろ」
「今のところ手持ちの解毒薬はどれも効かない。宝家を呼ぶか。借りはあるんだ」
 
 希助は連絡用の蟲を使って宝家から使者を呼んだ。来たのは面識のある宝凛だ。
 敵意剥き出しで吠えている印象しかない宝凛ではあるが、宝家の中でも優秀な出来だという噂は本当で、無駄のない動作で診察した。
 
「で、なんで犬の大将がいるんだよ!?」
「うるさい、病人。口を開くな。体力を温存しろ」
 
 宝凛を連れてきたのは、緋色の髪と瞳の美男子、火焔だ。火焔はぼろ家の壁に寄りかかり答えた。
 
「七生のお気に入りだからな」
「この間からそれ、なんなんだよ。お気に入りじゃねーし。七生がいなくて寂しいのをぼくで埋めんじゃねーよ」
 
 七生と蓮がいない間、宝凛は火焔に付き纏われていた。付き纏う、というよりは事あるごとに呼び出される。火焔邸にいる子ウサギのお守りやら診察やら、ハクノの研究の手伝いやらで駆り出されていた。今回も宝家から命令が下って辺境に行くとなった話をどこからか聞いてついて来た。宝凛にとっては移動やらで使う仙力が温存できるので良いのだが、藍仙のナンバー2、宵藍は表に出ないので、実質藍仙を束ねているのはこの気障な男と言っても過言ではない。養い子である七生もいないのに、それがなぜ構うのかと尋ねれば「七生のお気に入りだから」という理由だった。それはそれで腹が立つ。けれど、ここまで来ると過保護すぎるだろう。
 
「ちょっと診察して帰るだけなら1人でも平気だってのに。ほら終わり」
「さすが、宝凛の坊!はやい、な?」
「診察は終わったけど治ったとは言ってねーよ。絶対安静だ。結果を言うと治療のしようがない。広がらないように抑えただけ」
「は!?」
「わかんねーっつってんの。先に言うけど、ぼくの勉強不足とかそういうんじゃないからな」
 
 宝凛はガリガリと頭を掻いた。
 
「希助、あんた、このデカブツ支えてやって。火焔、転移してくれ」
 
 火焔は宝凛の頭を撫でつけて確認する。
 
「場所は?」
「蓮のとこ。――あいつなら知ってるはずだ」
 
 火焔はわかったと宝凛を抱えて、指を鳴らして転移した。


 
「オマエさ、もうこっちにいれば?」
「嫌だ。こんな妖臭いとこいたくない。正直今すぐに帰りたい。仕事じゃなけりゃこねーよ、こんなとこ」
 
 蓮が緩慢な動きで銀之丞の肩を見てるのを眺めつつ、七生は言えば、宝凛がフンと顔を背けた。
 3日ぶりの顔に七生は「また来たのかよ」と呆れ、次いで現れた銀之丞と希助に驚いた。
 七生を無視して、蓮に向き合い「おまえならコレ知ってんじゃないか?」と銀之丞の肩を指差して尋ねる。
 
「あーうん。――よく拙が知ってるってわかったね?」
 
 七生がくんと鼻を鳴らす。
 
「コレ、あれだ。蓮がよく作っている、釣り餌」
 
 銀之丞と希助が「釣り餌?」と呟いた。
 
「ぼくは釣り餌が毒だとは知らなかった。七生、ぼくたち普通にその毒餌で釣った魚食ったよな?大丈夫なのか?」
 
 蓮はにこやかに言う。
 
「使い方を間違えると毒になるってだけだよ。普通に使えばただの釣り餌。人体の傷口に塗り込むのはよくないってだけ。真っ先に拙のところ来て正解だったね。解毒薬作ってくるね」
 
 軽い足取りでどこかに向かう蓮。そんな簡単に作れるものなのかと思う。
 銀之丞の肩は青紫色に腫れ上がっている。宝凛が痛みを遮断したので、痛くは無さそうだが、見ているこっちが痛いと七生は顔を背けた。
 その七生に宝凛は声を落として聞いた。
 
「なぁ、いつから、ぼくはおまえのお気に入りになったんだ?」
「なってねぇし、頭沸いたんか?」
「即答かよ。知ってたけど。じゃあ、なんで火焔がそう言ってくるんだ?」
「あ?なんだそれ」
 
 七生は考える。宝凛については別に何も言ってない。言ってはいないが、思いつく原因はあった。
 
「あぁ、気か」
「気?」
「俺お前に何度か気ぃ渡してんだろ。で、お前からも気、もらってる。だからか」
「ちゃんと火焔に言っておけよ。変な勘違いされたらぼくが困る」
「わかった」
 
 そこに、蓮が器に入れた液体を持って現れた。
 
「蓮、なんだそれ」
「塩水」
「そんなんで、解毒できんのかよ」
「ただの塩水だけど、濃度が大事なんだよ」
 
 蓮は銀之丞の肩に塩水を含んだ布を当てた。しばらくすると腫れが治まっていく。
 
「怪我しているところに塩を塗り込めることになるから本当はとっっても痛いんだよ。ちょっと物足りない」
「宝凛の坊に痛み止めかけてもらってよかったぜ……」
「オレとしては痛がってる銀、見たかった」
 
 銀之丞がほっとしているところに希助がケラケラと笑う。
 腫れが引くと、ただの刀傷だけがそこにあり、蓮はその傷を辿った。
 
「――あぁ、そういうこと。これ拙の偽物に斬られたでしょ」
 
 銀之丞と希助は顔を見合わせて頷いた。
 2人は影派の長に言われ、西南に来たのだと説明した。長は早い段階で蓮の偽物がうろつき始めていることを察知して、影派を放ったのだ。そして、2人は蓮を知っているので、偽物であれば偽物だとわかる。そこまではうまく行ったが、蓮の動きは蓮に似つかわしくなく、退散した。
 
「下手したらやられてた」
「そう。無事でよかったよ。偽物とは言え、拙、友人は殺したくないもの。毒も治まってよかった。しばらくは痛むから、そしたら塩水をかけてね。適当に薄めたやつで平気だし、塩そのままでも平気」
 
 銀之丞が「ゲ」と声をあげる。
 
「宝凛の坊、痛み止めしばらくくれね?」
「男だろ。耐えろ」
 
 銀之丞が情けない声で言うと、宝凛はフンと笑った。
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