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91:不服か? 不服です

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バンとドアが開く音がするのと同時に、明かりが消えた。

足音と「おい……うぐっ」「何だ!?――うわっ」という悲鳴と鈍い音が響き、床に振動と何かがぶつかる音が連続で聞こえ――そして静寂が訪れた。

静寂の中に、息遣いを感じる。
何が起きているか、分からない。

先に手を出すなと言われていたのに、手を出そうとしたことで、仲間割れでも起きたのか!?

仲間割れをして相討ちになり、全員倒れているということ……?

唐突に明かりがついた。
眩しさに目を細めていると、足音が近づいて来る。
慌てて逃げようと床をはいずると……。

「パトリシア」

おへその下あたりがジンと熱くなる。
耳に心地よいテノールの声。
驚いて顔をあげると……。

漆黒の闇を思わせる黒髪と、意志の強そうな眉、長い睫毛に縁どられた黒曜石のような瞳。高い鼻筋に血色のいい唇。整った顔立ちに、張りのある肌。身にまとうものは――全て黒。

「ふぁふうーう(アズレーク)!」

布をかまされているので、ちゃんと名前を呼ぶことができない。
アズレークは私の体を抱き上げると、そばのベッドに寝かせ、うつ伏せにされる。

口にかまされた布が解かれた。

「……アズレーク」

久しぶり出した声は、かすれている。

「大丈夫だ。今、アルベルト達もここに向かっている」

ザクリという音がして、手足を結わくロープを、剣で切ったのだと理解する。

ゆっくり体を動かすと、アズレークは羽織っていたマントをとり、私の肩にかけてくれた。

森林を思わせる爽やかな香りを、マントから感じる。
これがアズレークの香りだと思った瞬間、胸が高鳴る。
おへの下辺りも、熱くてたまらない。

「怪我はないか?」

黒い瞳が心配そうに、私を見つめる。
久々に見たその瞳に、涙が出そうになる。

「怖かったのだろう。だがもう大丈夫だ」

私が頷くと、アズレークは優しく微笑み、私の両手首を見る。
ロープでこすれ、皮が裂け、血がにじんでいた。

「傷よ、癒えよ」

手首の傷が優しい光に包まれ、あっという間に塞がっていく。
足首も同じように癒してくれた。

「ありがとうございます、アズレークさま……いえ、魔術師レオナルドさま」

私の言葉に、アズレークはフッと笑みを漏らした。

「騙したことを、怒っているか?」

「怒るというより、驚きました」

「……そうか。でも結果としては、すべてが丸く収まっただろう?」

跪いていたアズレークが、立ち上がった。

「丸く……ですか」

棘のある言い方に、アズレークは驚いた顔になり、私を見た。

「不服か?」
「不服です」

即答するとアズレークは、絶句している。
間髪を入れず、私は告げる。

「王太子さまと私が相思相愛とか、なぜそのような嘘を?」

「違うのか……?」

アズレークは、声を絞り出すようにして尋ねる。
その顔を見て、即答する。

「はい。違います。王太子さまを好きだった時は、確かにありました。でも王太子さまがカロリーナさまを選んだ時点で、私の気持ちにもピリオドが打たれました。その後は修道院に入り、すっかり恋愛とは無縁になっていたのです。今さら王太子さまと結ばれると言われても……困ります」

「そう……だったのか。てっきり君は、まだ王太子のことを好きなのかと」

「それはアズレークさまの勘違いです」

キッパリ言い切ると、アズレークは再び絶句し、そして困ったような顔で尋ねる。

「では……王太子からのプロポーズは?」

「されていません」

するとアズレークは、さらに困惑顔になる。
その時だった。

「魔術師さま」「パトリシア」

アズレークと私の名を呼ぶ、いくつもの声が聞こえてきた。
すると。
アズレークの姿が、瞬時に変わっていた。

そう、私がよく知る『戦う公爵令嬢』の、魔術師レオナルドの姿に。
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